小鳥レター

 ぼくの小鳥さん、こんにちは。こんばんは。もしくは、おはようございます。
 お元気ですか。ごはんはちゃんと貰っていますか。母はうっかり忘れっぽいところがあるので、ちょっと心配です。
 ぼくは今日、ご厄介になっている家のおじいさん、おばあさんと共に、メロンクリームソーダの山に登りました。メロンソーダの湖の中央に、バニラアイスクリームの山が浮いています。登山をはじめてする人にちょうどいい手頃な山とのことですが、アイスクリームの柔らかさに何度か足をとられまして、けれどもおじいさん、おばあさんは白く不安定な道のりをさくさく突き進んでいきまして、ぼくはただただふたりの背中を追いかけるのがやっとでした。
 メロンソーダの湖に魚はいなかった。太陽の光を浴びた湖面はエメラルドグリーンの輝きを放っていました。魚はいなかったけれど、無数の細かな気泡が断続的に底から上がってきていて、試しに片腕を浸してみたら皮膚に米粒よりも小さい泡が纏わりついた。湖の水が冷たいのは、どこからともなく流れてくる流氷のせいだそうです。山を登っている人は大勢いました。四歳、五歳くらいの子どももいた。
 小鳥さんはメロンクリームソーダの山、行ったことはありますか。
 山頂から見たメロンソーダの湖もなかなかきれいだったので、おすすめです。けれども、バニラアイスクリームの山には草木ひとつ生えていないために、小鳥さんが休めそうな止まり木が存在しませんが、まァ、そのときはぼくの頭の上を休憩所にしてもらえればと思います。
 それから、チョコレートフォンデュの滝にも連れていってもらいました。
 どこの世界でもチョコレートは人気のようで、メロンクリームソーダの山よりも多くの観光客でにぎわっていました。滝つぼにずどどどどと流れていく甘い魅惑のチョコレートに、人々は少々興奮しているようでした。奇声を発しながら写真撮影をする若者、走り回る小さな子ども、人目を憚らずに濃厚なキスを繰り返すカップル。チョコレートは媚薬とも呼ばれているものですから、自然とそうなってしまうのかもしれません。ぼくはといえば、小鳥さん、キミのことを思い出していた。そういえばあの日、ぼくはキミの部屋の掃除をしようと思っていたのに、結局できなかったなァとか、キミのつぶらな瞳をじっと眺めていたいなァとか、なにも考えずにキミの頭頂から背中をすりすり撫でたいなァとか、ぼくの頭の中はとにもかくにもキミのことでいっぱいだった。
 そういえばここ、自殺の名所であるらしい。チョコレートの滝。おじいさんに、こっそり教えてもらいました。おばあさんに知られると、「あんたはまた余計なことを子どもに教えて」と怒られるそうなので、こっそりと。
 チョコレートが好きな人にはたまらないだろうな、などと聞いた直後は思いましたが、彼らは決してチョコレートが好きで飛び降りたのではないと思い直し、なんだかよくわからない気持ちになりました。もしかしたらチョコレートのせいかもしれない。チョコレートの成分に詳しくないぼくの、漠然たる予想です。
 小鳥さん、ぼくはチョコレートのことが、好きでも嫌いでもない。
 けれど母の作るガトーショコラは、格別です。柔らかすぎない食感。舌に絡みつくチョコレートの濃厚さ。甘すぎないのでいくつでも食べられる、ぼくの大好きな三時のおやつでした。小鳥さん。
 ぼくは今、どこの時空の、どういった世界にいるのか、まるで判然としませんが、ですが、なんとか元気でやっています。なのでどうか心配なさらぬよう、おからだご自愛ください。家のまわりをうろつく野良猫には気をつけて。父と母によろしく。

小鳥レター

小鳥レター

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-26

CC BY-NC-ND
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