レーニンと子供たち
Бонч-Бруевич, Владимир Дмитриевич 作
ボストンP 訳
猫のヴァーシカ
「君は猫を飼ってるかい?」
私の別荘の庭で散歩しているウラジーミル・イリイチ(注:レーニンのこと)が、私の娘のレーリャに聞きました。その時、彼は私の客として休養のために滞在していました。
「うん。ヴァーシカよ。ヴァシリー・イヴァノヴィッチって呼んでるの。
ほら、そこにいるわ」
レーリャが答えます。その大きな黒い猫は、全く急ぐ様子も見せず悠然と台所から出てきました。
猫は全身ほとんど黒いのですが、首の周りは白いネクタイを巻いているようでした。靴を履いてるみたいに足は先だけが白く、尻尾の先っぽも雪のように真っ白でした。
「なんて偉そうな猫だ」
ウラジーミル・イリイチは叫びました。
「おそらく、こいつはクソ怠け者だ」
「なんてこと言うの、ウラジーミル・イリイチ」
レーリャは自分のお気に入りのヴァーシカを庇います。
「この子はネズミを上手に捕まえるわ」
「まったく、それは当然の義務だな……。こいつにその芸が出来るかどうか確かめてみようじゃないか」
そして、ウラジーミル・イリイチはすばやく猫を掴み、首元をくすぐり、頭を撫でました。ヴァーシカはとても満足そうにしていました。
しかし、今はイリイチの指を軽く噛み始め、仰向けに寝て、後ろ足で離れようと必死に動いています。
「ほら、君はこんなにお調子者じゃないか。どれ、こいつが跳べるか皆で見てやろう」
ウラジーミル・イリイチは言いました。
彼はヴァシリー・イヴァノヴィッチを地面に放し、腕を曲げた自分の足下に置きました。
「ほれ、ピョンピョン! ヴァーシカ、ヴァーシカちゃん、跳べ!」
猫はうろたえています。そしてウラジーミル・イリイチは、ますます親しげにヴァシリー・イヴァノヴィッチの鼻先に手を近づけました。
「ほれ、跳べ」
彼は静かに猫を後ろから突き、そしてすぐに指を組んで輪のようにした腕を近づけました。
猫はいやいや体を持ち上げ、背を丸めて思いに答えるかのように、そっと不器用にウラジーミル・イリイチの手を跳び越えます。ウラジーミル・イリイチは、また腕を突き出し、ヴァシニカは一生懸命に素早くもう一度跳びました。
曲げた腕を再び彼は近づけます。猫は何度も何度も速く跳び、最後にはとても機敏に飛び越えて、尻尾を膨らませ、全速力で家に向かって走り出し、うまく玄関の下の隙間に潜り込んだのです。
「ああ、ずる賢いやつだ。こいつは悪党だ!」
ウラジーミル・イリイチは言いました。
「見えなくなった! 逃げた! ……よくやった! 素晴らしいジャンプだった! あいつはいずれ賢くなる……。
レーリャ、彼にミルクをやってくれ。彼は良い朝飯を食う権利を得たぞ」
レーリャは台所へ走り、温かいミルクが入った皿と白いパンを持ってきました。そしてヴァーシカの足の近くに置きます。
猫は周りを見回してから、玄関の下から出てきました。喉をゴロゴロ鳴らし、食事を始めます。
「いいぞ、ヴァーシカ!」
ウラジーミル・イリイチは彼を賞賛しました。
「これから君と、椅子を飛び越える練習をするんだ」
きれいな皿の会
テラスの机の周りでは、普段は離れて暮らしている人達が集まっていました。机の周りには三人の子供がいて、二人が女の子で一人が男の子です。彼らはナプキンをして静かに座り、スープが運ばれてくるのを待っています。
スープが来ました。子供たちはあまり食べず、ほとんど全てのスープを残しました。ウラジーミル・イリイチ(注:レーニンのこと)はそれを批判的に見ていましたが、特に何も言いませんでした。二回目のスープが来ました。すると事件が起こりました。またほとんどのスープが残されたのです。
「ところで、お前は『きれいな皿の会』のメンバーなのか?」
突然ウラジーミル・イリイチは、隣に座っていたナージャに向かって大声で尋ねました。
「いいえ」
静かにナージャは答えて、戸惑いながら別の子たちを見ました。
「じゃあ君は? 君は?」
彼は別の子たちに向かって話しかけます。
「いいえ、僕たちはそんなものに入ってないよ」
子供たちが答えました。
「どうしてそうなんだ? なぜそんなに入るのが遅れた?」
「知らない。
そんな会のことなんて、ぜんぜん知らないんです」
急いで子供たちは答えます。
「残念だ。なんて可哀想に! それはずっと前からあるのに」
「そんなの知らなかったです」
がっかりしてナージャは答えました。
「けれども、お前たちはその会のためには役に立てない。お前らはどうせ入会を許可されないだろう」
真剣にウラジーミル・イリイチは言いました。
「どうして? どうして入会できないの?」
先を争って子供たちが尋ねます。
「え、なぜだって? お前らの皿はどんなだ? 見てみろ! お前たちは皿に全部残しているのに、どうやって入ると言うんだ?」
「僕たち、今食べてるとこだよ!」
子供たちは残していたものを食べ始めています。
「それなら、本当に良くなったのかどうか、テストする必要があるな。いつも皿をきれいにできている子には、後で勲章が授与されるだろう」
「勲章? ……それって、どんなの?」
子供たちは口々に質問します。
「一体、どうやったらもらえるの?」
「宣言する必要がある」
「誰にですか?」
「私にだ」
子供たちは食卓から離れる許可を求めました。少し経って、子供たちはテラスに戻ってきて、ウラジーミル・イリイチに紙を手渡しました。
その紙には三人が反省していたことが書かれていたので、ウラジーミル・イリイチは隅の方にこう書きました。
「入会可」
学校のクリスマス
「ウラジーミル・ドミトリエヴィッチ。子供たちのクリスマス祭りに参加したくないか?」
私はウラジーミル・イリイチ(注:レーニンのこと)にそう聞かれました。
「やりたいですね」
「そのためには必要なものがある。どこかで糖蜜菓子、アメ、パン、かんしゃく玉、おもちゃを手に入れよう。明日の夕方、妻のナージャが訪問している学校へ行こう。子供祭りを行うための資金が、ほらそれだ」
1919年は飢えと寒さで大変な年でした。内戦が起こり、政府は出来る限り大勢の人を戦いに送り込んでいました。そして町の食料は少なくなっていたのです。
私たちは何とかして共にお金を出し合って、子供たちが女性教員と一緒に、新年祭の準備をするための全ての物を学校に送り込みました。
次の日、最初から予定されていたかのように、ウラジーミル・イリイチは学校に行きました。その学校はモスクワのソーコリニク区にあり、そのときナージャは休憩中でした。彼女とマリヤ・イリイチ(注:レーニンの妹)がウラジーミル・イリイチと一緒に階下の部屋に降りていったとき、子供たちはクリスマスツリーを近くで囲んで彼を待っていました。
「何をして遊びましょうか?」
小さな女の子がウラジーミル・イリイチに尋ねました。
「早くしましょう! さあ、何をするんですか?」
「今からツリーの周りで輪になって踊ろう」
ウラジーミル・イリイチはそう提案しました。
「歌って、それから鬼ごっこをしよう」
「賛成! 賛成!」
女の子は叫んで拍手し、他の子供たちも声を揃えて言いました。
「賛成? なら一体、どうして動かないんだ? 手を出しなさい! さあ、早く一緒にやろう」
子供たちと大人たちが大きな輪になりました。その時、ウラジーミル・イリイチはツリーを回り始め、全員が彼に続きました。
「さあ、飲もう! 君は何を飲む?」
ウラジーミル・イリイチは女の子に話しかけました。さっき、遊びましょうと彼に呼びかけた女の子です。
みんなでツリーの歌を歌いながらその周りを回り始めました。ウラジーミル・イリイチも一緒に歌います。
そのとき、突然ツリーが燃え上がったかのように、色とりどりの光に包まれました。それは、学校の電気技師の仕業でした。彼らはやっとのことで手に入れた小さな電灯を、みんなが寝静まった前の日の夜遅く、コードを枝に取り付けていたのです。
子供たちの楽しい時間は、まだ終わりませんでした。
ウラジーミル・イリイチも心の底から楽しんでおり、子供たちと一緒に飲んでいました。子供たちから質問を浴びせられ、彼はそれぞれに時間をかけて答えていました。彼は自分からも子供たちに質問し、クイズを出しました。みんな、なぜ彼がそんなことを知っているのかと、ただ驚くしかありませんでした。
ツリーの周りからは、仲の良い笑い声と冗談を言い合う声が聞こえてきます。
「さあ、では鬼ごっこをしよう。どうした? 忘れてたのか?」
ウラジーミル・イリイチがみんなを煽り立てました。
再び輪が作られ、またウラジーミル・イリイチは子供たちの間に入っていきました。
彼は夢中になって遊び、鬼からみんなを守りました。子供たちは大喜びでした。
ゲームが終わった後、おしゃべりが始まりました。子供たちは自然に彼と話していて、まったく気兼ねなどは感じられませんでした。もう彼は子供たちの仲間になっていたのです。
子供たちは大人たちから彼を奪い、自分たちとお茶を飲むために連れてきて、我先にご馳走しようとして、紅茶にジャムを入れました。例外なく全員が、彼のために何かしたいと思っていたのです。
そして彼は、子供たちのためにクルミを割り、熱い紅茶をカップに注ぎ、少なくなっていたお菓子を足したりして、子供たちを優しく見守っていました。だから本当に全員が彼の家族のようになったのです。
ウラジーミル・イリイチはとても子供たちが好きで、子供たちもそれを感じていました。彼はすぐに子供たちの名前を覚えました。そしてそれを全く間違えなかったので、私は驚かされました。
子供たちはウラジーミル・イリイチを独占しようとしていたので、しばらく他のことが出来ませんでした。
お茶の後、子供たちは彼を他の部屋に連れて出ていき、ある秘密を打ち明けます。そして子供たちは世話をしている動物たちが住んでいるところへ彼を連れていきました。
翼をケガしたコクマルガラス、猫に襲われて尾を半分失ったスズメ、ヨーロッパヤマカガシ、小さなハリネズミ、そしてカエル。後で、子供たちは絵日記をかきました。
ウラジーミル・イリイチは彼らの活動に深く入り込み、まるで人生の全てを教育に捧げている人のようでした。
やがて子供たちにプレゼントを贈り、私たちが去る時が来ました。私たちを見送る子供たちから、また何度でも来てくださいとお願いされました。
この素晴らしい休日の後で、子供たちはウラジーミル・イリイチに手紙を書きました。彼はとても忙しかったのですが、いつも子供たちに返事を書いていました。
レーニンと子供たち
1919年に始まった内戦は、レーニン率いる共産党が政権を取るために引き起こしたもの。そのロシア革命から始まった皇帝派との激しい内戦で、ロシア国内では戦死者や餓死者が多数出ました。子供たちにとっても常識だから書かないのか、あえて書かなかったのか。後者のような気がしますが、果たして……。