色音乃物語(二)
Case 2 珈琲のある画廊
「あきらくん。僕はこうして君の絵を描く姿を見ているとね、なんだかこころが温まるんだよ」
「そっか」
滲み出る嬉しさを隠すように、あきらは微笑んだ。
しのが自らを“僕”と称する時は、概ね気分の良い時であることを、あきらは以前に本人から聞いて知っている。
「やっぱり君の描くものはよくわからないけれど、まあそれは君の絵に限ったことではないが、何となく好きなんだ」
あきらは、「ありがとう」と言わんとする口を抑えて、眼前の愛しい人の頭を撫でた。
「……なんなのさ」
しのが困惑しながらも、照れているのがわかった。
「しのたん頼みがあるんだが」
「なに?」
「何か飲むものを作ってくれんかね」
「承知した。しばし待て」
「かたじけない」
台所から流れる彼女の鼻歌が、アトリエにまで心地よく響く。
(この歌好きだなあしのたん)
(もしかすると、しのたんの緩んだ顔が見たくて、僕は絵を描くのかも知れない)
無論、あきらは元来より好んで絵を描くが、自身の純粋な意欲のみでは、こころから楽しいと思えない性分を、かねてより自覚していた。
「おまたせ」
迷い込んだ風が、アトリエを珈琲の香りで満たした。あきらは、なんだか懐かしい気持ちがして、しのと出会った画廊はまだやっているのかと、やっているのならもう一度行ってみようかと考えた。
色音乃物語(二)