しろくま塾

 しろくまAが、しろくまBとじゃれあっている。ぼくは一週間前、おなじ塾に通うしろくまCと友だちになった。
 しろくまCは云う。しろくまDは強いよ、と。しろくまAは最弱で、しろくまBはふつうで、しろくまCはAとBの中間くらいで、しろくまDはしろくまJや、しろくまSや、しろくまXより強いんだって。ぼくが出逢ったことのあるしろくまはAと、Bと、Cと、それからPとQ(二匹は双子だ)と、TとMと、それくらい。皆、おなじ塾の仲間だ。
 昨日、学校の友だちの右手の甲に埋め込まれた球体のアクリルケースの中に棲んでいるタマムシの玉三郎が、なんだか調子が悪いようで、いい動物病院を知らないかとその友だちに訊ねられた。ぼくは知らないと答えた。動物を飼ったことがないからね。それ以前にタマムシが、動物病院で診てもらえるのかどうか、わからないからね。昆虫病院って、あるのかなァ。ひとりごとみたいに呟いたら、しろくまCが煎餅をぱりぱり食べながら言った。
「なんかどっかの森の奥深くに、とても腕のいい昆虫専門のお医者さまがいるらしいよ」
「どっかの森って、どこ?」
「さァ。インターネットにも載っていないらしいけど、地元では超有名な人なんだって」
 しろくまCが憂鬱そうに、くちのまわりの毛に付着した煎餅の食べかすを手で掃う。しろくまAとしろくまBはまだ先生が現れないのをいいことに、教壇のところでプロレスごっこに興じている。ぼくとしろくまCが座っている席の前には、しろくまPとQの双子が仲良く本を読んでいる。どうやら魚の図鑑のようだ。
「そういえば昨日、しろくまDが、しろくまHを殴ったよ」
 あたらしい煎餅の包装をぺりっと開けるしろくまCの顔を、ぼくはじっと見た。しろくまたちとは違う学校に通っているのだけど、しろくまCの説明では、その強いとうわさのしろくまDが学校の番長で、気に入らないしろくまがいるとすぐ暴行に走るそうだ。この前はしろくまBGが病院送りにされたばかりだけど、今度はHだよ。みんな同じクラスなのだと、Cはため息を吐いた。
 殴られたしろくまHは、自身の血でできた赤い海に倒れたそうだ。しろくまHの顔をぼくは知らないが、心の中でひそかに同情した。
「それよりもさ、その煎餅、ひとつおくれよ」
「どんどんお食べよ。ところでさ、キミ、塾のあとヒマかい?買い物につき合ってほしいのだけど」
「いいよ。そしたらぼくも、本屋に行きたいな。今日、大好きな漫画の新刊が発売されているはずだから」
 一昨日しろくまTから聞いた話では、しろくまDがその内、この塾に通い始めるのではないかとのことだ。
 あくまでうわさだが、しろくまDは学校を辞められない理由があるらしい。どうやら家庭の事情が関係しているようなのだけど、そういう話題に他人がずかずか踏みこむものではないと、しろくまTはクールに言い切った。しろくまDがもし塾に来たら、ちょっと怖いなァと思った。しろくまAが、しろくまBの背中にのしかかっている姿を見て、しろくまPとQの双子がユニゾンしている。交尾だ、交尾だと、騒いでいる。
「まったく。しろくまってやつは、ほんとうに野蛮だね」
 サラダ味の煎餅をぱりぽりぱりぽりさせながら、しろくまCが二度目のため息を吐いた。
 ぼくは学校の友だちの、右手の甲に埋め込まれた球体のアクリルケースの中に棲んでいるタマムシの玉三郎がどうか元気になるといいなァと思ったり、思わなかったりして、しろくまCがコンビニエンス・ストアで買ってきたサラダ味ではない方の、しょう油砂糖味の煎餅の外袋をべりりっと開けた。

しろくま塾

しろくま塾

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-26

CC BY-NC-ND
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