色相、明度、彩度、3人娘
色相、明度、彩度、3人娘
年に一度の大粒の雨が降り私たちの視界に入る全ての色を流し、混ざりあったその色たちは濁流となって天へと繋がる水道橋を渡り、そうした後、私たちの住んでいる惑星から放出されて黒くて暗い宙の皮膚へとへばり付く。その中にはたまに白、赤、青、緑と光る残りカスがあるけども、それは太陽の証明を消した夜に散って並べた砂みたいに輝いて見えた。
それは、それで良いのだが、この雨のおかげで色は流れてしまい、私たちが見えている世界が白と物体の輪郭を映す黒くて薄い線しかない、そう、眺めていてつまらない、面白くない、白8割、黒2割のモノクロの寂しい空と地。白いカラス、白いリンゴ、白いトナカイ、白いスパゲッティ、白いトビウオ、白いオウム、なんて味気がない塩辛い食卓なんだろうか?
私はそう思って雲も空も白い上を向いてため息を吐いた。でもそれも私が変えるのだ。何を変えるって?色を変える!いや、色を私が付けるのだ!私は背中と腰にある銀の筒の様な丸い機械の箱と両手に大きな筆を持っていた。その銀の筒の機械からは暖色系のペンキ、寒色系のペンキを一気に吹き付けるのだ。私は色相娘。この空に寒色系の青い色を塗りつける役割を持っている。
私はある都市の145階のビルから飛び上がり、銀の筒の機械から勢いよく青いペンキをうるさいエンジン音を鳴らして空に吹き付けた。ボッボッボッボッ!と、筒からダマに固まったペンキも時たま空中で破裂して飛びつくが、その振動が私は心地よく感じしまい、休まないで空で回転する。その時に白い空間がポツリと残っているのを見つけたら、私は筆を動かして塗り直しをするのだ。それは私の性格的には少々面倒に思うのだが、仕方がない。
と、ここで私の双子の妹が登場する。彼女は彩度娘。塗料の調色本を持って私に指示をする。あそこの空はもっと鮮やかなハズよ?とか、あの隣の隣の山の向こうの空はもう少し白くして?山の上なんだから空は霧っぽいハズよ?と少し偉そうに言う。まぁ、実際、彼女の方が彩度を調整する調整士なのだから私は頭が上がらないのだ。私は面倒に頬っぺたを膨らませた後に筆を振って鮮やかさをゆっくりと変化させた。
私たちはそうしながら二人で色を塗って行く。ずる賢いカラスを光沢のある黒に筆でチョンチョンと塗って空に逃がした。途中、妹がつつかれて本で叩きそうになったのは笑ってしまった。妹がこの木の葉っぱをくすんだ色の緑、ビリジアンにしろと言うものだから銀の筒の機械に乾燥した葉っぱを入れて塗料を生成した。また、その木になるリンゴの実にあざやかな赤、カーマインにしなさいと妹は私に言うので筆にサボテンに寄生する昆虫をつぶして色を丁寧に塗った。そうした後、妹はリンゴをもぎって噛り付いて美味しそうに汁を出しながら食べていた。
次にトナカイ、スパゲッティ、トビウオ、オウムと色を付けていく事を黙々とこなして行った。そうしていると、私たち二人に甘い氷砂糖に似た声が耳に溶ける様にして入って来た。
一番下の妹だった。どうやらそろそろ夜の時間にしないといけないらしい。妹は眠たそうに眼を擦りながらあくびをしている。妹はこの時期は朝は眠り、夜に起きなければならない。まだ、身体が慣れていないのだろう可愛そうに。この一番下の妹は明度娘。色を暗く、もしくは明るくする調整するのだ。そして私の可愛い大好きな妹。
私たち二人は一番下の妹に手を振っていったん家に帰った。結構、働いたのでまぶたが重い。まだ色が付いていない白いベッドの上で早く眠りたい。私は一番下の妹に手を振って頑張ってと言いお別れした。
一番下の妹はコクリと頷いて手を振り返した。二人の姿が見えなくなると一番下の妹は塗りたての青い空に向かって長いハシゴをビルの上からかけた。ゆっくりと上っていき青い空に天井クロスを張るかの様にして、首を上に向けて手で空を抑えた。そうすると一番下の妹は腰袋からスポンジと時計の付いた物を青い空にピンを刺して止めた。妹は満足そうに笑って降りた。この様な事を今まで色を付けた物に対して行っていった。
時計にはタイマーがセットされていた午後19時だ。あと数十秒で19時になる。
ピピピッ!
軽いテンポの音色が鳴った。それと共にタイマーに付いたスポンジから黒いペンキが流れて浸透していく。
空はだんだんと暗くなり。夜になった。
一番下の妹は天の先を見上げた。一昨日、濁流となって流れて行ったペンキと色は、あの天の先にへばりついているんだろうなぁと思いつつ。その輝くカスとなった砂、星を見て綺麗だと感じるとあの大雨も良いもんだなとちょっぴり思った。
一番下の妹はそう考えた後、色の付いたスパゲッティをもしゃもしゃとレストランでたいらげて家に帰った。
ピピピッ!
タイマーが鳴る。朝が来たのだ。スポンジは黒いペンキを吸収していく。明るい日差しが部屋の窓から入ってくる。
私は窓を開けて空を見た。快晴の青い空が私の瞳に映る。あれ?でも何だかおかしいな?私はそう思ってまた空を見上げた。
太陽が真っ白だった。
私は慌てて双子の妹を起こした。一番最初に塗る太陽を忘れるとは何て私はバカなんだ!そう言うと双子の妹は不味そうな表情をする。あぁ、分かっているともさ!赤のペンキはほとんどつかっちまった。そう考えて腕を組んでいると、一番下の妹が部屋に上がってきて言った。おねぇちゃん?アタシの部屋に去年塗った、ハイビスカスの花びらが本に挟まってるよ?
私はその言葉を聞いて小躍りした。そうして一番下の妹からハイビスカスの花びらを銀の筒の機械に入れて塗料を製作した。双子の妹は心配そうにしている。大丈夫、これで太陽のペンキは足りるさ。
朝食のパンと目玉焼きを食べた後、私たち双子の二人は太陽に脚立をかけて銀の筒から赤いペンキを出して色を塗っていた。塗装が終わり頃になると双子の妹は指を振って言う。ハイハイ、あそこの丸いところでしょ?赤いペンキをもっと塗れって?分かりました、分かりましたよ。私はそう言って筆を取り出し塗料を筆の先に軽く付けてその箇所に筆先を向けた。ところが。
あっ!
私は声を出してしまう。筆を指から滑らせて落っことしてしまったのだ。筆先に付いた赤いペンキは跳ねて海と混じる。
何てことだ…
海水がジンワリと紫色に変わっていくのが太陽の下から見えた。
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