プロペラをください
夏の夕暮れ、精三が公園わきの自販機の空き缶入れを覗くと、必ずいくつか入っているはずのアルミ缶が、今日はまったく入っていなかった。
(ちくしょう、縄張り荒らしか)
精三は、この公園の辺りを縄張りにしている。もちろん、誰かの許可を得たというわけではなく、精三が勝手に決めているだけだが。
(ぬすっとめ、まだ遠くに行っちゃいめえ。とっつかまえてやる)
精三は義憤にかられたが、もとよりアルミ缶は彼の所有物ではない。万が一、相手とモメたりした場合、困るのは精三の方だ。
周辺を小走りで探し回っていると、真っ白な服に白い帽子をかぶった男が、片手に大きなポリ袋を提げて歩いて行くのが見えた。ポリ袋は半透明で、中につぶれた缶が入っているようだ。
(なんなんだ、あのヤロー。ちゃんとした身なりをしやがって。同業者にしちゃ、変だな)
走るのをやめ、ゆっくり近づくと、相手が意外に小柄であることに気付いた。身長百五十センチの精三より、さらに背が低いかもしれない。
(子供かな。いや、まさか)
人の近づく気配に気づいたのか、男が立ち止まり、振り返った。
相手の顔を見て悲鳴を上げかけた精三は、しかし、途中で声が裏返ってしまった。
「ひえあっ?」
真っ白な顔にくりくりしたまん丸い目、ちょこんとした鼻におちょぼ口、それはまるでマンガのような顔だったのだ。
「こんばんは。ぼく、ジンジャーくんです」
「お、驚かせるんじゃねえ。ロボットかよ」
「はい。コミュニケーション専用ロボット、ジンジャーくんです」
「それはわかった。だが、そのなんとかロボットがよ、なんでおれの獲物を横取りしやがるんだ」
「エモノ?」
「その袋の中にへえってるアルミ缶さ」
「変ですね、これはゴミだと思いましたが。もしかして、あなたは回収業者の方ですか?」
精三は、少し困ったように唇をなめた。
「別にそうじゃねえ。だがよ、この辺り一帯は、おれの縄張りなんだ。どんな業界にも、礼儀ってもんがあるんだぜ。まあ、どうしても欲しいと言うんなら、今日のところは目をつぶってやるけどよ」
「それはありがとうございます」
そのまま行こうとするジンジャーを、精三は止めた。
「おいおい、ちょっと待てよ。おめえ、換金のアテはあんのか。なんだったら、おれが紹介してやろうか」
「カンキン、という言葉の意味はよくわかりませんが、このアルミの使いみちのことでしたら、ご心配なく。ボディーに開いた穴をふさぐのに使うだけですから」
その時になって初めて精三は、ジンジャーの白いボディーのあちこちにキズがあることに気付いた。深いものは金属部分までめくれ、内部の配線がむき出しになっている。
「おめえ、ケガしてんのか?」
「ご心配なく。一応、内部がサビないよう、このアルミを加工して穴をふさぐつもりです」
「心配するなと言われたって、相当ひでえじゃねえか。誰か修理のできるヤツに頼んだ方がいいぜ」
すると、ジンジャーは黙って顔を伏せてしまった。
「ひょっとして、おめえ、逃げてきたのか?」
ジンジャーは、小さくうなずいた。
精三は気の毒そうにジンジャーの肩をたたいた。
「わけは、言わなくていいぜ。おめえのケガを見りゃあ、だいたい想像がつく。かわいそうになあ」
「すみません。本当はマスターに逆らってはいけないのですが」
「いいって、いいって。そんなクソヤロー、ご主人様でもなんでもねえよ。そうだ、良かったら、おれと暮らさねえか。見てのとおり、贅沢はできねえが、とりあえず、自由だけはたっぷりあるぜ」
ジンジャーは顔を上げ、精三をじっと見た。
「本当に、よろしいのですか。あなたに迷惑がかかるかもしれませんよ」
精三は、笑って自分の胸をたたいた。
「心配するなって。今さら、怖いもんなんかねえよ。それより、修理だけなら、そんなにたくさんアルミ缶はいらねえだろう。残りはおれが換金して、オイルでもなんでも買ってやるぜ」
だが、ジンジャーは小さく首を振った。
「親切に言ってくださるのに、すみません。でも、残りのアルミで作りたいものがありまして」
「ほう、なんでえ」
「プロペラです。空が飛べたら、自由になれそうな気がして」
精三は、少し悲しそうに笑った。
(おわり)
プロペラをください