混濁の双眸
ここでは、妖精族、獣人族、人魚族、人間族など多種多様な種族がくらす世界
人々が夢見るような夢の話が現実に起こり得る世界
そこには、不思議な仕事をする人々がいる
平穏
静かで平穏な森の中、その家はぽつりと一軒だけたっていた
時折吹く風はさわさわと木々の葉を揺らし、心地よい音を奏でる
まさに、老後の生活にはうってつけの場所である
その家からひとりの女性が顔をのぞかせた
この世の存在かと疑うほどに、綺麗な顔立ちをしていた
女性は軽やかに扉をくぐり、家の前に取り付けられている木でできたポストの中から数通の手紙を取り出した
そのうちの一通には、真っ青なリボンがまかれていた
それを確認した女性はひどく悲しそうな顔を一瞬だけ作り、にこやかな顔に戻った
女性はこれまた軽やかな足取りで家の中に戻っていった
訪れる依頼
「依頼です。ミサキ様」
先ほど、手紙をとってた女性がソファに腰かける黒髪の女性に声をかけた
ミサキと呼ばれた女性は呼んでいた本を閉じ、手紙を手に取った
その手紙は一通だけ真っ青なリボンがまかれた手紙だった
「ありがとう、シオン」
手紙の封を開け、内容を確かめた
「・・・どうですか?」
シオンと呼ばれた女性は、少し心配そうな顔をした
「・・・いつものだよ。準備しようか。シオン」
「・・・わかりました。グリヴァを呼んできます」
シオンは階段を上っていった
ミサキはリビングのテーブルの上を少し片付け、手紙とノート、ペンを用意した
用意が終わるのと同時にシオンが金髪の男性をつれて降りてきた
「まだ寝てた?グリヴァ」
眠そうに目をこすりながら、グリヴァと呼ばれた男性は首を振った
「そう、ありがとう」
テーブルを囲むようにして座った
「で、今回のはどのような?」
「・・・依頼主はグレイブレイスに住むレイファンという女性。年齢は19、身長180の獣人族狼科。対象は、彼女の元恋人であるシリウスという男性。年齢は23、身長200の獣人族幻獣科。理由は、ストーカー行為が注意しても続き、最近では変なプレゼンとを送ってくるとか」
「痴情のもつれってやつですか・・・」
「めんどくさいなぁ・・・」
シオン、グリヴァそれぞれ感想を漏らした
「そう言わないの。・・・私達の仕事はこれなんだから」
三人の仕事は、”暗殺者”
暗殺といっても、人を殺すことだけでなく、対象に対して事前調査を行い、いろいろな検査基準を考慮して、暗殺を行うかどうかを決める
この仕事はすべての国を治める特殊機関公認の暗殺者であり、三人がだれをどうしようと、罪になることはない
いつもこの仕事をしているわけではなく、普段はそれぞれ副業をしている
仕事が仕事のため、ほかの人たちは三人の顔を知らない
顔を知っていたとしても、仕事を知らないのである
登場人物・設定
ミサキ ?族
艶やかな黒髪を長くのばし、後ろだけポニーテールのように高く結んでいる
いつも眼帯をしている。目の色は沈みかける夕日のような深紅
特殊機関公認の”暗殺者”の1人
一緒に暮らしているシオンとグリヴァが大好き
美しく大人の女性を思わせる容姿とは裏腹に、甘いものが大好きで寝る前にホットミルクを飲まないと寝れないというほどのお子様
シオン 獣人族幻獣科
深い青の髪をショートカットにし、金の目を持つ
ミサキのことを溺愛している
ミサキ同様、”暗殺者”の1人
普段は人間族となんら変わりのない格好で過ごしているが、興奮したり戦闘態勢に入ると耳やしっぽが現れる
獲物を逃がさないその狩りの姿や戦い方などにより、通り名は”暗殺者の鏡”
グリヴァ 妖精族巨人科
金の髪を肩まで伸ばし1つに結んでいる。目はピンク色で少し垂れ目
ミサキやシオンをゆうに超える長身の持ち主
上の二人同様に”暗殺者”の1人
主に事前の情報収集や魔法を駆使した道具の生産、遠距離攻撃を得意とし、ピンチの時は接近戦をもこなせる万能人
その戦い方により、通り名は”影の支配者”とも呼ばれているが、実際はミサキのことを愛してやまない
ミサキの言うことには必ずふたつ返事で了承する
めったに妖精時の姿にはならないが、疲労が限界に達し失神するように眠るときなどは妖精の姿をとることが稀にある
アディエナ・グラハム
ミサキ達が暮らす世界のこと
たくさんの国が存在し、各国に代表として”領主”と呼ばれるものがいる
ここには人間族をはじめ、獣人族、妖精族、人魚族など様々な種族がともに助け合い、生活をしている
さらに、魔法や種族それぞれに特化した能力が存在する
”アンティアンダム”と呼ばれる機関が全種族の総統を行っている
アンティアンダム
アディエナ・グラハムを総統する機関(日本でいう内閣のようなもの)
法律や条例はここで決められる
それぞれの種族の代表が集まっている(領主とはまた別のものたち)
ここに、ミサキ達を暗殺者にした特殊機関が存在する
静けさの悪魔
依頼により、街へと繰り出したミサキたちはさっそく対象の情報を集めた
生年月日をはじめとした基本的な情報から、ここ最近の交友関係、金の使い方などなど細かなことも聞いていく
しかし、出てくる情報はどれも対象が、善人という印象を裏付けるものだらけだった
「これだけまわって、何一つ悪いうわさがないのはすごいことだよねぇ・・・。依頼主については調べた?」
「はい。しかし、妙な話が・・・」
「妙な話?」
「ええ、ここ最近、日中に出歩く姿を見た人は誰もいませんでした。しかし、夜中に、しかも日付が変わるかどうかというくらいの深夜に、どこかに走っていく依頼主を見たという方がいました。それも、何回も。ストーカー被害にあっているものがもっとも襲われやすい深夜に出掛けるのは、ちょっとおかしいのでは?」
「確かにねぇ・・・。んー・・・、仕方ない。しばらくは両方の生活を要観察しないといけないね」
「はい。それでは、私は依頼主を」
「じゃあ、俺は対象を」
「なら、私は情報集めかな?頼んだよ」
「はい、かしこまりました」
「了解」
シオンとグリヴァは軽々と飛び上がり、屋根の上に乗るとそれぞれ目的の場所に向かって走っていった
ミサキは懐を探り、小さな箱を取り出した
「・・・こちら、ミサキ。対象に不審な点なし。依頼主にはあり、今後、依頼主に重点をおき、捜査します」
ピッという短い機械音のあと、ミサキも細い路地裏に走っていった
数日後・・・
「・・・つまり、まとめると・・・」
”依頼主が夜な夜な出かけていくのは、今の彼氏と会いに行くため”
”今の彼氏は、あまり良くない噂しかない”
”依頼主は今の彼氏の悪事の手伝いをしている形跡が見て取れる”
”対象はそのことについて、何度も依頼主と口論になっていた”
「んで・・・、”対象はなんらかの依頼主の彼氏の秘密を握っており、依頼主にとっては邪魔な存在となった”・・・。以上の結果を踏まえて、罰するべきは対象者か、依頼主か。二人の意見は?」
「依頼主」「依頼主ですね」
「うしっ、じゃあ、仕事を終わらせに行きますか」
自宅で議論を行い、結論を出した3人は、真っ黒のフード付きのコートを羽織り、フードを顔を隠すように目深にかぶった
さらに、念のためとシミ一つない白い仮面をちょうど横半分に切られたものをつけ、外へと飛び出した
「・・・ここね・・・」
依頼主でもあり、今回の罰せられる対象となったレイファンがとある倉庫に入ってきた
レイファンはきょろきょろと辺りを見回し、目当ての人物を見つけ駆け寄った
「アンジー!大丈夫だったのね・・・!」
アンジーは、ゆっくりレイファンを見下ろした
アンジーはレイファンの今の彼氏で、レイファンよりもかなり大きい
「・・・例のものは?」
「あぁ、あれね。はい」
レイファンはカバンから新聞紙で包まれたなにやら固そうなものをアンジーに渡した
「ありがt」
「レイファン!」
突然、物陰から大きな声が響いた
見ると、そこにはレイファンにより暗殺の対象となっていたシリウスが現れた
「なっ!?シリウス!なんでここに!?」
「それはこっちのセリフだ!君が呼んだんだろう!?それに、まだそいつと縁をk」
「お集りの皆さま」
今にも喧嘩が勃発しそうな様子だった倉庫内に、凛とした凛々しい声が響いた
3人が声のした、すぐそばにあった大きな木箱の上を見上げた
「なにやら騒がしいようでしたけれど、すこし、お時間を頂戴いたしますね」
”黒い影”が3人の中央に降り立った
「だ、誰だよ・・・。あんた・・・」
シリウスは身構えながら距離をとり、そう問いかけた
「初めまして、シリウスさん」
「な、なんで俺の名前を・・・?」
「まぁ、いろいろですよ。ね、アンジーさんにレイファンさん」
「え・・・」
「あなた方に言わなければならないことがいくつかありまして、それをご報告に上がった次第にございます」
”黒い影”は淡々とした調子で話を進めていく
「まず、シリウスさん、あなたは彼女、レイファンさんにストーカーをしていたというのは、本当ですか?」
「はあ?何言ってんだあんた。俺はそんなことしてねぇ」
「そうですか。では、次にレイファンさん」
「あ、はい・・・」
「もう、いろいろ聞くのは面倒なので、さっさと本題に行きますね。あなたには、罰を受けてもらいます。・・・シリウスさんを亡き者にしようとした罰を」
”黒い影”が指を鳴らした瞬間、煙が立ち上がり、”黒い影”と全く同じ風貌のものが2人現れた
「な・・・っ!?」
「あなたにも受けてもらいますよ。アンジーさん」
フードとマスクのしたで”黒い影”はにやりと笑った
「はぁ?つか、誰だよ。てm」
アンジーが言い終わる前に、風が2人の間を通った
次の瞬間、アンジーは首から血を吹き出し、崩れ落ちた
「アンジー・マクシュベル。闇市場を開き、人身売買や薬物のやり取り、さらに殺人などもろもろ違法行為にあたり、更正の余地なしと断定され、その命、地獄へとお送りします」
「ひ、ひぃいっ!」
隣にいたレイファンは腰を抜かし、ずるずると下がっていった
「レイファン・アンデムス。アンジーの違法行為の手助けをした挙句、邪魔となった元恋人シリウスを暗殺しようとした罪により、罰を与える。が、更正の余地ありと認められたため、記憶の抹消だけ行う」
”黒い影”の隣にいたものがレイファンの頭に手をかざした
すると、光が瞬く間に立ち込め、すっと消えた
レイファンは気を失ったように、その場に倒れ込んだ
「・・・最後にシリウスさん。今夜起きたことを、それとレイファンさんたちのことだけを記憶から抹消させていただきます。よろしいですね?」
「・・・あんたら、公認暗殺者か・・・」
「いかにも。名乗るのが遅くなって申し訳ありません。それで、質問の答えは」
「・・・俺に断る理由などない。綺麗に消してくれ」
「・・・・・・・かしこまりました」
夜明けの天使
”黒い影”、ミサキは足元に横たわるシリウスを見下ろした
「・・・シオン、グリヴァ。後のことはあの人たちに任せて、帰ろっか」
「はい、かしこまりました」
レイファンとアンジーの後ろにいたシオンはミサキの傍によるとぎゅっと抱きしめた
「・・・お疲れ様でした。痛いところはありませんか?」
ミサキのフードを下ろした
すると先ほどと違い、毛先が白い髪の毛がそこにあった
「また、伸びましたね・・・。やはり、あの力を使うのはつらいですよね・・・」
「・・・もう慣れたよ。ほら、帰ろ」
シオンを離し、懐にある小さな箱を取り出した
「・・・こちら、”HEAVENDEVIL”。依頼主は記憶を抹消、依頼主の恋人は殺害。後処理をお願いします。あと、対象は一部の記憶を消しただけなので、自宅で寝かせておくのが最善かと」
ピッという機械音の後、ミサキはそれを元通りにしまい、グリヴァの手を握った
「帰ろ・・・、シオン、グリヴァ。・・・今日も平和だといいね」
足元に大きな魔方陣が浮かびあがったと思えば、すぐにミサキたちともども消えてしまった・・・
後の祭り
「た、だいまぁぁ・・・」
黒いコートと白い半分の仮面をつけた姿で帰ってきたのは、ミサキだった
なにやら精神的にダメージを受けているようで、帰ってくるなり玄関に倒れ込んだ
「ミサキ様、お疲れ様です。また、こってりしぼられましたか?」
「んー・・・、あいつらめんどいぃー・・・」
もぞもぞと芋虫のように動きながらリビングへと移動し、ソファの上に上る
「お疲れ、ミサキ。デザート食べる?俺特性のラズベリーとブルーベリーとか木の実のタルトだよ」
「たーべーるーぅー・・・」
「ん、待っててね」
グリヴァはキッチンに向かい、ミサキ用にタルトを切り分け、皿に盛りリビングに戻ってきた
ミサキは匂いに誘われるまま、起き上がると、グリヴァはひと口大にきったタルトをフォークにさし、口元へもっていった
ぱくっと食べ、味わうように食べるミサキはトロォンと微笑んだ
「やっぱりおいしーな・・・、グリヴァのデザート・・・」
「ありがと。ほら、起きて。自分で食べな」
「んー・・・」
グリヴァからタルトを受け取り、きちんとソファに座り食べ始める
「今回は何を言われてきたのですか?」
「んー?依頼主に対して、甘い刑罰じゃないのかとか、対象者は少なからずなんらかの法にあたることをしていただとか、そんな今更なことをネチネチと言われてきた」
「すみません・・・、ほんとに」
ミサキ達には、特殊機関に報告をするという”義務”が存在する
報告と言っても、懐の中に入っている小さな箱の形をした通信機で連絡を取れば一発なのだが、時々今回のように不満を持つ上の者たちがミサキを呼び出し、その時の状況を詳しく聞き出そうとする。いわゆる、いちゃもんである
「いいよ。シオンたちは私の言うままに動いてくれてるんだから」
3人のうち、実質的なリーダーは見ての通りミサキである
そもそも、彼らが公認の暗殺者になったのは、いろいろな理由がある
対人恐怖症、殺人事件、虐待、行き過ぎた教育、度の超えた親からの愛情etc・・・
その中でも、一番の理由は、彼らがその族の中でも類を見ない力をもっているからである
新たな願い
グリヴァは妖精族巨人科に属している
しかし、巨人科にしては珍しい金髪で目の色も周りと違っていた
さらに、まわりより発育もよく、力も並外れた力だった
一時期、それによりいじめを受けていたこともあり、荒れていた時期もあった
そして、それを裏付けるように、グリヴァはどんどん力におぼれていった
シオンは獣人族幻獣科に属している
その名の通り、幻の動物の獣人である
シオンはフェネックのような見た目に、狐のように長い鼻と口、さらに大きな翼をもつ動物、この世界ではアズバーンと呼ばれる幻獣の獣人である
アズバーンの獣人はシオンしかいないということと、アズバーンは容姿が美しく力も強いことから最高の幻獣と呼ばれることと合わせ、シオンはよく孤立していた
実質、他を圧倒する力を持っていたことは事実であった
そして、ミサキは・・・
「ミサキ様、羽をしまわれるのは余計に体力を消耗いたしますでしょう。さぁ、ブラシでといてあげますから、出してください」
「んー・・・」
そういうと、ミサキは背中から白と黒の大きな翼をそれぞれ3枚ずつ、計6枚が現れた
見ての通り、彼女は”生まれてはいけない”存在だった
たくさんの種族が手を取り合い、生き合う世界と言えど、昔からの因果により未だに相容れぬ種族が存在する
そのうちのひとつが、悪魔族と貴神族である
ミサキはその、決して相容れぬ存在であるふたつの種族の血を引く”忌み子”なのだ
いがみ合う2つの血を引くため、力を使うとき、猛烈な痛みを伴う
普段、生活しているときもそうなるため、羽をしまい、できる限り力を抑制することで痛みを軽減している
まったくないとは言えないが、本人は慣れたと言って平然と生活している
「あぁ・・・、きもちぃ・・・」
「それはよかったです」
シオンに羽をきれいにといでもらい、気持ちよさそうに顔をほころばせた
「シオンー・・・、シオンの耳とか尻尾さわりたぃ・・・」
「ハイハイ、どうぞ」
シオンが目を閉じ、ふわっと風が吹いたと思った瞬間、大きな耳とふわふわの尻尾が現れた
「わーい!」
ミサキはそれらを優しく梳くように撫でた
シオンは気持ちよさそうに目を閉じ、ミサキにすり寄った
ミサキは貴神族の血が流れているからか、いろいろなものから慕われやすい
そのため、自然とシオンたちもミサキを慕い、ミサキのすることは快く受け入れた
「シオン、グリヴァ。今度、みんなで旅行に行こうか」
「急にどうした?」
「そうですよ。無理しなくていいんですよ?」
「いいの、私が行きたいの。前から二人とも、温泉に入りたいって言ってたじゃない?仕事ついでに、行こうかなって思って」
「・・・仕事?」
ミサキはソファから立ち上がると、キッチンの椅子に掛けられていた袋から封筒を取り出した
それには・・・青のリボンがまかれていた
「隣の国から依頼だよ。依頼主はアンダルゼ、対象は・・・領主様だよ」
「!?」「!?」
シオンとグリヴァは驚きのあまり、目を見開いた
領主様を狙うということは、反逆罪として死刑に値する
そのため、政府公認の暗殺者と言えど、慎重に行動を起こさなければならない
しかし、3人は今まで領主様を相手にしたことがなかった
というのも、平穏なこの世の中で滅多に来ない暗殺の依頼で領主様を殺してほしいと願う輩がいる方が、珍しいのだ
崩れた日々
「あっつー・・・・」
「ミサキ様・・・、かき氷です・・・」
床にへばりつく様にしてシオンがカップに入ったかき氷を差し出した
ミサキはそれを手に取り、ひと口食べ、シオンにも食べさせた
「なんて暑いんだよ・・・。ここ・・・」
今2人は自宅のある森の隣の国、オグリバにいた
「今回は、長くかかりそうなのー・・・?」
「のようです・・・」
今回、グリヴァのみ、別行動なのである
グリヴァはというと、今回の対象領主様の傍で秘書という形で働いている
ミサキとシオンは、国での領主様の評判を聞いて回っていたがこれといって悪いうわさはなく、領主の鏡だと思えるくらい清廉潔白な方だった
そのため、下手に動くよりグリヴァの情報を聞いてからの方がいいとそうそうに判断した2人は、今にいたるわけである
オグリバは、1年を通して気温が20℃未満になることが滅多にない、そのくらい熱い地域であり、雨も多く降る
そのため、むしむしとした嫌な暑さがこもりやすい
熱中症患者が1日に5人は出るほどだ
ここには、暑さに強いタイプの獣人族や人間族、昆虫族が多く住んでいる
やっとのことで夜を迎えたが、暑さが和らぐことはなく、日中と変わりない暑さだった
寝ることもままならず、2人の生気は徐々にすり減らされていった
ようやく、グリヴァが帰ってきたころには、がりがりにやせていたとかいないとか・・・
「んで?妙な噂とかなんかなかったの?」
「ないこともない」
「お?」
「俺は秘書と言っても下っ端の仕事しかしてなかったんだけど、倉庫の片づけをしてる時に、変な本を見つけて」
「それで?」
「持って帰ってきちゃった」
と、軽々しくいうグリヴァの手の中には百科事典かとでもいうくらいの大きな本があった
「ちょ、なにしてんの!?」
「いやぁ、読んでもわかんなかったし、ふたりのどっちかなら読めるかなって思ったら、ついな」
「ついじゃないわよ!」
ミサキとシオンから説教を受け、しゅんとしょぼくれるグリヴァをよそに、持ってきてしまったものは仕方がないとぺらぺらと読み始めた
最初の2、3ページはどの種族にもわかるよう公用語で書かれていたが、そのあとのページからは古語ともとれるようなおかしな文字が続いていた
「私では読めませんね・・・。ミサキ様は?・・・・・・・・・ミサキ様?」
シオンの呼びかけに反応しないミサキ、普段なら決してありえないことである
どんな時でも、どんなに離れていたとしても、極度の地獄耳のように必ず返事をする
それが、今では、顔を真っ青にしてカタカタと小刻みに震えていた
「ミサキ・・・様?」
「どうしよう・・・、やばい、これ、あぁ・・・」
「ミサキ様?どうしたんですか?」
「い、いやぁぁぁあぁぁぁぁあ!!」
突然、狂ったように叫びだしたミサキは頭を抱え、うずくまった
あまりのことにシオンとグリヴァは一瞬なにが起こったのか理解できず、立ち尽くしていた
忌み子
箍が外れたかのように叫んでいたミサキを何とか落ち着け、ベッドの上に座らせた
ミサキは心を許しているシオンやグリヴァにも怯えた表情をみせ、布団にくるまっていた
「・・・ミサキ様、ここでそのような格好はかえって脱水症状を引き起こします・・・。どうか、少しでも水分をお口にお入れください・・・」
どれだけ説得しても、ミサキは色が変わるほどぎゅっと強く布団を握りしめて離さない
「・・・ミサキ。お前の使命はなんだ?お前はそうやってそこで怯えているだけの、ただの女に成り下がるのか?・・・・・俺はそんなやつについていくつもりはないぞ」
「グリヴァ・・・!」
「・・・」
ミサキは静かに、机の上に置かれた本を指さした
「「・・・あれは、人を人と思わぬ本。・・・汝らにも読めるようしてやろう・・・」」
まるで2人の人間が話しているようなその声は、ミサキから発せられたものだった
見ると、普段は眼帯で覆われている目があらわになっており、いつも見える方の目は燃え盛る炎のような赤色になり、隠れていた目は吸い込まれるような深い深い深海のような藍色だった
そして、本のほうを改めてみると、ふわふわと浮き上がり、風もないのにパラパラと勢いよくページがめくれていった
『・・・これを起動できたということは、また生まれてはいけぬ”忌み子”が生まれてしまったのだな・・・。よかろう、話してやる。この本の使い道を』
サァァァ・・・と普通の家だった周りの風景は青空の草原へと姿を変えた
『・・・そなたが、今の”忌み子”か・・・。名は?』
「「・・・ミサキ・・・、いえ、・・・レガリア・ダルバンド・・・」」
その名は、シオングリヴァも聞いたことのない名前だった
『・・・そうか、そなたがあのものの生まれ変わり・・・。・・・また、混沌の時代が生まれてしまうのだな・・・』
「「・・・申し訳ありません、ゼウス様・・・」」
「ゼウスって、あの・・・」
「全知全能の神、ゼウス・・・!?」
『・・・おぬしたちは、今のレガリアの側近か?』
「え、あ、はいっ!」
『・・・見るからにして、おぬしはシャルジア、おぬしはガレク、かの』
「え、俺がシャルジア?」
「私が、ガレク?」
「「・・・その通りです、ゼウス様・・・。しかし、あの頃の記憶があるのは、私のみにございます・・・」」
深く頭を垂れるミサキ、もとい、レガリアは淡々と話を進めていく
しかし、シオンとグリヴァは訳が分からないといった表情で、2人を交互に見た
『・・・この本の今の持ち主は、またこの史上最悪の悲劇を引き起こそうとしている。・・・それだけは、決してあってはならない。頼んだぞ・・・』
「「・・・この身が引きちぎれようとも、壊されようとも、あの悲劇だけは決して起こさせません。必ずや・・・」」
『うむ・・・、頼んだぞ・・・』
その言葉と同時に、周りの様子は元の部屋に戻り、ゼウスはいなくなった
「・・・ミサキ様、これはいったい・・・」
ミサキに話を聞こうと振り返ったシオンはその言葉を最後までいうことはできなかった
ミサキがその場に崩れ落ちたのだ
「ミサキ様!?ミサキ様!」
「おい!ミサキ!おいっ!」
混沌の世界
その後、ミサキは死んだように朝まで眠っていた
普段なら寝るときもしまわれている翼も出されたままであった
それはつまり、力がそれほどまでに弱っているという証拠であった
シオンとグリヴァは交代交代でミサキのことをみていった
「ん・・・、あ、さ・・・?」
体がひどく重く感じられるミサキは壁を使い、なんとか体を起こした
部屋を見回すと、よくわからないがシオンとグリヴァが床で寝ていた
「・・・話さないといけないよね・・・」
ミサキは最初からすべてを知っていた
そして、この出会いが必然であることも・・・
シオンとグリヴァはかちゃかちゃという音で目を覚ました
2人ともなんだろうと寝ぼけていたが、すぐにミサキのことを思い出し、慌てて音のなった部屋へと駆けていった
そこには、料理をするミサキの背中があった
「ん?お、やっと起きた?おはよう」
「ミサキ・・・様」
「ほら、冷めちゃうよ。食べよ?」
そこにいたのは、いつもと変わらない、明るいミサキだった
・・・唯一違うのは、見慣れないチョーカーを首に着けていることだった
「・・・そろそろ、教えていただけますか?」
朝食を食べ終え、まったりとしていたとき、シオンが勇気をもってそう切り出した
シオンに、覚えているなどという確証はなかった
ただ、ただ、あれはなんだったのか、それを知りたかっただけだった
「・・・話すには、いろいろ準備があるんだけど、まっててもらえる?」
「・・・はい、もちろん」
ミサキは立ち上がると、部屋に向かうと昨日の本をもってリビングのテーブルに置き、次は、キッチンへ
コップ一杯の水と小さなナイフを持って帰ってきた
最後にリビングにあるペンと紙を用意して、座った
「まずは・・・、どこから話そうかな?えっと・・・
昨日のは、この本に刻まれた記憶と付喪神が見せた幻影
ゼウスと呼んだあの男の人は、ゼウスという名を借りた付喪神なの
それで、この本に刻まれた忌まわしい記憶を説明しないとね・・・
この国、いや、この世界全体に伝わる伝承覚えてる?
”闇にのまれし、暗黒の大地は、無残に残る亡骸の山。だれも、生きぬ、生きれぬ、世界の終焉”
有名な伝承だよね
・・・でも、これは実際に起こったことなんだ
今から数千年前、まだ今のように仲良く過ごすことができていなかった時代
一組の、異種のカップルが誕生した
男の名はガドルジア、女の名はピディ
2人は心の底から愛し合っていた・・・、あるところを除いては
異種っていったけど、当時は異種のカップルは数える程度しかいなくて、そのうえ仲違いをしている種族同士がくっつくことなどあり得ない話だった・・・はずだったんだ
まぁ、それはおいおい説明するとして、2人は親や周りの目を盗んで会っていたんだけど、そのうち、子供を授かったんだ
・・・それが悲劇の始まりだった
ガドルジアは悪魔族、ピディは貴神族、・・・そして、生まれたこの名前はレガリア
・・・私の祖先だよ
3人はほかの者たちの目につかぬよう、ひっそりと山奥で暮らし始めた
しかし、それもつかの間の幸せだった
ピディは名門貴神族の生まれで、許嫁もいた、家族みんなに寵愛されていた
そんな子が急にいなくなれば、大騒ぎになる
そして、すぐに居場所がばれ、子供のこともばれてしまって、戦争に発展した
最初は悪魔族と貴神族の争いだったんだけど、巻き添えを食らったり、それをきっかけにしたりして、もともと仲違いしていた種族同士の争いが始まっていった
そのことを嘆き、自分のせいだと責任を感じたピディは崖から身を投げ、自殺した
そして、ガドルジアは怒り狂い、魔王となり、全種族を壊滅するまで追い込もうとした
そして、私の祖先、レガリアは、森の中に置いて行かれ、森の中にいる動物たちーそのころはまだ、獣人ではない動物たちがいたのーに育てられた
それから、一人で食べ物をとることができるようになってからは、ひとりで生きていった
そのころ、世界はさらに争いが激化していた
魔法や科学技術、もともとの身体能力など、ありとあらゆるものをつかって・・・
そして、そこにレガリアは戻ってきてしまった
しかも、悪魔族と貴神族が争っている場所に
レガリアをみたガドルジアは、ピディの面影をレガリアに見出し、ピディを殺したこの世界への呪う気持ちを強めた
ピディを愛した人々は、その容姿にピディとピディを誘惑したガドルジアの姿を見出し、悪魔族への恨みを強くしてしまった
さらに、ピディのことを人一倍溺愛していたピディの父親がレガリアに対して
”おぬしは、生まれてきてはならぬ子、’忌み子’である。我々はこのことを忘れてはならぬ。決して、忘れては・・・ならぬのだ・・・っ!”
っていって、レガリアに呪いを施した
何度も転生して、戒めになるように・・・と
しかし、それがいけなかった
伝承のようにその世界からは誰も、いなくなってしまった
ただ一人、残されたレガリアはすべてを焼き払った
自分が招いた、この争いの始末をするのが自分の役目だと思って
それから、悪魔と貴神の血を引くレガリアは人一倍魔法を使うことができた
それを底がつくほど使い、動物や妖精、魚に昆虫などを人物にしていった
そして、唯一のルールをつくった
”決して、相手をさげすんではいけないと”
そして、レガリアは死んだ
しかし、そんな口約束はすぐに消え去った
レガリアが死んだあと、2つの新しい命が生まれた
レガリアの頭と心臓から生まれた貴神、胴体から生まれた悪魔・・・
そして、また歴史は繰り返す・・・
数百年に一度、レガリア、私はこの世に生を受ける
そのたびに、世界は混沌の渦に巻き込まれ、崩壊する
それが、この世界の理
私に課せられた本当の使命は、世界をその混沌から救うこと
そのために、私達は何度も生まれ変わらなければいけない・・・・
って、わけなんだよね」
意志
「・・・では、私のことをガレク、グリヴァをジャルシアと呼んだのは・・・?」
「祖先が新たな人物を生み出したとき、2人の側近を作った
俊敏な動きと空を自由に動き回れる大きな羽をもつ動物から生み出した男性、ガレク
何百年、何千年と生きて蓄えた知識を使い、ありとあらゆるものを生みだす妖精から生み出した女性、ジャルシア
2人は、孤独だったんだ
その種から嫌われ、2人で身を寄せ合って暮らしていた
そして、祖先の育ての親だった
狩りや生き方をガレクが、何ものにも負けない知識をジャルシアが教えてくれた
それが・・・あなたたちなの
記憶は紡がれていないけれど、内に眠る血は、すべてを覚えているはずよ・・・」
ミサキは人差し指でシオンの胸をトン・・・っと押した
「きっかけがあれば、思い出すこともあるみたいだけど、まぁ、その時代によるね」
「・・・俺の祖先は、女なのか?」
「そこ気にする?まぁ、その時は妖精の時から女性だったしね」
「・・・ふふっ」
「・・・ふはっ」
「・・・あはは」
3人はそれぞれ、腹を抱えて笑った
「それで、この本を持っているものがまた、最悪の悲劇を引き起こそうとしているって言ってましたけど・・・」
「この国の領主だよ。・・・この国の領主は、ピディの父親の生まれ変わりだ」
「まじか・・・っ!」
「この本に書かれているのは、その伝承を裏付けることと世界を絶望に陥れる極大魔法が描かれている
そして、書きなぐられた文字が何カ所も」
「それは、つまり・・・」
「領主は昔の記憶をもっている。そして・・・憎しみ、恨みが募り、また、悪魔族と争いを起こそうとしている・・・
私達は、なんとしてでも、それを止めなくてはいけないの。手を・・・貸してもらえる?」
シオンとグリヴァは、顔を見合わせ、ミサキを正面から見据えた
「・・・私達は、”ミサキ”様の下で、自分達の意思で貴方様につかえております。決して、過去にとらわれ、運命に決められた道を進むわけではありません。自分達の意志で、貴方様についていきます・・・」
片膝で座り、片手を胸の前でクロスさせ、頭を下げた
「・・・ありがとう、シオン、グリヴァ」
呪縛
グリヴァはそのまま、領主様の秘書を続けてもらった
ミサキとシオンは、武器や薬草をそろえ、準備を整えた
数日後、夜中に2人は行動をおこした
領主の家に忍び込み、身を隠した
さすがと言えばさすがの防犯だった
庭はもちろんのこと、廊下や屋根裏などに、赤外線が張り巡らされていて、少しでも触れれば、警報や何らかの動作が起こると予想される
2人はそんな警備の穴を見つけた
そこは、領主の部屋のようだった
しばらくすると、領主が部屋に戻ってきた
ミサキとシオンは、屋根裏に隠れた
領主は辺りを見回し、誰もいないことを確認するとベッドをずらし始めた
ベッドがあった場所には下へと向かう階段が隠されていた
領主がそこに入ろうとしたとき、誰かに呼ばれ、領主は部屋を後にした
「・・・シオン、あの奥には何があると思う?」
「さぁ・・・、私にはわかりかねます」
ミサキはどうしてもあの奥にあるものを知らねばいけないと、自分には知る義務があると思えてならなかった
それは、祖先が自分の祖父に呪いをかけられたことに由縁があるのかは、よくわからないが、どうしてもそう思えてならなかった
ミサキは音を立てずにそっと床に降り立った
辺りを確認して、階段の奥を覗く
そこは、人が来ないことが前提なのか、警備システムがまったくなっていなかった
「シオン・・・、行こう」
シオンの返事を聞く前に、ミサキは中へと足を進めてしまった
階段はすぐに終わり、長い長い廊下になった
どれだけ歩いても、終わりが見えない
「・・・どこまで続いてんの・・・」
「あ、あそこに、扉が・・・っ!」
目を細めると、周りの色と同化するほどの凹凸のない、扉があった
扉を軽く押してみると、すっと開いた
ミサキとシオンは意を決して、扉をあけ放った
そこは、何の変哲もない部屋が広がっていた
「・・ここは?」
シオンは訝しみながら、辺りを探った
しかし、ミサキはある一部屋の前で、立ち尽くしていた
ミサキは、そっとその部屋の取っ手に手をかけた
・・・ぎぃぃぃ・・・
鈍い金属音を立て、扉は開いた
そこにあったのは、一面鏡張りの部屋だった
そして、中央には、真っ黒の棺が蓋をしておかれていた
棺の大きさは、普通の1人分の棺よりもかなり大きかった
ミサキは慌てて、その棺のふたを開けた
そして、目を見開いた
「・・・ミサキ様?」
ようやくある部屋からミサキが出てきていないことに気付いたシオンは、部屋をのぞいた
一面鏡張りの部屋に驚きながらも、ミサキの後ろに立った
そして、棺の中を見て、絶句した
棺の中には、ミサキとまったく同じ顔をした男性と、どことなくミサキに似ている真っ白な肌と真っ白な髪を持つ女性が死んだように眠っていた
いや、正確には、死んでいる。まるで、眠っているかのように、死んでいるのだ
悪魔
「これは・・・いったい・・・」
「・・・うっ、おぇぇ・・・!」
ミサキはその場に吐いてしまった
「ミサキ様!」
シオンは慌てて、袋をミサキに抱えさせ、床の後処理をした
「ミサキ様、大丈夫ですか?」
「はぁ・・・、はぁ・・・。大丈夫・・・、ごめ・・ん」
「しかし、いったいこれは・・・」
シオンは棺の中を改めて覗いた
どこからどう見ても、ミサキにしか見えない男性
ミサキの面影があるが、すこし違う女性
ふたりが並んでここで、眠っているのはなぜか、シオンは見当がつかなかった
しかし、ミサキはわかってしまった。いや、もとからわかっていたのだ
「・・・この人たちは、私自身と、私の母親よ・・・」
「え・・・?」
「正確に言うと、男性は前世の私。女性は、前世の私の母親、なの・・・」
そっと2人の頬を優しく撫で、ミサキは悲しそうに言葉を紡いだ
記憶のないシオンにはわかり得ない悲しみや葛藤がミサキの心の中では行われているのだろう
それを、理解し、分かち合うことができないシオンは自分を恨んだ
なにが、ミサキ様の部下だ・・・、これでは、その辺にいる者たちと変わらないじゃないか・・・!
ミサキは、それぞれの手に優しく触れ、棺の扉を閉じた
その瞬間
「なにをしている!?」
後ろから、大声が響き渡った
振り返らずとも、その声の主は容易に想像できた
それは・・・領主だった
「・・・お前は・・・」
「・・・はじめまして、領主様。この姿では、初めて会いますね。・・・サクザさん」
「・・・やはり、貴様か。レガリア」
領主、もとい、サクザは目をすぅっと細めた
サクザはもちろん、貴神族である
年齢を問わず、真っ白な髪と肌が特徴的だった
サクザは真っ白な肌と髪に真っ赤な目を持っていた
「・・・争いが起こることをかぎつけたか」
「えぇ・・・、まぁ、正確には違いますがね」
「・・・おぬしが生まれねば、このようなことは起こらずにすんだのにな」
「・・・あなたに言われたくはない・・・。転生を繰り返すうちに、争うことにとらわれた、悪しき者には・・・!」
ミサキはひどく怒りを表し、眉間などにしわを寄せ、声を荒げた
「・・・あなたの考えていることは、すべてわかっている。ただただ、壊すことを楽しみたいだけなのでしょう?・・・そんなことは、絶対にさせない。この身が、引き裂かれようとも、焼かれようとも、命が途絶えようとも・・・、絶望の世界には、させない・・・!」
暗い真実
「・・・ふっ・・・、相変わらず、威勢だけはいいのだな。前のお前もそうだった」
「・・・どうして、前世の私をここにいれているの・・・?保管していたところで、貴女にはなにも利益はないのに」
ミサキにとってそれが一番の不思議だった
前世が生まれたのは、数百年も前。死んだときのことを考えても、そろそろ骨と化していてもおかしくはない、というより、骨になっていないほうがおかしいのだ
「・・・証だよ。私が前のお前に勝ったことのな」
「勝った・・・?」
「あぁ、お前には記憶が半分しかないのか。まぁ、致し方あるまい。前世の私は、お前に勝ち、この世界を貴神族だけにすることができたのだ。まぁ、身を隠していたほかの種族たちが後々に繁栄していったがな」
「・・・外道ですね。どうせ、ここにいる前世は蝋化かなにかを施して、この状態を保っているのでしょう?・・・必ず、解放しに来ます」
ミサキはサクザに背を向け、部屋を後にした
「・・・君は、レガリアの側近だね・・・。せいぜい、主を殺されないようにしておきなさい・・・」
シオンに向け、下卑た笑みを見せたサクザは、ふらふらと棺に向かって歩き、ひざから床に崩れ落ちた
そして、まるで何かにとらわれるように、棺に頬ずりをし、なにかをぶつぶつとつぶやき始めた
「・・・気持ち悪い・・・」
シオンは一言、そうつぶやき、部屋を後にした
ガンッ!ガンッ!ガンッッ!!!
人が踏み入ることのなさそうな森の中に入り、ミサキは大きな木に向かって頭突きを続けていた
「ミサキ様、その辺にしておかないと、頭が割れますよ?」
「・・・あんな・・」
「はい?」
ミサキはずるずると木にもたれかかりながら、地べたに座り込んだ
「・・・あんなやつに前世の私は、負けたの・・・?」
「・・・そのようですね。私には、記憶がないので、何とも言えませんが・・・」
「・・・・・・」
うつむいたまま、動かないミサキに対し、シオンはかける言葉を探し、なにもないことを悔やんでいた
少しでも、思い出せたのなら・・・、少しでも、なにか知っていれば・・・、ミサキ様の助けになれたのでしょうか・・・
自分とミサキ様の間には、埋めたくても埋めれない大きな溝があるのだと、シオンは嘆いた
シオンはなにもできないまま、その場に、ただただ立ち尽くしていた・・・
眠(ねむり)
どうやって家に帰ったのか、知らずのうちに家に帰り、布団で寝ていた
ミサキは、どうにも動きたくないという気持ちにかられ、布団にもぐった
「ミサキ様~?起きていないのですか?」
「・・・今日は、動きたくない・・・」
「・・・かしこまりました。食事をお持ちいたしますね・・・」
「ありがとう・・・」
シオンは部屋から離れ、キッチンに向かった
ぐつぐつといい匂いを漂わせながら、シオンは悩んでいた
ミサキ様は記憶があるから、過去にさいなまれ、余計な事まで気を回さないといけなくなる
しかし、それがゆえに、つらい思いを何度もすることになる・・・
私達は、記憶がないが、昔のことに捕らわれずに生きていける・・・
どちらがいいとも、どちらが悪いとも言えない・・・
「・・・アンダンディエ・・・・」
・・・あれ?私は今なんて・・・?アンダンディエ・・・?
聞いた事もないことをなんで私は知っているの・・・?
わからない・・・、この言葉の意味も、昔のことも・・・
そうして、シオンの意識は深い闇に落ちていった・・・
ガっシャーン!
キッチンから突然大きな音が鳴り響き、隣のリビングにいたグリヴァは驚いて、手にしていた本を落とした
グリヴァは領主様の気分により、強制的に休みを取らされていた
「な、なんだ・・・?」
恐る恐るキッチンの様子を見ると、床にシオンが倒れていた
「シオン!?」
慌てて駆け寄り、抱き寄せる
幸いにもちゃんと呼吸はしており、安定していた
しかし、あたりは惨状だった
火にかけていた鍋をひっかけながら倒れたのか、あたり一面にシチューがまき散っていた
しかも、シオンの足にもかかっており、急いで冷やさないと皮下組織までやられてしまう
「くそ・・・っ!」
シオンを抱え上げ、急いで風呂場に向かった
シャワーから勢いよく水を出し、シオンの足についたシチューもろとも冷やした
桶に水をため、そこにシオンの足をいれ、キッチンに戻った
氷をいくらか桶に入れ、グリヴァはキッチンの後片付けを始めた
「とりあえず、ここを綺麗にしないとな・・・」
火を止め、鍋をシンクの中に入れ、床を雑巾や紙でシチューの残骸を片した
しかし、珍しいこともあるもんだな・・・
シオンはどんなにつらくても、どんなに体調が悪くても、自分のことは二の次、三の次に回し、俺達の世話をしてくれた
ましてや、倒れるなんてことは、今までに一度もなかった
風呂場に戻ると、シオンが起きていた
「お、シオン。大丈夫か?」
近づき、声をかけたが、シオンはどこか遠いところを見るようにぼぅっとしていた
「シオン・・・?」
焦燥
シオンはゆっくりと目線をグリヴァに移した
「・・・シャルジア・・・?」
「・・・はい?(汗」
「シャルジア!」
シオンはどこかで聞いた覚えのある名前を叫びながら、グリヴァに抱き着いた
「ちょ、おい!?」
「シャルジア、シャルジア・・・。会いたかったよ・・・」
抱きしめながら、首筋に顔を埋め、擦り寄ってくるシオン
しかし、シオンはグリヴァの名前を呼ぶことなく、シャルジアと呼んでいる
シャルジア・・・?って、俺の前世ってやつか・・・!
てことは、こいつも・・・?
「・・・もしかして、あんた、ガレク・・・なのか?」
「そうだよ!ガレクだよ!シャルジア!」
「えっと・・・、悪いんだけど・・・、俺、シャルジアじゃねぇんだよ。シャルジアは、俺の前世?だったんだけど・・・」
「・・・え?」
シオン、もとい、ガレクはグリヴァから体を離し、上から下まで穴が開くかと思うほどグリヴァの身体を見た
「・・・シャルジアが男になってるぅぅぅ!?」
「だから、シャルジアじゃねぇって!」
「・・・それで、こうなったと・・・」
グリヴァによって起こされ、不機嫌そうにミサキはリビングにやってきていた
しかし、目の前のものをみて、ミサキはため息をつくことになった
シオン(ガレク)は、腰にだけタオルを巻き、部屋をうろちょろしていた
興味を惹かれるものがあれば、持ち上げたりじっと見つめたりして、じっくりとみていた
しばらくして、ミサキに気付いたシオン(ガレク)は嬉しそうに抱き着いてきた
「レガリア様ー!貴女様もここにいたのですね!」
ミサキはシオン(ガレク)に抱きしめられ、もろに胸を顔に押し付けられていた
「お、おい、えっと、ガレク、今は女なんだから胸も隠せよ。あと、こいつはレガリアじゃなくて、ミサキ。お前のいうレガリアの生まれ変わりだよ」
「え・・・。・・・ここには、俺の知っているやつは誰もいないのか・・・?」
「んー・・・、いるよ。私が覚えてる」
ミサキは胸から顔を出し、シオン(ガレク)は嬉しそうに微笑んだ
「本当?ありがとう!えっと・・・ミサキちゃん?ミサキ様?って呼べばいいのかな?」
「なんでもいいよ。ガレク」
ミサキは頭を撫でた
「で、どうして俺はここにいるんだい?君たち、わかるかい?」
「悪いけど、わかんねぇ。お前が、生まれ変わりであるシオンの体をつかってここにいるとしか、俺達にはわからねぇ」
「・・・そっか。・・・レガリア様が生まれ変わっているということは、あの呪いは続いているのですね・・・」
「うん・・・。ガレク、ほんとはわかってるよね?元に戻る方法」
「え?」
「・・・ばれてましたか・・・さすがです、ミサキ様。レガリア様の生まれ変わりというだけはあります」
「・・・」
「・・・元に戻る方法はわかっています。しかし、それには、今、記憶の、思考の、体の奥底、だれも踏み入ることのできないところにいる、この体の張本人を連れ戻す必要があります。・・・彼女が、真実を見つけるまでは、我々には、何もできません・・・」
「・・・もう、覚醒しないといけないの・・?」
「・・・時は、来ています。彼女、そして、そこにいる彼が知らなくてはいけないことがたくさんあるのです」
「・・・グリヴァ、ごめんね」
ミサキはグリヴァの眉間のあたりに中指をおき、その状態で手を開いた
「汝の中に眠りし過去の英雄よ・・・、今、真実を解き放ち、忌まわしき過去を共有せよ・・・。我は混沌を招きし常闇の神なり・・・」
青白い光がグリヴァの目の前で瞬いたかと思うと、グリヴァは力が抜けたかのようにひざから崩れ落ちた
床に倒れこむ前にシオン(ガレク)がグリヴァを抱きとめた
「・・・シャルジア。起きてください・・・」
「・・・ん・・・。が、れく・・・?」
うっすらと答えるように目を開けたグリヴァ、もとい、シャルジアはか細い声でガレク(シオン)を呼んだ
「あぁ・・・、シャルジア・・・。俺の愛しいシャルジア・・・」
「・・・」
抱きしめあう2人を後ろからそっと見つめていたミサキは、ガレク(シオン)の背中を見て心の中で嘆いていた
ガレク(シオン)の背中には、まるで羽をむしり取られたかのような傷跡が生々しく残っていた
走馬燈~シオン~
シオンはあたり一面凹凸もなにもない世界にただ一人、立っていた
といっても、あたりは真っ暗で夜目が利くシオンでも光が1つもない世界では形や大きさを把握することはできない
「・・・ここは、いったい・・・?」
先ほどから歩き回っているが、何も見当たらない
一度腰を下ろし、あたりになんらかの気配がないか気を研ぎ澄ました
しかし、いくら待っても動きそうな気配も物もなにもない
「・・・料理をしていたはずなのに、どうしてこんなことに?」
思いを巡らしていると、突然あたりが明るくなった
そこは、花畑のなかだった
「さっきまでこんなものなかったのに・・・」
赤、青、黄色、たくさんの色の花が艶やかに咲き誇っていた
道なりに進むと、小さな女の子が花の中から頭をのぞかせた
後ろを向いているため、顔を確認することはできないが、うすい翡翠色のような髪をしていた
しかし、シオンはその姿に見覚えがあった
そこに、どこからか女の子が走り寄ってきた、その女の子は・・・
「・・・私?」
しかしその女の子はシオンと違い、淡いピンクの髪とアクアマリンのような青い目をしていたが、その顔はシオンだった
幼いシオンは翡翠色の少女に楽しそうに話しかけていた
そのうち、少女は横を向き、シオンがいる方にもみえるようになった
その顔は・・・シオンと全く同じだった
「・・・久しぶりね、シオン」
前の光景に目を奪われると、突然後ろから声がかかった
驚いて振り返ると、そこにはシオンと全く同じ顔をしたうすい翡翠色のような髪をした女性が立っていた
「・・・あなたは・・・?」
「・・・・・覚えてないのも、無理ないわね・・・、私はリオン。・・・あなたの双子の姉よ・・・」
「私の、双子の・・・姉?」
シオンには覚えのないことだった
というのも、幼いころの記憶がないのだ
シオンの記憶は、もとからひとりで、大きな木の根元にあいた空洞の中で暮らしていたということしかなかった
あんなに花が咲いている場所を、あたたかな場所を、シオンは知らない
「覚えてないのも、無理ないわ。・・・私達は、襲われたのだから」
「おそ、われた・・・?」
「ひとまず、昔話でもしましょうか・・・。さっきみた光景、覚えてる?色とりどりの花が咲き誇り、四季折々の顔を見せる。あの花畑の近くに、私達の家があった。私達ふたりに両親、兄がひとり・・・。5人で仲良く暮らしていたわ。きれいで、優しいお母さん。怖いけど、よく遊んでくれたお父さん。誰よりも私達のことを愛し、いろんなことを教えてくれたお兄ちゃん。・・・仲睦まじく暮らしていたのに、それは突然、終わりを告げたの。私達が10歳にも満たないくらい小さなころ、突然家のまわりに火が付いたの。私達はすぐ外に出たわ。でも、外には、人間族が待ち構えていたの。狙いは、貴女、シオンだった。
当時、ピンクで目が青いアズバーンは一匹もいなかった。・・・そう、その獣人である貴女以外は・・・。コレクターはこぞって、貴女に目を付けたわ。いつ、貴女を捕まえに来るか・・・、両親と兄はそれをずっと恐れていた。だから、あの日、人間族に抵抗しながら、お母さんは貴方に暗示をかけた。シオン、貴女も覚えがあるはずよ・・・」
リオンはシオンに近づき、目を片手で覆い隠した
「”すべてを忘れ、すべてを捨てて生きなさい。貴女は、神に選ばれし子。呪いを受けし、汝は、神の加護を受ける権利がある・・・”」
「・・・”すべてを理解しなけらばならないその時まで、過去にとらわれず、生きなさい・・・。過去と現世が交わりしとき、お前は、すべてを思い出す・・・”」
・・・そうだった
お母さんは、私のことを思って、私に暗示をかけた。髪色と目は色を変え、私は無我夢中で走り、身を隠したところで気を失ってしまった。そして、私は、すべてを捨てた・・・。いや、忘れたんだ・・・
「・・・思い出したようね。・・・見て、髪と目が、元の色に戻っているわ・・・」
そっとリオンは髪をなで、愛おしむように目を細めた
「・・・リオン・・・、私はどうしたらいいの・・・?」
「・・・シオン、貴女はわかっているはずよ・・・。貴女は選ばれたのだから。・・・双子なのに、つらい運命を貴女にすべて押し付けて、私はのうのうと生きていた・・・。あの時、殺されたのは、当然の報いだわ・・・」
「ううん・・・、そんなことない・・・。私のことを、守ってくれて、ありがとう・・・」
シオンは泣きながら、リオンに抱き着いた
リオンは、優しくシオンを抱きしめ、頭を撫でた
「・・・怖がらなくていいのよ。貴女は、貴女の好きなようにいきなさい・・・」
「おねぇ・・・ちゃ・・・」
何とか泣き止み、涙をぬぐうと、シオンの顔つきは変わっていた
それは、もう、記憶がないだとかうだうだ考えていたシオンではなく、ミサキという一人の主に忠誠を誓った1人のナイトとなっていた
「・・・じゃあ、ね。私はいつでも貴女を見守っているわ・・・」
そういうと、リオンは消え、あたりも真っ暗闇に戻っていった・・・
走馬燈~グリヴァ~
「たっく・・・。なんだっていうんだよ・・・」
ミサキに眉間の間に指を置かれて、光が瞬いたと思ったら、急にこんなとこに連れてこられて・・・
・・・?連れてこられたというより、いつのまにか、ここにいたって感じか?
周りには、なにもない真っ白な空間が広がっていた
「しかし、ここはどこなんだ・・・?なんにもないし、真っ白な部屋だけど、ドアとかねぇし・・・」
動き回り辺りを散策する必要がなく、特にすることもないのでグリヴァは部屋の中央で足を組んで寝転がっていた
何が現れるでもなく、なにが起こるでもなく、ただただ白い部屋があるだけだった
「はぁ・・・・・・・ん?」
グリヴァが体をほぐすために腕を伸ばすと、なにかに手が当たった
見ると、そこには、小さな靴が並べて置いてあった
「これは・・・」
その靴は幼いころグリヴァが履いていたものだった
じっとその靴を眺めていると、誰かがその靴を持ち上げた
持ち上げる動きに合わせて顔を上げると、そこにはふたりの老夫婦がたっていた
「・・・父さん、母さん・・・」
「久しぶりね・・・、グリヴァ」
「元気にしていたか・・・?」
2人は、それぞれ声をかけると、グリヴァは目に涙を浮かべた
「久しぶりに、あえた・・・・!父さん、母さん・・・!」
「・・・そのことなんだけどね・・・」
「・・・?」
「・・・わしらは、お前の本当の親じゃないのだ・・・」
「・・・・・・」
グリヴァは自分の耳を疑った
今、目の前にいる自分を育ててくれた2人が本当の両親ではない
そんなことを急に言われ、信じるやつがどこにいる
と、グリヴァは思っていたが、心の奥で、わかっていたという思いがあり、口にすることができなかった
「・・・あなたも、わかっていたはずよ・・・」
見た目も、グリヴァと全く違う
グリヴァが立てば、ゆうに身長を超える
ふたりは、グリヴァの腰にも及ばない身長なのだから
「・・・なんで、今更そんなこと・・・」
「今、必要だからだよ。・・・お前には、真実知る権利がある」
「・・・」
「あれは随分と、昔の話だ・・・。私達は、子供には恵まれなかったが、夫婦仲良く暮らしていた。私達が住む森には、1本の御神木が生えていた。私達は、その御神木を”マグダットリア”と呼んでいた。その下では、いろいろな妖精たちが身を寄せ合い、お茶会やバザーをしていた。・・・そんなある日だった」
「マグダットリアが落雷により、真っ黒に焼けてしまったの。それまでは、青々とした葉を生やし、金色の実をつけていたマグダットリアがあっけもなく、死んでしまったの。さらに、それからというもの、森には災厄しか訪れなくなってしまったの。火災に地震、地形が変動したり・・・、とにかく妖精たちは気が滅入っていたわ。だから、藁にも縋る思いで、マグダットリアに祈りをささげたの。どうか、この地の怒りをお沈めくださいって・・・。そしたら、次の日、たまたま通りかかった私があなたのことを見つけたの。しかも、マグダットリアがあった場所に丁寧に籠に入れ、毛布にくるまれて。最初は、誰かがここに子供を置いていったのだと思ったわ。でも、マグダットリアが綺麗に、跡形もなくいなくなっているのをみて、きっとマグダットリアの生まれ変わりなのだと思って、連れ帰って、あなたを育てた。・・・つらい思いも、させてしまったのだけれどね・・・」
「・・・」
グリヴァは言葉を失った。自分は妖精ではなく、木の生まれ変わりだと知って
「・・・母さんたちは、なんで、俺を育てようと思ったの・・・?」
「・・・私達は、お人よしなのよ。なにもできない赤ん坊を1人、森の中に置いていけるわけないじゃない」
母親は、グリヴァをそっと抱きしめた
グリヴァの目には、大粒の涙がたまっていて、必死に泣くのをこらえている様子だった
「たしかに、お前はマグダットリアの生まれ変わりかもしれん。しかし、お前は、私達の自慢の息子だよ。・・・元気に、のびのび生きていてくれるだけで、私達は、充分なんだよ・・・」
両親の言葉に、グリヴァは涙を我慢することはできなかった
「・・・あり、が、どぉ・・・」
涙を流し、鼻水をすすりながら、グリヴァはそういった
「かっこいいお顔が台無しよ?ほら、涙をふいて?」
「ん・・・」
「・・・私達は、ずっとあなたのことをみているわ。・・・幸せにね・・・?」
そういうと、両親は足から徐々に消え始めた
「!・・・待って・・・!まだ、伝えたいことが・・・っ!」
「大丈夫、あなたのことは、ずっと見ているから、何でも知っているわ・・・」
「・・・最後に・・・、心配かけてごめん・・・、ずっと、ずっと・・・愛してました・・・っ!」
「・・・えぇ」
グリヴァの最後の言葉を聞き、両親は微笑みながらきえてしまった・・・
覚醒~シオン~
真っ暗になった部屋の中に、一筋の光の道が現れた
「・・・ここをたどれば、なにかあるの・・・?」
シオンは、まっすぐにその道を歩き始めた
しばらく歩くと、奥に一際輝く場所が見えた
目を細めると、一瞬にして辺りが光に囲まれた
「・・・!?」
あまりの眩しさに、目を閉じたがすぐに光は収まった
そよそよと体を吹き抜けるさわやかな風を感じ、目を開けた
そこは、どこかの南国を思わせる真っ青な海と真っ白の砂浜だった
辺りを見回すと、ひとつだけパラソルがさしてある場所があった
そして、そこには誰かの足が見えていた
シオンはゆっくり警戒しながら、近づいた
あと少しでパラソルに手が届きそうなくらい近づいたとき、おもむろに声が聞こえてきた
「さすがだな。殺気はある程度殺されて、普通のひとたちならわからないね。まぁ、俺の前では、まだまだだけどな」
その声は、後ろから聞こえてきた
慌てて振り返ると、目の前に指先があり、あと数センチで目がつぶされるところだった
手がしまわれ、相手を正面から見つめた
髪が真っ白のショートカットでシオンより濃いアクアマリンのような目を持っていた
さらに、2本のというより2束の髪だけ黄色に近い金色だった
顔は整っており、鼻筋がすっと通っている。好青年といった感じだった
服は、申し訳程度に腰に巻かれた布1枚で、たくましく鍛え上げられた肉体があらわになっている
「この姿でっていうより初めましてだな。・・・わが子孫よ」
「・・・子孫、ってことは、あなたがガレクなんですか?」
「いかにも。お前の名は、確かシオン、だったか?」
「はい・・・」
「まぁ、座れ。こんな暑い日差しの中では、気分も悪くなってくるだろう」
「ありがとうございます・・」
パラソルの下に用意されていたマットにガレクが座り、少し間を開け、シオンが座った
「・・・どうして、私はここにいるんですか?」
「覚醒のときがきたからだ」
「覚醒・・・?なにを覚醒するというのですか?」
「・・・俺とお前が、1つになる。ただそれだけだ」
「・・・」
「お前に昔の記憶がないのも、俺が分かれてお前の中にいるからなんだ。普通であれば、俺たちは合わさった状態でいるはずなんだけど、なぜかお前だけ分かれてしまったんだ」
「・・・そうでしたか」
「・・・これは、俺の勝手な憶測だが」
「・・・?」
「・・・お前らの代で、すべてが終わるんじゃないかって思っている」
「・・・」
「歴代を通しても、女が生まれることはなく、お前だけが女なんだ。それに、アズバーンのなかでも、神獣とも呼ばれる部類に入りそうなピンクなど、もう、神話でしかないだろう」
「ですが、私には、力など・・・」
「あるじゃないか。大きな翼が」
「・・・1対しかないんです。本来、2対、計4枚の翼があるはずなのに・・・」
「それは、俺の代からの因果だな」
そういうと、ガレクは2枚の翼を広げた
「俺も、1対しかねぇんだ・・・。だから、お前に、この翼をやる。そのためにも、俺たちはひとつになる必要があるんだ」
「・・・1つになれば、あなたはどうなるんですか?」
「・・・消える、かもな。俺にもわからん」
「・・・・・」
「心配するな、誰よりも一番近くで見守ってやる」
「そんなこと心配してません」
「即答すんな!・・・ふはっ」
「・・・あははっ」
「さぁ、そろそろ時間だ。・・・顔、かせ」
ガレクは、シオンの両頬にそっと手をあて、おでことおでこを合わせた
「・・・お前は、大丈夫だ。きっと勝てる。・・・俺が保証するよ」
その言葉と同時に、ガレクは小さな光となり、シオンのなかに取り込まれていった・・・
覚醒~グリヴァ~
白い部屋には、いつのまにか白いドアができていた
グリヴァはゆっくりとドアを開け、外をのぞいた
そこは、どこかの森の中だった
木漏れ日により程よくあたたかく、涼しい森だった
部屋の前に続いていた道を歩くと、小高い丘についた
そこには、1つのベンチがあり、女性が座っていた
「・・・」
「・・・声をかけぬとは、レディに失礼よ。わが子孫よ」
「・・・あんた、シャルジアっていう俺の祖先なのか?」
「あぁ」
腰辺りまである長い金髪に、透き通ったエメラルドの瞳をしていた
顔はすっと切れ長の目で、薄い口、鼻が高く、美人であった
服は黒いぴちっとしたパンツに、白いブラウスを胸元で大きく開けていた
「立ち話もなんだ。座りなよ」
シャルジアは隣をポンポンとたたいた
グリヴァはおずおずと隣に腰かけた
「・・・お前は、御神木の生まれ変わりなんだとかな」
「らしいな・・・」
「世には、珍しいこともあるもんだ。まぁ、気にはせん。さて、私は回りくどいことは苦手じゃ。手短に済ませよう」
「なにするんだ・・・?」
「記憶の共有と融合じゃ。なぜかはわからぬが、私とお前は分かれて生まれてしまった。それを正すのが今なのだ。・・・私にも、どうなるかわからん。お前に私の記憶が流れ込み、お前の人格が壊れてしまうかもしれん・・・」
「・・・関係ねぇよ。過去がどうであれ、俺は今を楽しみたいんだ」
「・・・ふっ、いいであろう。・・・現世を存分に楽しむといい」
シャルジアはグリヴァの手を取り、自分の頭に置かせた
短く呪文を唱えると、小さな光となり、グリヴァのなかに吸い込まれていった・・・
新たなる決意
「ん・・・」
シオンとグリヴァは同時に目を覚ました
「・・・グリヴァ・・・?」
「・・・シオン・・・?」
「・・・全部、思い出した」
「・・・全部、理解した」
「「・・・今の平穏と、楽しい生活を守るために・・・」」
「・・・・・髪も目の色も変わったな、シオン」
「・・・あなたも目の色が変わっているわ、グリヴァ・・・」
2人は手を取り合い、見つめ合っていた
「・・・仲睦まじいのは、いいんですが、時と場所を選んでほしいかしら?」
「!?」「!?」
2人は飛び起き、声のした枕の上の方に目を向けた
そこには、にやにやと笑っていたミサキがいた
「相変わらず、ラブラブね」
「そ、そんなことは・・・!」
「はいはい、いつも認めないんだから」
「ミサキ・・・っ!」
「ふふっ」
「・・・もう・・・」
ミサキとシオン、グリヴァは楽しそうに笑っていた
「しかし、シオン。あんたその髪と目、どうしたの?」
「あぁ・・・、実は、これが本当の私の姿だったんです」
「そっか、綺麗だよ」
「グリヴァも、綺麗な目の色しちゃって」
「あぁ、これはシャルジアの目なんだ」
「やっぱり・・・。金色の髪とあっていて、綺麗だよ」
「ありがと・・・」
「ミサキ様も・・・、目の色が・・・」
ミサキの目は赤と藍色がグラデーションのように、綺麗に見えていた
「2人が寝ている間に、いろいろね」
「・・・そうですか」
「「「・・・すべては、平穏なる毎日を、守るために・・・」」」
調整
「さて、2人とも、力の使い方わかる?」
ミサキはおもむろにそう切り出した
「力、ですか?よくわかりませんが、たぶん・・・?」
「覚醒したってことは、前世の力も今あわせもってるんだよ?少しくらいは試しといたほうがいいよ」
そういって取り出したのは、1枚のチラシだった
そこには”集え!各地の猛者よ!! 今、世界一の強者を極めるとき!”と、でかでかと書かれた、見るからに幼稚そうなチラシだった
「これは・・・?」
「たまたま、見つけたの。ちょっと離れてる国だけど、もうすぐ開催だし、ちょうどいいと思って」
そういってにっこり笑うミサキ
「・・・うさんくせー・・・」
疑うシオンとグリヴァ
このままでは、らちが明かないと思ったミサキは、自分も参加すること、力は制限することを条件に何とか納得させたのであった
「・・・レディースエンドゥジェントルメーン!ボーイズアンドガールズ!このむさくるしい猛者どもの熱さ、それを祝福するかのように晴れ渡る空!皆さまお待ちかねの、第1回MSTの開幕です!!!」
司会の声と同時に盛り上がる観客、それを控室で映像で確認したり耳だけを傾け精神統一を行ったり、それぞれで試合前を過ごす選手たち・・・
静かながらも、ふつふつと闘争心が見て取れるなか、一際目立つ集団がいた
「ねー、おねー。これきてもいいー?」
「あ、それダメ!あたしが着るの!」
「ねぇねぇ、あのひと、かっこよくない!?」
「え、どれどれ!?」
4つ似た顔が騒いでいた彼女たちは、姉妹で今回大会に参加するらしく服を取り合ったり、同じく大会に参加する男性たちを品定めしていた
今大会は人数無制限で、構成も自由、力の強さも分けられておらず、要は無差別級となっている
「あ、時間だってー」
「まじ!いこいこ!」
慌てて出て行った1人が前を確認せずに出て行ったため、前から来た人とぶつかってしりもちをついた
「きゃっ!」
「あ、ごめん。大丈夫?」
ぶつかった人は手を差し伸べた。しかし、女はその手を払った
「痛いじゃない!前見て、歩きな・・さいよ・・・」
しかし、彼女は相手を見るとすぐにそのことを忘れた
目の前に立っていたのは、背が高く金髪のエメラルドの瞳を持つ男だった
「それはごめん。俺も不注意だった」
「あ、い、いえ!そ、そんな・・///」
顔を赤らめ、先ほどとは打って変わった態度で話をする
「あ、時間だ。ごめんね、それじゃ」
男はすたすたと女の隣をすり通り、控室に入っていった
「い、イケメン・・・」
「やばくね・・・?」
「あーん!もっとみたかったー!」
各々そういいながら、1試合目に向かっていくのだった
暗雲
「遅いよー、グリヴァ」
「ごめんごめん、ちょっといろいろあってな」
グリヴァは控室から持ってきた飲み物をミサキとシオンに分けた
「グリヴァ、これ、トーナメント表。私達はお昼前だから、まだまだ先ですよ」
「ん、ありがと」
「しっかし、こうも人が多い者かねー」
たくさんの参加者が集まったことにより、会場を分け、それぞれの優秀選手をメイン会場に集め、最終的に最優秀選手を決めるというものになっている
そのため、時間短縮をはかるために試合はグループ戦で行われる
各会場の結果は随時モニターにて知らされることとなっている
さらに、お客さんも物珍しさで地方からも集まっていて、初の取り組みを一目見ようと先ほどからざわつきが収まらない
「お、1試合目始まるみたいだぞ」
会場の中央には十数人の選手が立っていた
なんとなくグループで分かれているようで、なんとかチームが分かる感じだった
「ふーん・・・、どいつも弱そ・・・」
じっくり品定めをしていたグリヴァはそうぼそっとつぶやいた
「そう言わないの。もしかしたら、強いかもよ?」
「んなわけ。悪いけど、昔も、今も、シオンやミサキ以外に負けるつもりはないから」
「そう・・・」
誰にも負けないと自信満々な様子と自分たちはそれほどの実力があると認められていることにうれしさを感じたミサキはそっと微笑んだ
「さーて・・・、どこが勝ち残ってくるのかしら・・・?」
そのころ、別会場では・・・
「あ・・・」
「うそ・・・でしょ・・・?」
格闘場には、1人の男が立っていた
しかし、その姿はあまりにも異様だった
鍛え抜かれた体を惜しげもなく見せつけ、腰には申し訳程度の布がまかれているだけで防具も何もつけていない
だが、彼の足元には何人もの男女が倒れていた
あるものは泡を吹いて倒れており、あるものは怯えおののき会場から逃げ出し始めていた
彼の周りの空気はもちろん、会場全体の空気はひんやりと冷え切っていた・・・
一戦!
順調に試合が進み、予定より早く試合の順番が来た
ミサキやグリヴァ、シオンは各々準備を始めた
ミサキは両手に防具をつけるだけの実に簡素なもの
グリヴァは分厚い辞書のような本を腰に巻かれたポーチにいくつかの宝石と一緒に入れゴーグルを頭に付けた
シオンは上半身を胸に布を巻き付けるだけで済ませ、下半身は大工さんが着ているような裾に行くにつれて広がり足首辺りできゅっとしまったズボンを着ているだけだった
「お前ら、服装軽すぎやしないか?」
「いいのいいの、グリヴァが多いだけだよ。ね?シオン」
「ええ、そうですね」
「へいへい、昔からそうでしたねーっと」
悪態をつきながら、グリヴァは試合会場に向かった
「さぁ!お待たせしました、予選最後の組です!!!それでは、入場してもらいましょう!!!!!!」
司会の合図とともに、数グループの選手たちが入場していった
その中には、ミサキたちもいた
それぞれ思い思いの場所に立つと準備運動をしたり軽く体を動かしたりしていた
「さて、さて、それでは、レディ・・・ファイッ!」
掛け声とともにゴングが打ち鳴らされ、血気盛んな選手たちが手近にいる弱そうな相手から襲い掛かっていった
「あらあら、お騒がしいことねぇ・・・」
ミサキはつまらなさそうにその場に座り込んだ
「そうですねぇ・・・」
まったりほのぼのしている3人の目の前に、グリヴァと同じくらいの背にもりもりの筋肉を体中にまとわせた男が立った
「よう、姉ちゃんたち。いいのか?座ってても」
「?どういうことかしら、お兄さん?」
「俺様が誰だか知らねぇようだなぁ・・・。俺はこの国で一番の格闘家シシバド・ガr」
男が名前を言い終わる前に、床とご挨拶することとなった
シオンがシシバドの顎めがけてストレートパンチを食らわせたために
「せめて、名前が言い終わるまで待ってあげようよ・・・」
「だって、ミサキ様に失礼な態度をとるんですもの。制裁を与えなくては、ねぇ?」
笑顔でシオンはミサキに言いながら、後ろに立つまた別の選手を殴り飛ばした
「あー・・・、はいはい」
ミサキは苦笑いを浮かべながら、その様子をただただ見守るだけだった
「もう、終わりか?」
試合開始わずか10分で自分たち以外の選手を倒し、選手たちの山を築き上げた
「の、ようですね。司会さん?」
「え、あ、さ、最終試合終了!!!これにて、予選は終了です!!明日、本戦が始まりますので、皆様どうかお足をお運びください!それでは!!!」
唖然としていた司会はなんとかそれだけを言い、奥へとすっとんでいった
「それでは私たちも、一度ホテルに戻りますか」
3人は近くにとったホテルに戻るのだった
依頼
ホテルにもどった3人はお風呂に入ったり、ベッドでくつろいだりと思い思いに過ごしていた
「ミサキ様、ご夕食の時間ですが、いかがなさいますか?」
「んー・・・、お腹すいてないしいらなーい」
外から戻ってきたシオンはベッドの上で本を読むミサキに声をかけた
「しかし、夕食を食べないと栄養が偏りますよ?」
「それなら、シオンの手料理がいい」
「もう、わがまま言わないでください!」
「まぁ、いいじゃねぇか、今日くらい」
お風呂から上がったグリヴァはミサキの肩を持った
「グリヴァまで・・・」
「明日も、俺らで倒せばいいだけ・・・」
バッ!
突然の殺気に3人は振り返った
殺気は扉の向こうから、しかも、すぐ前まで来ている
どうして、こんなに近くまで・・・!
こんなにちけぇのに、気付けなかった・・・!?
シオンとグリヴァは汗をにじませながら扉をにらみつける
しかし、ミサキはそんな2人の間をすたすたと通り抜け、扉の前に立った
「ミサキ様!?」
ミサキはそっとドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた
「・・・なにか、御用で・・・?」
扉の前に立っていたのはミサキより高くシオンより少し低いくらいの身長をした男だった
「・・・」
何も言わず、ただただミサキを見下ろしていた
後ろに構えるシオンとグリヴァはその様子を固唾をのんで見守っていた
「・・・あなた方が、明日の本戦に参加される方々ですか?」
男の人にしては少し高く、それでもすっと通る声で発された言葉は、一言で今大会の関係者であるということが分かった
「・・・それが、なにか?殺気を向けられる覚えはありませんが・・・」
「・・・お願いがあります。明日の本戦、棄権してください」
「・・・は?」
男は突然、そんなことを言い出した
「すみません、突然このようなことを申し上げて。自己紹介がまだでしたね。私は、ジャーエル・F・ガータン。気軽にジャタとお呼びください。それで、棄権してほしいというのは、この大会の裏の狙いに巻き込まれてほしくないんです」
「裏の狙い・・・?」
ジャタは周りを見回し、誰もいないのを確認した
「詳しいことは、部屋の中でお話してもいいですか・・・?」
「・・・どうぞ」
ミサキはジャタを部屋に招き入れ、ソファを勧めた
自分も向かいの席に座った
「それで、大会の裏の狙いとは?」
「・・・この大会は国を挙げて行われています。表向きは、国の活性化を目指したものと言われていますが、実際は優勝者を金で雇い、毎晩この国の地下で行われる無差別格闘技に参加させ、金儲けすることです。その場所へは富裕層しか行くことができませんが、勝てば自分の懐を温められるので人波が絶えることはありません。ゆえに、八百長も行われている始末です」
「・・・要は、優勝しなければいいのでは?」
「いえ、本戦に参加するだけでも意味はあります。あなた方のような見た目の方々は人身売買にさらわれ、どこかへ売り飛ばされてしまいます」
「・・・そんなにやわに見えますか?」
「・・・今までも、そういうふうにいってつかまった人たちは数知れません」
「・・・逆に質問しますが、あなたはどうしてそんなにこの国の裏事情に詳しいのですか?」
「それは・・・私が昨年の優勝者だからです」
「それはそれは・・・、さぞお強いのでしょうね」
「そんなことありません。先ほどから感じているお2人の殺気とも思える警戒心に比べれば、対したことありません」
「「・・・」」
無言でただジャタを見つめながら、ミサキの後ろに立っていたシオンとグリヴァにそういった
「まぁ・・・、そうですね。ご忠告ありがとうございます。しかし、棄権するわけにはいきませんね」
「しかし、それでは、あなた方が危険な目に・・・」
「大丈夫です。ちゃんと準備はしていきますから」
にこりとジャタに向けて笑いかけるミサキ、ジャタはその顔に背筋が凍るほどの恐怖を感じたのだった
本戦
翌日、各会場の予選突破者たちがメイン会場の格闘場に集まっていた
「これより、本戦を始めます!!!試合形式は、トーナメント形式になります!それでは、第1試合目の方々は準備を!!!」
司会の合図で1試合目に戦う人たちが準備をし始めた
そんななかミサキたちは会場をふらふらと歩き回っていた
そして、目当ての人物を見つけると
「おーーーい、ジャタさーーーん!!!」
大きな声で手を振りながら近づいていった
「えっと・・・」
「ミサキです。後ろの女の子はシオン、男の子はグリヴァって言います」
軽く頭を下げ、あいさつを済ませた
「えっと、それで、私に何か?」
「いえ、特に何も?」
「え、じゃあ、なぜ?」
「え、ただあなたという人に興味が出たからです。ジャタさん」
「私に?」
「ええ、ですので、一緒に行動させてください」
「か、構いませんが・・・」
「ありがとうございます」
にこっと満面の笑みを向けるミサキに対し、昨日のような寒気がないことにジャタは戸惑っていた
それから、ミサキたちはジャタの隣で試合を観戦していた
そして、ジャタの順番が回ってきた
「では、行ってきますね」
「頑張ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
控室に向かっていくジャタの背中を見届け、1つ息を吐いた
「周りはどう?シオン、グリヴァ」
「向こう側に見える主賓とかがいる付近に何人か怪しいやつはいるけど、ほかは純粋に楽しんでいるようだよ」
「外側にも何ら異常はなさそうです」
「そう」
目線を中央に戻すと、すでにジャタは準備を終え、入り口のすぐ前に立っていた
その出で立ちはどこかの民族衣装かと思うほどの、不思議な模様の入った布を腰に巻いただけで上半身は裸だった
「おおー、すごいね。筋肉もりもりー」
3人は静かにジャタの試合を見守っていた
試合はごく淡々と進んでいった
相手は5人の女性のチームでそれぞれ武器を持っていたが、そんなのをものともせずジャタは全員を気絶させた
開始から数秒だった
あまりの速さに目で追えたものはごくわずかで、大半の者はなにが起こったか理解できていなかった
「手加減なしだね・・・」
「まぁ、そんなもんでしょう」
ミサキとシオンはそれぞれ感想を漏らしていたが、グリヴァはじっと倒れている女性たちに目を向けていた
「さて、お次は私達ですかねぇ」
ジャタの試合から数試合後、ミサキ達は控室に向かった
「・・・グリヴァ、どうした?ジャタの試合からずっと黙ってるけど」
控室へと向かう通路に差し掛かった時、ミサキはそう聞いた
「・・・ジャタの試合の相手の選手たち、気絶してたろ」
「そうだけど、それが?」
「・・・首に魔法陣が浮かんでた」
「魔法陣?」
「しかも、忘却魔法だ」
「・・・・・もしかして・・・」
「・・・・・ジャタもなにかに足を突っ込んでるかもしれねぇ」
「・・・優勝すればわかることですよ、きっと」
「・・・・・負けないようにね、シオン、グリヴァ」
「はい、もちろん」「あぁ」
決勝戦
順調に勝ち進んだミサキ達とジャタ
決勝戦はもちろんこの2組が戦うこととなった
「手加減はしませんよ・・・?」
「それはこちらのセリフですよ、ジャタさん」
「それでは、優勝をかけて、レディ・・・・ふぁ」
「ちょっとまったぁ!!!!!」
司会の言葉を遮るように、1人の女性が・・・空から落ちてきた
「ちょ、あぶな!?」
ミサキは自分の身を守るためにその場から退き、女性は地面にたたきつけられた
「・・・」
「だ、大丈夫ですか・・・?」
ジャタが安否を確認するために手を伸ばすと、その手ががしっと掴まれた
「!?」
「あなたが私の王子さま!?」
「「「あほか」」」
「いたっ」
3人から同時に突っ込まれ、頭をたたかれた女性はジャタから手を離し、3人に向き直った
「いいじゃない!ミサキちゃん!」
「ちゃん付けで呼ぶな、気持ち悪い」
「えぇ・・・」
「てか、なにしにきたの?」
「あ、そうでしたっと・・・」
女性は服についた土を払い、コホンと咳払いをしてから話し始めた
「えー、ここにいる皆さま初めまして。私は、リゼと申します。アンティアンダムで各国で汚職や不正な政治が行われていないかなどを調べる仕事をしています。えー、このたびここにきたのはほかでもなく立ち入り検査をさせていただくためです。というか、もうしてますけどね。で、いろいろ出てきているという報告を受けているので、そこにいる現領主様、御立会いを願いたいのですが、いいでしょうか?まぁ、拒否権などございませんが」
高みの見物をしていた領主は苦虫を噛み潰したような顔になりながら渋々動き出した
「あと、今行われているこの大会も、アンティアンダムから許可を得ていませんよね?というわけで、これも中止です。ね、ミサキちゃん」
「そうですね(棒」
「もう、つれないんだから~」
楽しそうにスキップしながら立ち去っていくリゼを茫然とした目で見つめる観衆とジャタ、いつもと変わりなくいるのはミサキたちだけだった
「さてと、ジャタさん。これであなたは自由です。奴隷商たちも、いずれつかまりますよ」
「・・・・・気付いてたんですか」
「ええ、あなたの試合を見てからですがね」
「・・・ご察しの通り、私はとある奴隷商に護衛として雇われていました。私自身も奴隷であったため、逃げることは許されず、毎日働かせられていました。しかし、そんなある日、主人がこれにでて対戦相手を気絶させて、新しい奴隷を集めるのに働いて来いと言ってきました。・・・正直、チャンスだと思いました。奴隷生活から逃げ出すのに。そこで、あなたたちに目を付けたのです。結果は、期待以上のものとなりましたがね。・・・利用してすみませんでした。殺してもかまいません。好きなように扱ってください」
ジャタはその場に膝間付いた
ミサキはすこし悩み、そしてこういった
「あなたの力を見込んで、お願い申し上げます。どうか、私達の仲間になりませんか?」
「・・・え?」
「私達はとある特殊な仕事をしています。それは知能と運動神経などがものをいう仕事です。ですから、手伝ってほしいのです。・・・嫌なら、いいのですが」
「あ、いや、私でよかったらいくらでも!」
「そうですか、ありがとうございます」
にっこりと笑い、手を伸ばすミサキをみて、ジャタは寒気を感じることなく、この先のことに希望を持っていた
「ところで、ジャタさん」
「はい?」
「ジャタさんの名前は本名ですか?」
「いえ、前の主人がくれたものです。でも、もういりません。ミサキさん、どうか新しい名前を私に着けてください」
「それなら・・・、ラッカは?」
「ラッカ・・・、いいですね。ありがたく頂戴します」
深々とジャタ、改めラッカは頭を下げたのだった
登場人物整理
ミサキ 貴神族と悪魔族のハーフ 170cm
黒い髪を足首辺りまで伸ばし、ポニーテールのように結んでいる
目は藍色から赤色にグラデーションのように色が変化している、眼帯はつけなくなった
特殊機関公認の暗殺者の1人
シオンとグリヴァを愛している、なぜかリゼに”ちゃん”付で呼ばれるようになった
見た目は美しく大人なイメージだが、実際は子供のように甘えたがりでシオン達にべったり
普段は貴神族と悪魔族の翼をしまって過ごしている
シオン 獣人族幻獣科 アズバーンの獣人 190cm
淡いピンクの髪を少し伸ばし肩までの長さに伸ばしている
また、顔の両脇にほんの少しだけ毛先が金色になっている
青い目で、少しだけ緑がかっている
翼はピンクの翼が1対、真っ白な翼が1対、計2対、4枚の翼をもっている
グリヴァと恋人同士である
しかし、ミサキ第1の考えは変わらない
最近では、人化もうまくなり、興奮してもしっぽや耳が出なくなるようになった
暗殺者の1人で、相も変わらず、通り名は”暗殺者の鏡”として通っている
グリヴァ 妖精族巨人科 御神木”マグダットリア”の生まれ変わり 250cm
綺麗な金色の髪をショートカットにし、襟足をすこし刈り上げている
目は綺麗なエメラルドグリーンをしている
情報収集や妖精ならではの魔法などを駆使して道具の制作、生産、遠距離攻撃を得意とし、その戦い方から”影の支配者”と呼ばれる
シオンと恋人同士で、シオンと同じくミサキを溺愛している
シオンとミサキと同じく暗殺者の1人
お菓子作りがうまく、ミサキもグリヴァの作るお菓子はどれも気に入っている
妖精の姿はあまりとらないが、疲労困憊しぐっすりと眠っているときのみ、妖精の姿をとるため激レアとされ、ミサキはここぞとばかりに写真を撮りまくっている
本人は知らない
ラッカ 獣人族猫科 185cm
銀色の髪を短くそろえ、両耳にミサキからもらった白のボールピアスをつけている
また肌は日に焼け、褐色色をしているためピアスがよく映える
目は黄色で、髪と肌に合っている
猫科の獣人であるため、しなやかな身のこなしと気配のなさからミサキに仲間に誘われ、暗殺者となる
もとは奴隷であったためか、ミサキ達からの依頼があれば2つ返事で仕事をこなす
しかし、唯一家事ができず、初めて料理をしたときは、食材をすべて炭と化してしまった
それ以来、キッチンと洗濯場には立ち入らせてもらえていない
新たな名前をくれたミサキを慕っている
リゼ 人間族死人科 165cm
茶色の髪に黒い目を持つ、人間族でも珍しい死人科に属する
死人科とはその名の通り、ゾンビなどの者たちを指す
さらに、すでに一度死んでいるため、死というものが存在するか不明である
ここでは映画等で描かれるものとは違い、しっかりとした自我がある
ミサキのことを妹のようにかわいがり、”ちゃん”付で呼ぶようになった
若く見えるが御年156歳になる長寿である
また、アンティアンダムで働いているため、バカそうに見えてすごく頭がいい
アンティアンダム
ミサキ達が暮らす世界を統率する機関
法令や条例を各国の代表たちで決めている
ここに、ミサキ達が暗殺者として所属する特殊機関”シェルヴァ”がある
ほかにもいろいろなところがある
久々の・・・
「ん~・・・、落ち着くわ~・・・」
久しぶりに我が家に帰宅したこともあり、ミサキはのびのびとソファに寝そべった
「いいとこですね、ミサキさん」
「そうでしょう?シオンとグリヴァと3人で建てたんだよ、ね、2人とも」
「ご自身で建てられたのですか!?すごいですね」
「でも、今日からラッカもここに暮らすんだよ?」
「・・・ありがたく、つかわさせていただきます」
ラッカは深々と頭を下げた
「てか、ラッカもいい加減その態度、やめてほしいなぁ」
「と、いいますと・・・?」
「ラッカも今日からこの家の一員なんだし、家族だし、それに、仕事仲間なんだよ?もっと気楽にいこう?」
「・・・私が今ここにいるのは、ミサキさんのおかげです。こうやってさん付けで呼んでいるのもおこがましいほどに。ですから、この態度を改めるのは、できません」
「んもー・・・。わかったよ。慣れてきたらでいいから、改めてね?その態度」
「すみません・・・」
「まぁ、いいよ。それより、シオン~。ご飯作ってー」
「わかりました。今日はラッカもいますし、腕によりをかけて作りますね」
そういうとシオンはキッチンに消えていった
「じゃあ、俺は荷物の片づけしてくる~」
グリヴァは自室へと消えていった
「・・・」
リビングには、ミサキとラッカの2人だけとなり、気まずい空気が流れた
その静寂を破ったのはミサキだった
「・・・ラッカ」
「は、はいっ」
「・・・私達といて、楽しい?」
「・・・え?」
「私達といて、楽しい?」
「も、もちろんです!」
「・・・じゃあ、どうして」
「・・・どうして?」
「・・・・・どうして、感情に鍵をかけるの?
「!?」
どうしてそれを・・・
ラッカは確かに感情に鍵をかけていた
といっても、それはほかの人からはわからない程度で、まさかミサキに見抜かれるなんて思っていなかった
「・・・覗くつもりはなかった。でも、これが私の持っている能力だから」
「そう、でしたか・・・」
「きぶんわるいかもだけど、話してほしい。どうして、感情に鍵をかけるの?」
「・・・あなた様が、尊いからです」
「私が?」
「はい、そうです。私なんかが気軽に声をかけて言い訳もないのに、私の事を気にかけてくださっており、分け隔てなく平等に接されていて・・・。そんな尊いお方に私なんかが感情をあらわにしていいわけない。だから、感情に鍵をかけているのです」
「・・・じゃあ、命令」
「・・・はい」
「感情を出しなさい。私がちゃんと出していると認めるまで」
「・・・へ?」
「いいわね?」
「え、いや、ちょ」
さすがに、そんなことできるわけないと言いたかったが、ミサキが顔を近づけてきたので言えなかった
「返事は?」
「は、はい・・・」
「・・・ふっ、よくできました」
ちょっと怒ったような顔をしていたが、今度はにっこりと破顔してラッカの頭を撫でた
ラッカはその表情の変化を見て、くすっと笑ってしまった
「お、笑った?」
「い、いえ、すいません!!」
「謝ることなんてないよ?私は、うれしいよ」
歯を見せてにっこり笑うミサキに対し、ラッカは胸がざわついているのを感じた
ラッカはこのざわつきの名前を知るはずもなく、気まぐれだろうと押し流してしまった
治癒
久しぶりに家に戻ってきた翌日、ミサキとシオンは目をハートにしていた
「かわいい~・・・!」
2人の目の前には、真っ白のふわふわした毛でおおわれた生き物がいた
「こいつ、なんだろうな?」
「みたことないですよね」
朝、森の中に薪を集めに出掛けたグリヴァが見つけて、連れ帰ってきたのである
というよりは、ついてきたのである
それを見つけたシオンがかわいい!とすっかりメロメロになってしまい、このありさまである
「にしても、見た感じ子供だけど、そばに親らしい存在はなかったし、一体なんなんだ?」
「迷子か、捨て子か、はたまた・・・、なんにせよ、親が見つかるまでは、私達で世話すればいいんじゃない?」
「そうだけどさ・・・」
「もし、どこからか送られてきた刺客だったらどうするんですか?」
「ラッカは、これが刺客に見える!?」
ミサキは白い生き物を抱え、ラッカの目の前までもっていった
「い、いや、そうは見えないですけど・・・」
あまりの勢いにラッカは後ずさりしてしまった
「こんなにかわいいのにねぇ!」
ミサキとシオンは相も変わらず、その生き物にメロメロだった
それに対して、グリヴァは良く思っていないようで、あからさまにむすっとした顔になっていた
ラッカはもやもやとしたものが胸の中に渦巻いており、これがどういった感情なのかわからないために戸惑っていた
「シオン」
「きゃっ」
グリヴァはシオンの腕をつかみ、自分の方に引き寄せ抱きしめた
「ミサキならまだいいけど、そいつにずっと構ってるのは嫌だ・・・」
珍しく拗ねたように甘えた声で、シオンの肩に顔を埋めながらグリヴァは言った
「あ、ごめん・・・。ちゃんと構うから、ね?」
グリヴァの頭を優しく撫でながら、シオンはささやくように言った
「・・・ラッカ、こっち」
ミサキはラッカの腕を引き、外へ出た
「えっと、あの」
「ああいう時くらい、2人きりにしてあげたいでしょ?」
「ああ、なるほど・・・。そうですね。2人は恋人同士ですからね」
「そういうこと。お前も、早く親元に帰れたらいいな・・・」
白い生き物を優しい目で見降ろしながら、ミサキは撫でていた
その様子は、ラッカの目に、絵画のように映っていた
優しい木漏れ日が差し込む中、1人の美しい女性と白い生き物が、世界から切り取られたようにそこに存在しているように見えた
「ラッカ?」
「あ、すみません!」
「いいけど、ちょっと眠くなってきたからちょっとこっちきて」
「はい?」
驚愕
ラッカはただいま、人生一のピンチに見舞われていた
というのも、先ほど、数分前にミサキとともに、シオンとグリヴァを家の中に残し、外に出てきた
そこで、ミサキが眠くなってきたといい、ラッカを呼んだまでは良かった
しかし、そのあと、ミサキはラッカを家からほど近い木の根のところに座らせると、どこから持ってきたのかブランケットを持ってきた
まったく状況のつかめていないラッカは、されるがままだった
そして、なにをするかと思えば、ミサキはラッカの上に座り、ブランケットをラッカの肩から掛けた
「ミ、ミサキさん・・・!?」
「なーに?」
「な、なにをされて・・・」
「なにって、寝る準備?」
「寝る準備って・・・」
「私、寝付くまでは誰か人がいないと寝れないの。どんなに眠たくてもね。だから、こうして、ラッカの上に」
「上に乗る必要、ありましたか!?」
「ある。あったかいもん」
「あ、あ、はい・・・」
「ん、じゃあ、おやすみ」
そのまま、ミサキはぐっすりと眠りについた
白い生き物はミサキの腕にそっと抱きしめられ、安心したのか、すやすやと眠っていた
ラッカは、動こうにも動けず、誰かを呼ぼうにも声もあげれず、今に至る
ど、どうしよう・・・
ラッカの片腕はミサキが倒れないように、しっかりと肩に回されていた
そこから、じんわりとミサキのあたたかな体温が伝わってきていた
さらに、物凄く近くにいるため、ミサキの匂いがふんわりと風によって漂ってきた
女性に触れたことがあまりないラッカにとっては、このシチュエーションがおいしいということもわかっていない
むしろ、いかに自分の胸騒ぎを鎮めるかと、格闘するために素数を数えていた
次第に落ち着いてきたのか、ラッカまで眠りについてしまった・・・
混濁の双眸