赤い火(和沙)

 古い小さなアパートの中に喧騒が広がる。酒が切れただの、彼氏が欲しいだの脳内で考えることもしない叫びだ。その中で誰か一人が一際大きく叫んだ。ジャンケンで負けたやつが買い足してこようと。このすし詰め状態でいるのも買出しも嫌ではあるが私は素直に手を出した。最初は、なんて声を揃えていうことなどしなかったけれど。
 ジャンケンで負けてしまった。めんどくさいことに買出しに行かねばならないようだ。もう一人一緒に負けた子を覗き見る。えーやだよーなんていいながらも笑っている。心の中でえも知れぬ思いが混ざりあった。彼女と一瞬目が合ったがそっと逸らし、行ってくると一言伝えて喧騒の中から逃げ出した。
 ポケットから取り出した煙草に火をつける。後ろから歩き煙草は駄目だよと声が聞こえた。彼女は付いてきているようだ。消しなよという声を無視して私はふかし続けた。いつもなら美味しいと感じるはずなのにただただ吐き気を催すばかりだった。
 暗闇の中、白い煙が消えていく先を見つめる。隣に並んだ彼女は私に何を見つめているのかと問う。私は何も答えなかった。ゆっくり大きく煙を吸い込んだ。何もかも吐き出してしまいたい。
 そういえばいつからか銘柄変えたよね、なんで?と聞かれた。確かに彼女と会ってからはしばらくクールを吸っていたがマルボロに変えた。理由を言う気にはなれずふかしていた煙を彼女に吹きかけた。ちょっとーと言いながら彼女は顔を顰めていた。
 それからコンビニまで彼女は口を開く事はなかった。私はひどく安心した。

 今、彼女は好きよと言ったか。手のひらの中にある袋がガサリとなる。落さないように握り直すが手が濡れていて滑る。この汗はきっと暑さのせいだけではないだろう。私は彼女にそうなんだとしか返せなかった。顔を伏せていた彼女はしばらくしてから小さく頷いた。そして小さくごめんと呟いていた。

 ごめんねといいながら泣きそうな顔をした彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。逃げようと思えば簡単に逃げれることは出来たろう。彼女は私の右手をそっと握っていただけなのだから。しかし彼女の瞳から目を離すことが出来なかった。唇に生暖かいものがゆっくりと重ねられた。手のひらの中からビニール袋は滑り落ちた。
 一度重ねられたそれは二度、三度と繰り返し重ねられる。ふと脳裏に恋人の姿が浮かんだ。ああ、彼に悪いことをしているな。そう思ったが今更やめようとも思わなかった。口をそっと開くとぬるりとしたものが滑り込んだ。先程煙草をふかしたことをひどく後悔した。

 彼女の体がゆっくりと離れていく。彼女は私の足元に落ちていたビニール袋を拾って戻ろうと促す。そして今日の事は忘れてねと言った。私の心を掻き乱すだけ掻き乱して逃げるなんて彼女は狡い人だ。他の人を好きになる度に同じようなことを繰り返して。あと何度このような事を繰り返せばいいのだろう。いつになったら私は彼女を諦めれるのだろうか。彼女は私の思いに応えてくれないのに決して離そうとしてくれない。首元に散った赤い華を撫で、彼になんて言おうかと考えていた。

赤い火(和沙)

赤い火(和沙)

2016-6-20 「煙草」 「真夜中にコンビニ」

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-20

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