愛に溺れる男 愛を笑う男 愛を求める男

<2010年12月>

「このスナック菓子ってさ、何味なわけ?」

「ん?ピザ味じゃないかな?」

「さっきから何個も食ってて今更なんだけどさ、これ美味いけどなんかゲロみてぇな味なのな。」

けらけらと笑いながらモトオさんが言った。
ただでさえ細い目が限界まで細くなって失くなってしまう。

「そうかなぁ、ゲロの味はしないと思うなぁ。
 っていうかさ、人が買ってきたものに文句つけるのやめてよね。」


情けない声で正論を唱えるのはタミオ。
僕はリビングにいる二人の話を聞きながらパソコンに向かっている。

僕ら三人は今月ルームシェアを始めたばかりだ。
ルームシェアと言えば聞こえは良いけれども環境は劣悪で、六畳間を布で二つに仕切ったのが僕とタミオの部屋。
四畳半はモトオさんの部屋とリビングを兼ねている。プライベートなんて全くない。
おまけに階下のスナックからは朝までカラオケの音が鳴り響くし、目の前の魚市場は深夜から活気を増しはじめる。
そしてなんといっても最悪なのは、風呂がないこと。

しかしまぁ驚くことに「住めば都」とは本当だった。
まず家賃が劇的に安い。駅から徒歩三分の2kで三万円代という物件はなかなか御目にかかれない。
風呂は近くの銭湯で入れるし、カラオケのベース音に振動する床で寝るのもすぐに慣れた。
両隣が空き部屋ということもあって、どんなに五月蝿くしても苦情は来ない。
周りの人は最悪だと口を揃えるが、悪いとこばかりでは無いのである。
その証拠に、僕らは毎日笑っている。


「あ、わかるよ。そのスナック菓子、ゲロの味するよね。」

僕はモトオさんに同意した。

「そっか、ゲロって美味いんだ。」

モトオさんは満足そうにまた目を失くした。


僕は幸せだ。

<愛に溺れる男>

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-06-05

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