サボテン
暑い夏には早いですが。企画は前倒しに。ということで。
「あら、サボテンが咲いたの?」
二人は長女を見上げた。彼女は長い廊下の隅で、なにやら言ってる妹たちの姿を、自室から台所へゆく手前で見つけたのだった。
「きれいだよね」
「うん、なごむ」
「あたしが中学へ上がってから買ってきて、今までいっぺんもこんなことなかったのに」
「今になって咲くなんて不吉じゃないかな?」
下の妹の言いぐさに長女は片手で耳にかかった眼鏡のツルをおさえた。
「よっぽど世話しなかったのね」
ぎくしゃくしながら、妹たちは、
「どうしてそれを……」
どことなし、責められている気がしたのだろう。と、いうことは図星ってことだ。
「サボテンはね、厳しい状況にあるほどきれいに咲くの。種を残そうとして。他の花にも似たのがあるわ」
「けなげ」
「けなげだ……」
二人は感じ入っている。
「どうしてイヤミも通じないかな、この妹たちは」
姉のあきれ顔に、期待してもいなかったのに咲いた、サボテンの主が言う。
「お父さん達の部屋の前に、サボテンを植えようよ。きっときれいに咲くよ」
「今までにない痛烈なイヤミね」
姉妹は植えた。サボテンを。しかしついに花が咲くことはなかった。
お通夜の後で、母は言った。
「おまえ達が植えてくれたといって、お父さんは毎日水をやり、大きくなるのをそりゃあ楽しみにし、『花は咲かぬかな』と毎回チェックしていたのよ」
数年後、結婚して出て行った二人の妹は、夏場、母のお通夜で実家に戻った。
父の部屋はきれいに整頓され、母の、父への想いが感ぜられた。きっと、父を亡くしてから必死で生きてきて、家を守ろうとしていたのだろう。
「見なさいよ」
姉は二人の妹に言った。ぱしん、と障子をあけ、父の部屋から見える庭の様子を見せた。
この異常気象のさなかに、庭中のサボテンが咲いていた。紅、黄、オレンジ。きっと母は庭になどにかまけている余裕もゆとりもなく、はかなくなってしまったのだ。
「けなげだね、丸い奴も、かにのはさみみたいな奴も」
「けなげだね、ガステリアもカニサボテンも」
「みんなみんな、咲いているよ……常夏の故郷でも思い出したかな」
持ち主を亡くした庭に、涙と徒花ばかり咲く。
花は故郷を忘れない。忘れまいと根をはり、花開く。
「それはそれで美しくはない? みんな、闘っているの。この小さな庭で」
了
サボテン
ひとつのアイデアで一つの話を作るのは好きです。そこに仕掛けあり、です。
タイトルは「ガステリア」にしてみたこともあるのですが、「サボテン」の方がいいという意見がありましたので、サボテンにいたしました。