夕方少女の透明感

夕方少女の透明感

 午後7時を過ぎて、ようやく手触りのある夕暮れを知れるようになった街の信号が点滅しはじめた、縞馬柄を踏み歩く僕は、きっと夏になれるものだと思っていた。窓をすこしだけひらけて、透明なカーテンがゆらゆら、床にねじれた影を泳がせた春風のさよならを眼で聴いたときから、僕は夏になれるのだと信じ込んでいた。
 約束どおり来ないバスを待ちながら、僕はたった数分前の風景を脳内でデジャヴしている。君が僕に打ち明けて言ってくれたこと、それはきっと僕のことを彼女は信じていて、僕のことを好きでいてくれていて、僕が君のことを好きだということを信じてくれているから、言ってくれたのだと思う。僕は、彼女の告白を聞いた。僕はいつからか、君のことを透明な少女だと思っていた。黒髪で、ショートヘアーで、何かを見ていて、何も言わない、透明な少女なのだと、思いはじめてしまっていたのだ。
 だから、彼女が明かしてくれたその悩みは、僕の中の彼女の人間色を取り戻してくれたような気がした。彼女だって、一人の16歳だった。僕と同じように、春の終わりに気づいていて、夏になれるのだと思っている一人の少女に過ぎないことを知った。そのことに、僕はそこはかとない安心を抱けた。今まですこしだけ素直に本物だと思えなくて、頭に引っかかって取れなかった恋人(彼女)からの愛の言葉にも、今は十割素直な感情で受け取れた。
 そして、君がその渦巻く軋轢の何割かを話し終えたとき、僕は何も言うことはできなかった。あれだけ彼女の半透明部分を知りたいと求めていた僕なのに、いざとなると何も言葉はなかった。   本当に短い間。なにかを言わなければ、と僕は当たり障りのない言葉を選ぶ。そんな言葉はすぐに色濃くなった街の中に吸い込まれて消えていって、何ひとつとして彼女に寄り添わない。
 やがて君は嘘っぽく笑って自転車をこぎだす。僕に嘘っぽく手を振って、さよなら夕方の底のほうへと帰ってゆく。取り残された僕は、もどかしく手を振りかえしながら、届くこともない「ごめん」の一言を繰りかえした。
 その短い髪がひらりと風で弾んだ。そこの街角を曲がって見えなくなった君に、僕はあげていた手も下ろして、文字どおり透明になった彼女に背をむけて17歳前の横断歩道をわたる。すぐにバス亭を見つけて、約束どおり来ないバスを待った。
 バスが到着するとき、僕は君に会いたくなっている。何も言えなかった僕を君は「優しい」って言ってくれるけど、それは何もないのと同じで。僕はバスに乗り込んで、整理券を引きぬいてテキトウに座席に座る。動き出したバスの窓からは、赤信号がぼやけた十字架と、それに従った車のランプが消えかかりそうな煙になっているのが見える。
 午後7時を超えてしまう、梅雨の隙間っている天気が女の子の軋轢をごまかしてしまいそうだ。僕はそのことを強く願う。空っぽなまま僕は夏になれるのだと思い込んでいた。きっと、夏にはなれない。春の終わりにもなれない。
 夕方少女のつよがり色に街がなる、やがて夜。  END

夕方少女の透明感

夕方少女の透明感

きっと僕は夏になれるのだと思っていた。夕方少女な君も、僕も、16歳だった。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-15

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