【黒い象】
楪 花梨
さっちゃんは、いつも黄色かった。
とも君は、日によって茶色だったりオレンジだったりしたけど、ゆう君は、赤い日が多かった。
でも、さっちゃんだけは、いつも黄色だった。
父や母に色の話をしても、まともに取り合ってもらえたことはない。大抵は、「変なこと言うわねぇ……」と軽く流されたり、怪訝な顔されたり。時には、怒られたりもしたが、当時は何故怒られるのか理解出来なかったものだ。
いつも黄色いさっちゃんが、ある日のこと薄っすらと緑がかっていた。黄緑と言ってもいいぐらいに。
それから、日に日にさっちゃんは緑になっていった。この劇的な展開を父や母に話しても、全然驚いてくれなかったし、ろくに聞いてさえくれなかった。僕にとっては、驚くべきことだったのだけど、父や母には関心がなかったようだ。
やがて、さっちゃんは青っぽくなり、どんどん色が濃くなっていった。
そして、あの日、完全に黒になったさっちゃんは、あんなに元気だったさっちゃんは、交通事故であっけなく死んでしまった。
小学生になる頃には、僕にも少し分かってきた。僕が人を見る時に映る「色」は、僕にしか見えていないんだってことが。いや、厳密には「見える」のではなく、「感じる」のだけど。
そして、「色」はその人の宿命を表しているんだってことも、何となく分かるようになっていた。でも、誰にもこの話は分かってもらえなかったし、僕も誰にも話さなくなっていた。
3年生の夏、祖父が入院した。胃に腫瘍が出来たらしい。1週間後に行なった手術は、成功したと皆が喜んでいた。
父と母に連れられ、祖父のお見舞いに行った時のこと、ベットに笑顔で横たわる祖父が、僕には真っ黒に見えた。あの時のさっちゃんのように、真っ黒だった。
帰りの道中、母に「おじいちゃん、もうすぐ死ぬんでしょ?」って言ったら、すごい剣幕で怒られた。「何てこと言うの!」って、泣きながら叩かれた。「だって、おじいちゃん、真っ黒だったもん」って僕も泣きながら訴えると、母は更にヒステリックに逆上し、「あんた、まだそんなこと言ってるの!?いい加減にして! 手術は成功したんだから!」とさらに叩かれた。
しかし、その日の夜、容態が急変した祖父は、そのまま息を引き取った。
祖父の死を境に、僕には「色」が見えなくなった。原因は分からない。でも、「色」が見えなくなったことに、未練など感じなかった。むしろ、「色」が見えた過去を、子供ながらに努めて忘れようとした。そして、年を重ねるに連れ、昔の自分に不思議な能力があったことなど、思い出すことさえなくなっていった。
いつしか僕も所帯を持ち、親となった。
俗に言う、働き盛りの年齢。ごく平均的な会社員となり、ごく平均的な家庭を築いた。特に満足しているわけでもないが、取り立てて不満もない日常を過ごすようになっていた。
息子の4歳の誕生日、家族三人で動物園に出掛けた。息子にとっては初めての体験だった。無邪気に興奮し、喜び、走り回る息子の姿に、日常の疲れも吹き飛び、小さな幸福を感じていた。
家族三人で象を見ている時、突如さっちゃんのことが脳裏を過ぎった。さっちゃん……幼くして、不慮の事故で旅立った幼馴染。
いつも明るく活発で、小柄な女の子だった。目の前の象とは正反対とも言える。なのに何故、急にさっちゃんのことを思い出したのだろう?
そんなことを考えていた矢先、不意に息子が言った。
「ねぇ、どうして象さんって黄色なの?」
妻が、笑いながら「よく見てごらん、黄色じゃないでしょ?」って答えている傍らで、僕は愕然としていた。瞬間的に息子の言いたいことが分かったのだ。
それに……あぁ、そうだ、さっちゃんも確かに黄色かった。僕にはもう「色」は見えないが、先程急にさっちゃんのことを思い出したのは、何らかの因果関係があるのかもしれない。どうやら象とさっちゃんは、同じ「色」らしいのだ。
遺伝してしまったのだろうか、息子もきっと「色」が見えているに違いない。なんてことだ、どう説明したらいいのだろうか……
「黄色だよ。それに、どうして右の象さんだけ黒いの?」
“黒い”……不吉な形容詞が、脳内を駆け巡った。
国内最年長の象が飼育されているという説明があったが、どうやらその象は、間もなく死ぬのだろう……そう、この「色」が持つ宿命からは、決して逃れられないのだ。
息子には、僕が子供の頃に見えた「色」が、本当に見えているようだ。
「そうだな、あの象さんは他の象さんよりもずっと長生きしててね、一番偉い象さんなんだよ。だから、黒いのかもね」
「じゃあ、パパも偉いんだね」
「……なんで?」
「あの象さんと同じぐらい黒いんだもん」
確か……あれからまだ、二日しか経過していない。今朝、病院の個室でテレビを観ていた僕は、国内最年長の象が死んだことを知った。
そして、そのわずか数時間後、
【黒い象】