ため息じゃないから、深呼吸だから。

『私、ファン辞めます。』

彼女は長々とーと言っても140文字だがー、芸能界の新人となった''とある彼''について、
理由と自分の気持ちをつぶやいたのち、そう締めくくった。

僕がこのつぶやきを見つけたのは、ただの偶然だった。が、ただの偶然でこんなにも気分を害するのはとても嫌なものだ。
こういう類いの言葉をわざわざ公のSNS上で発言する行為が、僕は大嫌いだ。

『我慢の限界だから、ファンの皆様には申し訳ないけどつぶやかせてもらいました。』

と、少しの申し訳なさを出すところが尚更嫌いである。
この行為自体が大嫌いなのだから、申し訳なさを出そうが何をしようが嫌いなことに変わりはないのだが。

彼女は、''とある彼''が新人として芸能界に入る前からのファンらしい。
SNS上での交流とかもあったらしいが、芸能界に入った後、仕事が忙しいらしく交流が疎遠になった。
というか、他のファンを贔屓にして、自分は忘れ去られていると思っているらしい。

思うに、忘れ去られたくないのなら、それなりの行動をすべきだと思う。
「おはよう」「おやすみ」とか、些細なことでかまわない。毎日一言でも言葉を送ればいい。
その''とある彼''の記憶の片隅に残るようなことをすればいいのでは、と。
他のファンとやらは、''とある彼''がつぶやけば、その度に言葉を送り、尚かつファンを増やすために宣伝までしているようだった。

行動を起こしていない彼女と、積極的に行動をする他のファン。
どちらが記憶に残るか、存在に気付き、返答しやすいかと言われれば、どう考えても後者だ。

いくらSNS上で繋がることが出来たとしても、その関係性は「友だち」ではない。
テレビの向こう側、直接会うことは滅多に出来なくとも、言葉を送ることの出来るSNSは、関係性を曖昧にする。
ファンという名の一般人と、芸能界の新人という名の''とある彼''。
その境界線は意外と脆く、対等の立場に並ぼうと壊しにくる。


「“可愛さ余って、憎さ百倍”、とはこういうことだろうか。」
はぁ、と伸びをしながら息を吐く。可愛さ、など自分にあるとは思わないが。

ファンを辞める理由は様々だろうから、別に構わない。
わざわざ辞めることをつぶやく行為は、やはり理解し難いものがあるけれど。
自分をアピールしようとしているのかもしれないし、そういうことを言って僕を少しでも傷つけてやろうと思っているのかもしれない。


生憎だが''とある彼''、もとい僕は、そんなことで傷ついてやれる程、暇ではない。
彼女の意味のあるだろうつぶやきに、彼女の期待に添える答えは用意できないだろう。

彼女はもう、僕のことを嫌悪しているだろうから、忘れてしまうだろう。
でも、僕は覚えている。
こんな僕に応援の言葉をくれたこと、イベントに来てくれたこと、震える声で直接「頑張ってください!」と言ってくれたこと。
僕は忘れることはないだろう。

そして、『ファンを辞めます』とつぶやいたことも。

ため息じゃないから、深呼吸だから。

残念なことだけれど、全員に好かれる人なんていないのだから。そう思って、応援してくださっている今の人たちを大切にするしかないよね。

ため息じゃないから、深呼吸だから。

「ため息ついたら猫が一匹死ぬよ」って言ってた英語の先生はお元気だろうか。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-14

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