松明
学生時代に友人とおふざけで書き始めた物語だったはず・・・。懐かしくて涙出そう。
「松明」~プロローグ~
ステンドグラスに西日が射し込んでいる。
色鮮やかな光全てに夕日の紅が混じっていて、白熱灯とは違う、炎に似た明かりが教会内を照らしていた。
教会に男子高校生が二人きりというのは極めて異様な光景ではあるが、呼び出してしまった以上今更場所を変えるのもどうかと思うし、暮らし慣れたこの場所が俺達…俺にとっては一番良いと思った。
「俺がどうしてお前を嫌いかわかったよ」
「へぇ?」
炬は掌でキャラメルを転がしながら適当な相槌を打つ。俺には全く興味が無い様子で。
だから、嫌いなんだ。
「…またチビたちからくすねたのか?」
「盗ってねぇよ。要らないって言うから俺が貰ってやったの」
「……要らない…」
呟いたこの声は、炬に聞こえただろうか。
「それで?嫌いな俺をわざわざ呼び出しといて何なんだよ?そんなことが訊きたかったわけじゃねぇんだろ?」
キャラメルを包み紙から取り出して見せる。
「俺は好きだけどね、お前。まぁ聖ちゃんの方が好きだけど」
そう言ってキャラメルを口に含むと満足そうな笑みを浮かべた。
「お前はキャラメルの次くらいに好き」
「そうかよ」
その余裕が腹立つ。
「本題に入れよ。俺が代わりに言ってやっても良いんだぜ?」
「は?」
意味がわからなかった。
いや、そうか、こいつはわかっているんだ。
「俺はお前が持ってないもんを持ってるけどさ、別に俺にないもんをお前が持ってるわけじゃないんだぜ?俺の方が持ってる量は多いかもな」
意地の悪そうな笑みだった。そうやって、ころころと表情を変える炬が疎ましくて羨ましくて。
「…それは、」
俺には真似できない。今の俺にはできない。昔の俺だったら…
「その松明は、俺のものだろ」
返せ、と言うと、炬は快活に笑った。
「あっはははは!お前何言ってんの?お前が捨てたんじゃん。お前が自分で」
「要らない、…要らなかった。でも今は」
無い方が楽なのだろう。 そんなことはわかっている。
それでも、それを他人に押し付けるのは違う。
「気にするなよ、格好つけんなよ。お前は要らなかったから捨てた。それを俺が拾っただけ。それでいいじゃん」
「…良くない」
「ははっ、声震わしてよく言うよ」
呆れた、と炬は鼻で笑った。 ああ本当に、全くその通りだ。
笑えない俺は再びステンドグラスに目をやる。
夕日が沈む。消え入る。火が、消える。
日はまた明日昇るけれど、あの火は俺のもとにはもう、戻らないものなのか。
第1話
『私はあんな子望んじゃいないわ』
『いらない…いらない、いらない…こんなの』
『さぁ、帰ろうか』
『忘れろ』
『気味の悪い子だな』
『嫌いよ』
この声は誰だっけ?
『ねぇ、』
…誰だ?
『ねぇ、いらないなら、ちょうだいよ』
お前は、誰だ…?
『おれは』
お前は
『お前だよ』
「――――っ…⁉」
第一話
動悸、息切れ…更年期?
いやいや
…夢、だよな…?
汗の量が尋常じゃない。髪が額に張り付いて気持ちが悪い。疲れた。寝覚めが悪いにも程があるだろ。
「……最悪だ」
呟いて盛大な溜息を吐くと、直後に部屋のドアが開けられる音がした。
「あれ?珍しいね、杳君が起きてるなんて。どうかした?」
「…あー、父さん…いや、別に何も。……おはよう」
まだ半分寝ているような俺の返答に、父さんはたれ目の目尻をさらに下げて苦笑する。
「うん、おはよう。さて、」
そう言って大きく息を吸い込む。
毎朝恒例の挨拶が始まるらしい。
「さぁ起きて僕の可愛い子どもたち!新しい朝だよ希望の朝だよ~!」
良く通る父さんの声は目覚まし代わりにしては効きすぎるほどだと思う。
そんな声に部屋のあちこちに転がっている(昨日の夜はちゃんとベッドの上だったんだがな…)チビたちがもぞもぞと起き出した。
「んー…」
「おはよ…」
「ねむい…」
「…お腹すいた」
「おとーさんうるさいー」
ぐずりながらも起き出すチビたちに父さんは満面の笑みを向ける。
「おはようみんなー。顔洗ったら礼拝堂に行っててねー」
そう言って部屋を出て行った。他の部屋に向かったらしい。毎朝大変だな父さん…。
そんなことを思いつつ俺は一つ大きな欠伸をした。
*
「はい、ではこちらで。…ええ、」
礼拝堂に向かう途中、父さんが電話で何やら話している声が聞こえた。
こんな朝早くに誰だ?
部屋を覗いてみたが、気付いた父さんが礼拝堂の方を指差し「行ってなさい」と笑顔を向けるので、いつものように礼拝堂に向かった。
*
「誰と電話してたの?」
暫くして礼拝堂に来た父さんに訊いてみる。
「あはは、何だい杳君、僕は何だか妻に浮気を疑われてる夫の気分だよ」
茶化しやがった。
「こんな朝早くに変だと思ったから」
「うん、ま、今日中にわかることだから楽しみにしてなさい」
にこりと笑う。
いったい何なんだ?
「さ、みんなお祈りをしよう。今日も神様の御加護がありますように」
話を完全に流され仕方無しに指を組んで祈りを捧げる。特に信仰心もない神に加護を請う。
こんなだから嫌な夢をみたのだろうか。朝の祈りは悪夢から護ってくれたことへの感謝の意味もあるらしい。
「アーメン」
信じる者は救われる。結局はそういうものだ。
「それじゃあ、朝ご飯食べたら遅刻しないように学校に行っておいで。僕はこれからちょっと出掛けるから、シスターさんの言うことを聞いて良い子で待ってるんだよ?」
父さんはチビたちの頭を撫でながらそう言い終えると、足早に礼拝堂を去って行く。
「あ、おはよう」
「おはようございます神父様」
父さんが礼拝堂のドアを開けると一人の少女が立っていた。
「はるちゃん居ますか?」
幼馴染みの聖だ。
「『はるちゃん』言うな」
「うわっ、杳君いつの間に後ろにいたの」
「あ、はるちゃんおはよー」
高校に入ってから何度も言ったが、その呼び名を直す気はないらしい。
「お祈りして待ってるから早く支度してね」
「そうだよ杳君、女の子を待たせるのは良くないよ」
「父さんこそ時間大丈夫なの?」
「え?あ、そうだった。それじゃあ二人とも、気をつけていってらっしゃい」
俺と聖の頭にぽんと手を乗せ微笑むと、足早というか小走りでその場から去って行った。
「神父様、どこかお出掛け?」
「さあな。どこに行くとかは聞いてない」
「ふーん?…あ、ほらほらはるちゃんっ、早く支度してきて!」
「はいはい」
背中を押され急かされた俺は適当な返事を返す。
「もうっ、遅刻したらはるちゃんのせいだからね!」
だったら先に行けばいいだろ、と思ったが口には出さなかった。
きっとこいつは、そう言ったって待ってるんだろう。
昔から、そうだったように。
『じゃあ、わたしが待ってるよ』
記憶の中の少女が笑う。
俺に神の加護がなくとも、こいつにはあるようにと、あの日祈ったのは本当なんだ。
松明