テキーラ・サンセット・キミと・ティラノサウルス

あおい はる

 テキーラ・サンセットばかり飲んでいるキミが、夕焼け色したカクテルに溺れるところを想像して、わたしは少しだけ笑って、それは夕陽が沈む時刻の、淡紅色に染まった海で溺れることと同じだなァと思ったら、少しだけ泣けた。
 特に意味のない、身のない、くだらなくて時間の無駄と思われるような想像である。
 夜の八時。夜空にはまん丸い、月。
 わたしはキミとの距離を測りかねている。
 キミは、女の子だ。
 大学生の、そのへんにいる大学生の女の子たちよりもちょっとだけ可愛くて、変な女の子だ。
 スカートよりもズボンを好み、ファッション雑誌に載っているブランドのバッグではなく雑貨屋に売っているトートバッグを集めていて、お化粧はほとんどしていないし、おしゃれなカフェよりも古書店に行きたがるし、たばこもばかばか吸うし、たばこを吸いながら文庫本を読む姿はなんだか二十一歳には見えなくて、わたしは二十九歳だけれど、わたしの方が二十歳そこそこの大学生に紛れても浮かない自信がある。たばこを吸っているのに肌つやがいいのは若さか。染色をしたことがないというミディアムロングはお人形さんみたいにつるつるで、大学生の女の子が興味を持つことには一切の関心がない。女の子たちが好きな男の子の話で盛り上がっているときに「ヒトは何故ヒトを好きになるのか?」と小難しい哲学的なことを問い出して、
「わたしは人間の男よりティラノサウルスが好き」
なんて空気が読めない発言をかましちゃうのが、キミという女の子である。
「あの月、うさぎがいます」
とキミが言ったので、わたしは空を見上げる。夜八時。まん丸い月。わたしにはうさぎが見えない。
 わたしとキミのまわりを、アルコールのにおいが取り巻いている。吐く息は生温かく、目を細めて月を眺めているキミは妙な色気を漂わせ、わたしは男みたいに(誘っているのかしら)などと考える。期待をする。シーツの波にたゆたうキミの肢体を想像してからだが火照り疼くのは当然、飲み過ぎたワインのせいではない。
 わたしとキミは仕事上の付き合いが延長しただけの関係だ。
 わたしは書店をまわる出版社の営業、キミは大学に通う傍ら書店でアルバイトをしている書店員。
 わたしは女、キミは女の子。
「かわいいですねェ、うさぎ」
 ふだんは穿かない膝丈のスカートに、仕事のとき以外はまとめないというミディアムロングの髪をおだんごにしてうなじをあらわにさせ、酔っ払って正常な判断ができないことを主張するかのような舌っ足らずな喋り方。男を誘うときの女の子の手段。セックスアピール。わたしに仕向けてくるということは、キミは、わたしがキミをそういう対象として好いていることに気づき、そしてまたキミも、わたしをそういう目で見てくれているということか。否、先走ってはいけない。そんなのは所詮、わたしの都合のいい解釈ではないか。
 真意を見極めるために、舐めるようにキミのことを観察する。たばこが似合わないキミの可愛らしい顔を。キミのあらわになった白いうなじを。ふだんは拝めない細くも太くもない脚を。男になったつもりで。
 うん。しゃぶってみたい感じは、あるよ。
 それは、口紅を塗っていないのに鮮やかな唇だとか、ほぼまっ平らの胸だとか、雪のように白いうなじだとか、ちょうどいい肉付きの脚だとか、ではなくて。
 そう、骨。
 キミの骨。
 けれど、皮膚を裂いて肉を剥いで骨を取り出そうなんて猟奇的なことは考えていなくて、いつものキミのとなりで、にこにこ笑うキミに見守られながらキミの骨をしゃぶるという、そんな馬鹿げていて狂った想像をしている。ティラノサウルスがもし餌の骨までしゃぶる恐竜だったとしたら、わたしはティラノサウルスになりたい。
「あの、わたしの家に来ませんか?」
「えっ」と声を上擦らせて、わたしはその場に立ち止まった。
 目の前ではまん丸い月を背負ったキミが、悩ましげな表情でわたしのことを見つめている。
 悩ましげというか、物欲しげというか、それは誰が見ても明確なセックスアピールで、わたしが男ならば即お持ち帰りしてすぐそこのホテルに入っちゃうような、そんな状況で。
「ティラノサウルスよりも、貴女のことが好きです」
なんて告白されたら、誰だってオーケーしちゃうでしょ。
 キミがいつも飲んでいるカクテルはテキーラ・サンセット。夕焼けを思わせる色をしているから。
 では、朝日をイメージしたテキーラ・サンライズ。明日は日曜日。
 明日の朝はふたりで、テキーラ・サンライズを飲みましょう。
 おじさんみたいと笑うキミの手に、わたしは自分の手をそっと重ねて、夜十一時までやっているスーパー・マーケットでテキーラとオレンジジュースとザクロのシロップを買って、それからわたしはたばこの香りがするキミの髪に鼻先を寄せて、わたしには月のうさぎが見えないことを告げて、それから我慢できずにキミのうなじにキスをして、くすぐったいと身を捩るキミを抱きしめて、それから、それから、これが夢ではないことをまん丸いお月様にそっと願う。

テキーラ・サンセット・キミと・ティラノサウルス

テキーラ・サンセット・キミと・ティラノサウルス

女の子同士の恋愛。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-12

CC BY-NC-ND
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