りんごソフト

いも天

 銀座のブティックでわたしの視線を奪っていたのは、カラフルな花びらが散らばった、とてもかわいいサンドレス。

 値段を盾にして、わたしから逃れようとしていたこの子。ハンサムな男の人の薄っぺらいカード1枚で、あっさり仕留められてしまった。


 彼はソフトウェアの会社の社長さんで、世界でも指折りのお金持ち。だからとっても忙しくて、なかなか会えない。そのかわりなのか、お金で買えるものならなんでも買ってくれる。


 フランスのブランドものっぽい安物のバッグは、みごと本物に生まれ変わった。おさがりの軽自動車は、いつのまにかドイツ車にすり替わっていた。セールで500円だった靴は、イタリアのカモにポジションを奪われた。

 絵の具のように鮮やかなコスメも、蝶のように華やかなジュエリーも。どっしりしたマンションも、ロマンティックな別荘も、愛のクルーズも。そして、わたしだけの楽園も。

 彼はそれでも足りないというふうに、わたしに自分名義のクレジットカードを渡した。


 彼が買ってくれるものは全部きらきら輝いていて、わたしをふわふわの気分にさせる。渡してくれたカードも、お侍さんの日本刀のように頼もしい。

 でもね、もういらないの。


 むかし公園の近くで売っていた、りんご味のソフトクリーム。大きいサイズもあったけど、お金がないから小さいのしか買えなかった。

 ブランコに揺られながら、彼は自分のアイデアがどれだけ革新的なのか、唾を飛ばして説明した。わたしは話をひとつも理解できなかったけど、それでも彼は必ず成功すると確信した。

 彼はわたしの目を見て、君を絶対幸せにしてみせると、力強くいった。わたしは、ありがとうと心からこたえたあと、今もじゅうぶん幸せよとつぶやいた。彼はにっこり笑った。

 かわいそうなのはりんごソフト。すっかり忘れ去られて、溶けてしまっていた。もったいないと本気で悔やんでいた、貧乏くさいわたしたち。

 彼が恋しくてたまらないとき、そのシーンを何度も再生する。わたしと彼をつないでいるのは、バッグでもカードでもない、りんごソフト。彼は覚えているのかしら。


 ふかふかのシートに座って、あなたの会社がつぶれても、ずっとあなたについていくから、といってみる。絶対つぶれないよ、運転席の彼は笑う。

 どうしてわかってくれないの。あなたを世界でいちばん愛しているのは、株主でもユーザーでもない、わたしなのに。


 いい案を思いついた。わたしって天才。

 まず必死に勉強して知識を身につけて、新しい技術を開発する。彼がしたのよりもっと斬新で、未来的な。そして小さな会社をつくるの。もちろん彼の手は一切借りずに。

 わたしにはセンスがあったのか、みるみるうちに会社は大きくなっていく。困難は多々ありつつも、あっという間に世界一の利益をあげる企業になる。わたしがつくったスマートフォンは、人間ならだれでも知ってるのよ。

 それで彼の会社を買収して、彼をヒラ社員にするの。彼はわたしよりお金持ちじゃなくなるし、今よりかはひまになる。そうすれば必要以上にものを買わなくなって、わたしといっしょにいてくれるようになるでしょ。


 やっぱりばかげてるかしら。でも、彼はきっと笑ってくれるのよ。

りんごソフト

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

りんごソフト

あるひとつの巨大IT企業の創業者が、こんな人物だったら。もうひとつの巨大IT企業のはじまりが、こんなストーリーだったら。そのふたつが合併したいきさつが、こんな理由だったら。もしそうだったら、とてもおもしろいのに。そう思って書いた物語です。べたべた甘いラブストーリーになっています。以前持っていたアカウントで投稿した小説を、再度投稿しました。「小説家になろう」「エブリスタ」にも投稿しています。

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更新日
登録日
2016-06-12

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