メトロポリタン美術館

メトロポリタン美術館

メトロポリタン美術館

 冷たい打ち放されたコンクリートの室内。壁が厚く、となりに部屋があるのかそれとも屋外なのか音が何も聞こえてこないのでまったく分からない。と言う事はこちらの立てる物音も、壁の向こう側には伝わらないのであろう。頑丈で何物にも破壊されない防壁なのかもしれない。硬いカーペットも何も貼られていない無機質な床の上に、オモチャを広げて遊ばれたかのように小さなネジがはめ込まれている機械の腕やプラスチックで作られた目をした鉄の顔や歯車が組み込まれた胴体などの身体を持った、機械のマネキンが至る場所で転がっている。その光景をまったく気にしない幾数人のなごやかな声が聞こえて来た。
「ワタシはこの筆をもって黄色い絵の具で丸い物を描いていますが、これは何なんでしょうか?」
 機械の声で油絵具を横の机に置いて右手には筆、左手にはパレットを持ちキャンバスに向かって見た事も聞いた事もない黄色い何かを一心にして描いていた。しかしこの疑問は考えても無意味なのだ。考えてもどうせ分からない。筆先に着いた黄色い油を絵画に塗り付ける。
「アア、ボクはどうしてこの、上半身のみだけの女の自画像を描いてるんだろう?ボクはこんな人を知らないのに…」
 自ら描くキャンバスに問いかけるマネキンの顔をした機械のロボットはそう嘆いた。その言葉を聞いて丸くて黄色い物を描いている、マネキンのロボットが質問した。
「そこの貴方、描いている絵について何か分かるんですか?その女とは何ですか?」
 質問されたロボットは答える。
「女とは分かるんです、しかしその女と言ったものが何ナノかは分からないのです」
 その答えに悲しそうな声で言った。
「そうなのですか?となるとワタシの描いているこの絵の丸い物も分からないですね?」
「はい、わからないです」
 そこの隣で人の形を造るマネキンのロボットは言った。
「私はこの人の形をした彫刻を何故つくっているのでしょうか?」
そう言ってマネキンのロボットは腕を動かす。
「どうして!どうして!俺はこんなに悲しい気持ちで描いているのに!その理由がわからないのだ!」
 マネキンのロボットはハンカチを食いしばる女の絵を描きなら叫んだ。
「真珠と青いターバンを巻いた女…美しいが、何故私はこんな絵を描いているのだ?」
「時計が溶けている…この絵にはどんな意図があるというのだ?」
 こうしてこの、ドームの箱に居るかの様にだだっ広い空間にいるマネキンのロボット達は皆、自分たちが何のためにその製作物を作り出しているのか理解できないまま造り続けた。そして黄色い絵の具で丸い絵を描いていたマネキンのロボットは言った。
「遂に!完成させたぞ!これが何ナノかが分からないが、不思議と満足感と達成感を感じる。あぁワタシはこの為に生まれて来たのか…」
 マネキンのロボットそう言うとゆっくりと倒れ込み電源が停止した。そしてその傍にいたロボットも言う。
「ボクも描きあげたぞ!何て美しい微笑みなのか、この女性は…そうかボクはこの微笑みを見る為に生まれて来たのか…」
 電源が停止してこのマネキンも倒れ込んだ。
 他のマネキンのロボット達も自分たちが創り上げた作品を見て歓喜して電源が止まって行き、倒れ込んでいく。と、その光景を見ていた天井にぶら下がっている一台の監視ビデオがキリキリと動いた。そうした後に厚い壁に切り込みがスッと入り扉が開いて、作業服を着けた男たちがぞろぞろと中に入って来た。そして偉そうな一人の男が叫んだ。
「おい!マネキン達は適当にどけろ!ただ、その絵や彫刻は丁重に扱えよ!ちょっとでも傷を付けてみろ、物理的な意味で首が飛ぶぞ!」
 その声に作業服を身に着けた男たちは大声で「はい!」と返事をして、慎重にそして丁寧にその絵や彫刻を外へと持ち出した。
 持ち出した物はトラックに詰め込まれてマフラーを吹かして発進した。そうして、すぐに目的地に到着したらしく大きな勝手口の門らしき所で、警備員に挨拶をして建物の中へと入った。
 豪華な舞台を囲う様にしてある赤い客先には、大勢の背広とワンピースを身に着けた人が座っている。その舞台に持ち出してきた絵や彫刻を綺麗に並べて行く。
 どうやら配置が完了したらしい。黒いシルクハットを被った身長の低い太った男が杖を突いて舞台に上がって来て大声で客先に座る者たちに言った。
「メトロポリタン美術館(ミュージアム)へようこそ!私は館長でございます!さぁさぁ、此処では過去の戦争と災害で失った貴重で歴史的な美術品を完璧に復元しております!」
 その言葉に客席に座っている人の声が響き渡る。
「一体どうやって!あの戦争で失った過去の産物を完璧に復元したと言うのです!」
 館長はニヤリと笑って言う。
「層々たる賢人の知恵です!つまり過去の人物のデータを集計して人工知能を作り上げました。その人工知能とは過去に存在していた人の特別に類を見ない才能を完全に作り、プログラムとしてロボットの脳みそとして埋め込んだのです」
「と言う事はそのロボットが描き上げた物が…」
「そうです!ではまずこれを見てください!」
 館長はそう述べると赤い布を降ろした。客席から歓喜の声が上がる。黄色いひまわりの絵であった。
「この絵画は皆さんも知っての通り、フィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた絵です」
 館長はまだ続ける。「では、まだまだ作品を登場いたせましょう!」
 赤い布が一斉に取られた。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた油絵画、『モナ・リザ』が美しく微笑んでいる。白い美しい彫刻も姿を現す、ミケランジェロ・ブオナローティが製作した『瀕死の奴隷』。パブロ・ピカソが描いた絵画作品『泣く女』、目玉が飛び出る程に泣きハンカチを食いしばって泣いている。ヨハネス・フェルメールが描いた絵画、口元をかすかな笑みを浮かべて青いターバンを巻いている『真珠の耳飾りの少女』。サルバドール・ダリによって描かれた油絵、柔らかい時計は『記憶の固執』まるで溶けているかの様だ。
 客席に座っている大勢の人は大きな拍手を行った。素晴らしい!もう二度と見る事が出来ないと思っていた!これ以上の奇跡があるか!と声を張り上げて言う。
 ここで館長は言った。
「さぁさぁ皆様方、実に素晴らしい事でしょう?ただ、この人工知能は莫大な投資が含まれています。一度、描いたロボットは二度と使い物になりません。それほどに人工知能とは複雑な物なのです。そこでこの絵画に個人の権利を与えたいと思います!もちろん展示はこの美術館で行いますが!下の方に持ち主の名前のプレートを置きます!」
「では!まずこの、ひまわりの絵画を1000万ドルから購入したい方!手を上げて意志を表示して下さい!」
 聴衆は一斉に腕を上げた。

メトロポリタン美術館

メトロポリタン美術館

マネキンの形をしたロボットは言う。「どうしてワタシはこの見た事もない丸くて黄色い絵を描いているんだろうか?」

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-11

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