列車はゆく

くらげみん

今日も列車がやってくる。ホームは人でごった返していたが、私は先頭車両の列、一番前に並んでいる。シューと言う音と同時に扉が開き、私はまた先頭車両の先頭、進むべき線路を延々先まで見渡せる、一等いい場所を陣取った。車内はまた、息苦しいほど人で溢れている。けれども私はこれから見える景色を思い浮かべながら、息が出来ない事すら忘れていた。車掌の声と共に列車が動き出す。少しガタンと揺れてから、ゴトゴト、ゴトゴト、列車は進む。

始めに見えたのは一面の田園、農作業をする老若男女。そのうちの一人、まだ幼い子供であるが、記憶の内に確かに残っている人物がいた。手には白詰草をもって、小さな歯を出して笑っている。ああ、あの笑顔、初恋のあの子だ。幼稚園でお友達と誰々くんが好き!誰々くんは何番目に好き!なんて言ってたっけなぁ。あの頃は好きやかっこいいの意味なんて大してわかっていなかったように思うのに、いまあの子をみるとこれがなかなか可愛らしい顔立ちである。この頃から私は面食いだったんだなと可笑しくなった。

田園風景を過ぎると、今度はポツポツと住宅が見えてくる。線路脇に見覚えのある帽子を被った少年がいる。あれは小学校の時ずっと好きだった男の子だ。掃除当番が一緒になった時、一緒に好きだったゲームの話をしていたっけな。学校帰りに公園に寄って、ブランコをどちらが高くまで漕げるか競争したりもした。彼もまた白い歯を見せてニコリと笑って通り過ぎた。

次に見えるは商店街である。野球のユニフォームを着た少年が走っている。中学の時に初めてお付き合いをした男の子だ。試合の応援に行って、周りにばれないようこっそりとお守りを渡すなんてこれまたベタなことをしていた。まん丸坊主頭だけれど、これまた笑顔が可愛かったんだよなぁと、線路脇を走る彼を追い越す窓から眺める。

どんどん外が暗く、闇が深くなってきた。それと同時にぽつりぽつりと灯りがともり出し、それがどんどんネオンの光に変化して行く。どうやら繁華街に入ったらしい。あそこで煙草を吸っているのは、高校の時にお付き合いをした4つ年上の大学生だった。高校生になったらなんだか急に周りが大人びてきて、自分もなんて焦って年上の彼氏なんか作ったことを覚えている。特に優しくも何もされなかったけど、タバコを吸う姿が、高校生の私にとっては非常に魅力的に見えたのだ。彼はこちらをちらりと見て、またタバコを口へくわえた。

今度は何やら周りがうるさくなってきた。気がつけば車内の人たちは半分ほど減っている。ガヤガヤとしているのは、線路が飲み屋の中へ入っていったからであった。あそこでビールを飲んでいるのは、大学生の時にお付き合いした同じ学科の男の子。お互いが一人暮らしであったから、大学生にありがちな半同棲生活をして、ただただふたり堕落した生活を送っていた。飲むと顔が赤くなってすぐ眠くなる癖に、また周りに合わせて笑いながらビールを飲んでるのかと、通り過ぎていく彼に思う。

騒がしい飲み屋を出ると、その先は暗く冷たいオフィスの一室を通った。パソコンに向かう者や電話対応に追われる者、そしてこれから外回りへ出かけようとする男性と目が合う。けれども直ぐに逸らされて、彼はそそくさと扉を開けて出て行ってしまった。左手には営業用の大きな鞄と、指輪が見えた。

ガタンゴトン、列車はまだ進む。しかし気がつけば乗客は自分ひとりきりとなっていた。

「お客さん、何処で降りられるんです?」

どうやらこれから先の道は闇の中らしい。あんなに意気揚々と飛び乗ったはずなのに、はて、今では降車駅が分からず戸惑っている。

「発車します。」

聞こえるか聞こえないかの声で車掌が呟く。わたしひとりを乗せた列車は、闇の中へズンズン進んでいく。これから何処へ行くかもわからぬまま、何処で降りるのかもわからぬまま、このままずっと先頭の窓から吸い込まれそうな闇を眺めていく。あの時私は…と、口に出しそうになって止めた。口に出してしまったら、もう何も見えなくなりそうだと、何故か恐ろしくなったのだ。

列車はゆく

列車はゆく

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-11

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