ホテル

亀梨 伊織

『ホテル』
緩やかな動きで渡した、屈託のないチップは浅黒い運転手の指に、毅然とした様子で挟まれる。
わたしは挨拶を交わすほど、決して淑女ではない 。
髪をブロンズ色に染めた、上客らしい不思議な老女が、背徳的な眼差しの先でホテルのエントランスから送り出される。
よもや年齢が成熟の規準になるなら 、
なんと怠惰で陳腐な誤解だろう。
嘆くには、わたしは余りにも蒸留化し過ぎている 。
若さに反逆した、わたしの遊戯は孤高を弄びながら享受する事。
楽しみを間違えた人間は、
金銭を味方に憐れなフィルターで身を飾る。
間接照明でアンクレットが煌めくたび、
女神像は錯覚の武者震いを彷彿させる。
愛情を資産の如く掻き集めた魅惑的な闖入者に、ホテルは心地良い寛容を拡げてみせる。
コンシェルジュは、善良な微笑みのプレゼントを差し出すから、胸が締め付けられて、涙の恫喝に遇ってフェイス アウトせずには、いられない。
“わたし、悪い娘です”
“わたし、弱い娘です”
威嚇するくらい、臆病だから。
儚い心を被う、わたしは、果たして、
いい女に見えるでしょうか 。
寡黙な酔狂も、野暮な合図も、
無駄な労力。
あてもなく___。待っている。
来るべき人を。
巨大水槽のようなホテルのイルミネーションの林の中で、音もなく息をしているヤモリ。
わたしを虜にする喧騒の中の静寂。
あなたが与えた、憧れの豊潤な沐浴。
その腕に触れてしまった、シガレット の熱さ。
咎めることをせずにいた、真珠色の肌の女。
途方もなく壮大な落陽に包まれ体温は、
いつしか、恋に噎せる。

ホテル

ホテル

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-06-11

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