感想「A・C・ドイルのシャーロック・ホームズの短編推理小説『赤毛組合』を読んで~主犯と実行犯の関係」
(1)
A・C・ドイルのシャーロック・ホームズの短編推理小説「赤毛組
合」を読む。「赤毛組合」は、1891年8月に「ストランド誌」
に発表された作品である。今回、自分が読んだテキストは、延原
兼訳の新潮文庫のものである。
「赤毛組合」の概要を、犯人の側から簡潔に書く。ジョン・クレー
というロンドン最大級の大悪党が一人の仲間と組んで、ロンドン一
流の大銀行(シティ・エンド・サバーバン銀行)の下町支店の地下
室に眠る、フランス銀行から借り入れたナポレオン金貨3万枚(6
0万フラン)を強奪しようと計画するのであるが、その内容は、銀
行と背中合わせになっている質屋の穴倉からトンネルを掘る、とい
うものである。そのため、質屋の主人である真紅の赤毛のジェイベ
ズ・ウィルスンを毎日ある一定の時間の間、質屋を留守にさせるの
である。
最初に断っておくが、ジェイベズ・ウィルスンは、ジョン・クレー
の犯罪の仲間ではない。ジェイベズ・ウィルスンは、ジョン・クレ
ーの被害者でもない。互いに赤の他人同士である。単にジョン・ク
レーの犯罪に利用されただけである。
(2)
人間の心の互いに反する性格(あるいは意識下の願望)を主題とし
て物語で描く時、そのストーリーにはある一定の形式があるように
思われる。例えば、二重人格、変装、変身、などである。R・L・
スティーブンスンの「ジキル博士とハイド氏」は、二重人格と変身
の2つのスタイルを利用し書かれたストーリーだと考えられる。
(3)
人間の心の互いに反する性格(あるいは意識下の願望)を主題とし
て物語で描く時、そのスタイルを写実的に描くことも可能ではない
かと思われる。例えば、ドストエフスキーの「悪霊」の主人公スタ
ヴローギンと懲役人フェージカの関係と事件である(光文社古典新
訳文庫、カラマーゾフの兄弟5、エピローグ別巻P237)。
「赤毛組合」の作者であるA・C・ドイルの意図は、自分には分か
らない。しかし自分には、結果としてこの「赤毛組合」は、人間の
心の互いに反する性格(あるいは意識下の願望)を表現しているよ
うに(暗示しているように)思われる。
(4)
犯罪の主犯であるジョン・クレーについて、小説から抜き書く。祖
父は王侯公爵である。自身はイートン貴族学校やオックスフォード
大学で学んでいる。孤児院建設を種に金を集めている。頭が鋭く、
かつ、手先もよく働く(質屋の穴倉から銀行の地下室にトンネルを
掘っている)。犯行の相棒は(これもその頭髪は真紅の赤毛である
)、その名前をダンカン・ロス、ウィリアム・モリスと偽名を使い
分けて登場している。ジョン・クレーは、殺人犯、窃盗犯、贋金使
い、偽造犯である。ロンドン最大級の大悪党である。
(5)
犯罪に利用された真紅の赤毛のジェイベズ・ウィルスンについて、
小説から抜き書く。頭髪は見事な真紅の赤毛である。フリーメー
ソン結社員である(彼は胸に、弧とコンパスの元部長章をおびて
いる)。手先の労働に従事した経験がある(船大工から身を起こ
したのであるが、手は右の方がたっぷり左よりひとまわり大きく
、きつい船大工の労働である)。中国へ行ったことがる(中国で
なければ見られない魚の形の刺青を、右手首の少し上に入れてい
る)。現在は、下町に近いコバーグ・スクエアで小さな質屋を経
営している。その経営は近頃は思わしくない。使用人は一人で、
本来の給料の半分で仕事に就いてくれた奇特な人物である。使用
人の名前は、ヴィンセント・スポールディングという(これは偽
名であり、正体は大悪党のジョン・クレーである)。
「赤毛組合」の求人広告を見て、わずかな時間での週給4ポンド
、一年で200ポンドの別途収入に魅せられ、応募する。(もっ
とも、夜になって、「赤毛組合」の求人募集に様々な疑惑の念を
起こすのだが。新潮文庫、P63)。
(6)
上記に書いたジェイベズ・ウィルスンとジョン・クレーの特徴か
ら、この二人に共通する精神的資質を読み解くことの出来る人
間が、世界には存在するかもしれない(自分には、読み解くこと
など、とても不可能であるが、、、)。ただ自分の頭には、この
二人の特徴を兼ね備えていたと思われる、歴史的に実在した一人
の人間が思い浮かぶだけである。
カリオストロ伯爵。
彼はシチリア島パレルモのリボン商人息子であり、本名をジュゼ
ッペ・バルサモという悪童であった。カリオストロ伯爵は、ロー
マの街頭で拾ったいう美女ロレンツァ・フェリチアーニを押し立
てて、方々の社交界に潜り込んでいた。一方で、彼は窃盗、詐欺
、女げん、紙幣贋造の常習犯であり、マリー・アントワネットの
首飾り事件に連座して投獄された。フリーメーソン会報には、彼
の自伝がのっており(その内容はでたらめであるが)、フリーメ
ーソンの重要な幹部であり、後にはフリーメーソンを離れて興味
を失っている。(講談社現代新書、秋山さと子著、ユングとオカ
ルト、P192「山師たちの活躍」。文庫クセジュ、ポール・ノ
ードン著、フリーメーソン、P158「カリオストロとエジプト
派メーソン団)
(7)
「赤毛組合」の求人応募の面接まで、ジョン・クレーとジェイベズ
・ウィルスンは何の面識も無い。前にも書いたが、二人は犯罪の共
犯者同士ではない。加害者と被害者の関係でもない。ジェイベズ・
ウィルスンは全くジョン・クレーの犯罪に利用されたのである。
しかし、例えばの話であるが、ジェイベズ・ウィルスンは赤毛組合
の奇妙な仕事を続けていくうちに、ダンカン・ロスによる何らかの
悪企みを予感し、そのことを知人か誰かに相談し、しかし警察には
相談をせずに給料の良さに惑わされて仕事を続け、そのためにジョ
ン・クレーの犯罪が成功して甚大な被害が発生した場合、果たして
ジェイベズ・ウィルスンは、自己の道徳的潔白や無実を心から信じ
ることが出来るであろうか?
(8)
ジェイベズ・ウィルスンのようなケースの通り、短時間の安易な
作業で良い収入が入る仕事等は、決して無いであろう。しかし、
特に「赤毛組合」に描かれた人間模様に関しては、それと類似の
出来事は、現実に発生しているのでないであろうか?
例えば、以前、自分はある全国紙で以下のような記事を読んだ経
験がある。出会い系サイトを運営している会社のサクラ役のアル
バイト達が(当人達は、時給の良さに飛びついてアルバイトをし
たのであり、会社の実態や暗部を確実には知らないのであるが)
、会社の経営者達と共に、詐欺の疑いで警察に逮捕されたという
事件である。恐らく、サクラ役のアルバイト達の時給は900円
から1100円くらいであり、1千万円や1億円の金が自分達に
入るとは、全く考えていないだろう。
A・C・ドイルの「赤毛組合」は、心の奥深いところにおける、
犯罪における主犯と実行犯の関係を、暗示しているように思われ
る。
(未完、もう少し書き足します。)
感想「A・C・ドイルのシャーロック・ホームズの短編推理小説『赤毛組合』を読んで~主犯と実行犯の関係」