魔法使いは死んだ

くらげみん

先日、ネイルを桜色に変えた。急に指先が華やいで、血の巡りが良くなった気がする。ついでに気分も良くなった気がする。鏡に映る自分の顔すら可愛く見える。薄いピンク色にカラフルで小さなストーンが幾つかあしらわれている、まるで小さい頃好きだった魔女っ子アニメのステッキみたいな、なぜだかワクワクしてしまうようなそんな爪。天にかざして見ては、何だかあの頃の懐かしい自分を思い出した。

普段はおもちゃなんか買ってくれない母親が、誕生日だかクリスマスだか、何かの特別な日だったかは覚えていないが、私が欲しい欲しいと言ったあの魔法のステッキを買ってくれた。近所のおもちゃ屋で売切れだったときは、わざわざ入庫日を電話で問い合わせてくれた。そうして無事に魔法のステッキを手に入れた幼い私は、本当にテレビの中のあの子みたいに、魔法が使えるような気がしていたのだ。馬鹿みたいに毎日それを持って起きてきて、それと一緒にご飯を食べて、幼稚園には持っていけないから大事に大事におもちゃ箱に寝かせて、母親と一緒に帰ってきたらすぐにそれを迎えに行く。そして本当に魔法が使えるような気がして、呪文を唱えてステッキを振って、魔法のような夢の中へと飛び立つ。
あまりに大切そうにそれを持つから、母親は半ば呆れた顔で、でも少し嬉しそうに私を見ていた。


「ねえ、おい、聞いてるのかな」

怒気のこもった声が聞こえる。課長のベルト付近、少しはみ出たワイシャツを見つめながら、あの魔法のステッキは今何処へ行ったっけと考える。

「また話聞いてないね?はあ、まったく、毎日爪ばっか見てるんじゃないの?君ね、だいたいうちはそういった華美な爪はね…」

あれだけ大切にしていたのに、今となっては行方すら分からない。本当は魔法のステッキが大切だったんじゃないのかもしれない。あの時のあの母の、優しくて嬉しそうな顔が、本当に大切だったのかもしれない。

「おい、聞いてるのか!?」

魔法使いだった私は、今となってはただの人間になった。あの時の母の顔を思い出す事しか出来ない。いい歳になってもまだ怒られ続けている、大人という仮面を被った子供である。もう魔法は使えない。ここではずっと、息をしながら死んでいる。

「すみませんでした」

熱を帯びた指先はいつか、魔法のステッキの代わりになってくれるだろうか。そんな事を考えながら、大人になんてなりたくなかったと、この目の前ワイシャツがはみ出ている男に言って、泣きじゃくって困らせてやりたい気持ちになった。

魔法使いは死んだ

魔法使いは死んだ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-10

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