主成分は、水、塩、カルシウム

主成分は、水、塩、カルシウム

主成分は、水、塩、カルシウム

「茂宮!みてみて!海だよっ!うっみー」
彼女はそう言って、ヤケドしそうな笑顔で白く反射する砂べを走り抜けて行く。しかしこんなクッソ暑い太陽のもとで何故、楽しそうに出来るんだ?俺には到底理解のできない事である。俺は水滴が滴る炭酸の飲料水が入ったアルミ缶を握り締めた。と、俺の頬に冷たい氷の様な物が当てられて思わず「うわっ!」と言ってしまう。
その俺の声に「あははははー、ごめん、ごめん、茂宮くんってば、暑そうな顔してダラけてたからねー」と喋る、両手には水滴を垂らすアルミ缶を持って笑っている。そして白いシャツを着けた佐渡谷先輩は俺に言った。
「なんだ!茂宮くん、ジュースを既に飲んでいらっしゃいますなー、せっかく持ってきたのにー」
俺は少し悲しそうな表情を浮かべいる佐渡谷先輩に、簡単に話題を考えて言った。
「あれ?佐渡谷先輩は今日は泳がないんですか?」俺はさざ波をたて、細かい泡を作っては弾ける波と快晴の空をコピーしたサファイアの様に輝く海に指を向けて言った。
「あー、泳ぐよ!でも、このシャツでね!」
「シャツですか?」
「もしかして!茂宮くん、私の水着姿が見たかったとか?残念だね!」
佐渡谷先輩は俺に向かって二ヒヒと笑った。
「何言ってるんですか!この海の前では佐渡谷先輩なんて海の藻屑ですよ!水着なんて着なくていいです!」
「茂宮くん?レディーに対して失礼な事を良く言えるわね?」
「大丈夫です俺は!先輩を男女平等として扱うつもりですから」
今日は大学の中の良いメンバーで企画している、ビーチパーティの下調べでこのビーチに来ている。はずなんだが…俺と佐渡谷先輩ともう一人
「茂宮!大変だよ!砂浜に白いクジラが打ち上げられているよ!」
「笠木さん…嘘は良くないですよ、テンションが高くなって日頃のストレスを発散したい気持ちは分かりますが…」
「何、つまんない事を言ってんのよ!ほんとーに白いクジラが砂浜にいるんだからー」
そう言って俺の上着を掴む。彼女の名前は笠木ハナ、同じ研究室に所属している同級生だ。どうも彼女の明るい性格にはついていけない。今日、この海に来させられたのも笠木の所為だ、早くアパートに帰ってオンラインゲームにログインしたい。はぁ、面倒くさい。
俺は笠木に掴まれて引っ張られながら彼女の言う白いクジラの元へと向かった。どうせ近くの国から流れて来たゴミか、そこら辺の観光客が置いてったモニュメントか何かかだろと、口を開いて文句を言ってしまいそうになるのを我慢してついてく。
その俺と笠木の姿に気づいたのだろう、「わぁ!」と言って佐渡谷先輩も二人の間に入ってくる。
「何々?お二人で先輩を置いて散歩ですか?酷い後輩だねー」
「佐渡谷さん?あっちの海で泳いでいて良いですから」
俺は少し険悪な二人に挟まれて歩く。しかし天気の良さすぎる日も暑くて嫌なもんだなと思った。
その時、笠木の無邪気な声が飛んだ。
「あれだよ!あれが白いクジラ!」
俺は視線を笠木が向ける指先の方向を見る。
何だあれは?これはクジラなのか?確かに大きい、ダンプカー三台分くらいはある。そして右が側と左側にカッターで切れ込みを入れて開いた様な目が上下に二つ付いている。よって合計四つの目玉がある。俺たちの姿をギョロッと見る。また身体の半分下から上に向かって伸びる顎に唇から剥き出しになっている落石した様な歯は真っ白である。
それに加えて泡の様な油絵の具が集合して、霧状にボヤけた身体が尾ヒレを伸ばしているのか?シュル、シュルと伸びている。他にも頭部とお腹の下から虹色に輝く毛糸を何本も揺らして長い衣の様に見せていた。
俺は取り合えず海の生態に詳しくはないが「クジラじゃなくね?」と言った。
すると笠木は目を輝かして言う。
「凄いよ!私!初めて近くでクジラを見たよ!シロナガスクジラ?マッコウクジラ?ザトウクジラ?コククジラ?セミクジラ?一体どのクジラ何だろう?」
「何で笠木さん、そんなに多くクジラの種類知ってんの?」俺は少し引き気味に言う。
そこに対抗する様に佐渡谷先輩も負けじに語る。
「いやいや、クジラじゃないかもしれないぞ!ホオジロザメ、オオメジロザメ、ジンベエザメ、メガマウス、イタチザメの部類かもしれんな!」
「どうして先輩はサメに詳しいんですか!そんな魚類大好きキャラ初めて知りましたよ俺は!」俺はこの専門的な知識にこれもまた引き気味に言った。
そしてこの二人に言う。
「二人とも良く見てよ!こんなクジラやサメ何ていないでしょ?」
この俺の言葉を聞いて笠木は答える。
「わかった!このクジラに聞いてみるね!」
笠木の言った事に続いて佐渡谷先輩はその白い生き物に質問した。
「おい!お前はサメの類い何だろう!」
「違うよ!クジラなんでしょ!」
俺はため息を吐いた。こいつらアホだと心底思った。
と、低い年長の威厳のある様な声でこの二人に白い生き物は答えた。
「お若いお嬢さんたち、私はクジラでもサメでもない」
波の音が包む様にしてその声をまろやかにした。俺はかなり驚いて唖然としているのに、笠木は「間違えました!でも絶対、見た目はクジラだよ!」と言い、佐渡谷先輩は「サメの親戚くらいだろ」と声に出す。どうして!この二人は人外の物が喋っているのに微動だにしないんだ!少しは恐れるか悲鳴でもあげろよ!と思った。
笠木はその白い生き物に近づいて尋ねた。
「じゃあ、貴方は何?」
白い生き物は大きな顎を開いて話す。
「お嬢さん私はこの海の化身の様な者と言ったところかな…この美しい澄んだ海水を当分見る事が出来なくなったからね、たまには客観的に眺めるのも良いと思ってここにいるんだよ」
不思議な事をペラペラと並べる。俺は黙って聞いた。
「ふーん、その海の化身様がまたどうして、客観的に眺める訳?当分、見れないって何さ?」
佐渡谷先輩はもっともな質問をしてくれた。
「海が汚れるからね」
「海が汚れる?何だそれ?」俺はついつい言ってしまう。
白い生物は答えてくれる。
「明日の昼、ここの海の上を通るタンカーが核を積んだ潜水艦と衝突して、海の諸々の生物、海水浴に来ている観光客を巻き込み、大事故が起きる。これによってこの海は380年間、死海と呼ばれ浜辺は勿論の事、海には生きる者がいなくなってしまうんだ」
「嘘でしょ?」笠木は小さく言う。
「本当だよ、だから私は今ここで生命に溢れる、この綺麗な海を眺めているんだ。まぁ380年後には治癒力で元に戻るんだけどね」
その白い生物の言葉に俺と笠木と佐渡谷先輩は黙り込んだ。
さざ波だけが優しく歌う。
俺は突如、笠木と佐渡谷先輩の悲しそうな顔に海水を蹴りあげた。
しぶきが顔にかかり二人とも「キャッ!」と「ワァア!」と叫ぶ。
俺は言ってやった。
「何しけた顔してんだよ!笠木さん!佐渡谷先輩!今日は海で遊ぶんでしょ!たくさん泳ごうぜ!」
俺は私服で青いエメラルドブルーに飛び込む、カラフルな魚たちが俺を避けて逃げていく。その光景を見て、笠木と佐渡谷先輩も海に飛び込んだ。
海水が死ぬほど口の中に入っても楽しく泳いで太陽に向かって塩の混じった水を打ち上げる。休憩で浜辺にあがると、木の棒を振り回してスイカ割りを笠木がそっせんして行う。その後、三人でビーチバレーをした。身体が火照ってきたら、また海に勢いよく浸かった。
そんな事をしていると、海もまた恋をしているかの様に赤く光り始めた。太陽の沈む夕日が地平線に隠れていくのを三人で砂に座って見つめた。多分この光景を見れるのが380年後だと思うと信じきれない気持ちだ。明日でこの美しい海が死海と呼ばれる様になるとは思えないし、思いたくもなかった。
夕日が消えて針で穴を開けた光が漏れる星空と闇が三人を迎えた。
まだ白い生き物は海を眺めている。
笠木が側に座り首を傾げて聞いた。
「夜も綺麗だね、きっと貴方も綺麗な生き物なんだね、本当に海の化身なの?」
白い生物は言う。
「貴方も綺麗な人です」そう言った後「そうですね、強いて言えば私の主成分は水、塩、カルシウムと言ったところでしょうが、海の化身とは自称の部分もありますがね」
「不思議な生き物ね」佐渡谷先輩は白い生き物を撫でて言った。
俺はその白い生物を見た後、潮の匂いをゆっくりと吸い込んだ。そして瞳の奥に星をきらびやかに反射した海を記憶した…

主成分は、水、塩、カルシウム

主成分は、水、塩、カルシウム

大学のビーチ大会で下見にやって来た俺と笠木、佐渡谷先輩。ところが笠木が浜辺に打ち上げられているクジラを見つけた何とか言うもんだから行ってみると、確かにそこにはクジラに似た生き物がいるのだが、どうも不思議な生き物であった。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-10

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