腕の花
紫の花
「綺麗な花なのに」
小指の爪ぐらいに小さくとも無数にある紫の花で覆われてしまった腕を見て、彼女は言った。
それはゆっくりと全身にめぐる毒のように、去年は右薬指の爪先にポツンとだけあったその花はついに右腕を覆い隠し、肩に届こうかというぐらい。
既に指は動かせず、腕を動かすのにも苦労するのだという。
紫の花は季節が廻ろうとも枯れることなく、宿主……彼女の体から栄養を奪い取って成長しているのか、日に日にその姿を増やしている。
このまま全身が紫の花に覆い尽くされるのも、時間の問題だった。
「切除は無駄なんだよね」
少し前までは花の生えた部分を切除することが、唯一の治療法だと信じられていた。
しかし去年、ちょうどこの子が発病したぐらいに、切り取られた断面からまた花が生えはじめたとニュースが流れ、切除をする治療法は瞬く間に禁止になった。
薬も効かない。なぜ人の体から花が生えるのか、何を栄養にしているのか、わからないのだ。
ただ唯一、人によって生える花の種類は違い、しかしそれぞれ新種の植物だってことは判明しているが……治療法の発見には至っていない。
「でも綺麗な花だから、別に良い」
彼女は花や植物が好きな、しかし言葉使いはどこか粗暴なヒトだった。私は友人で、今日は彼女の病室にお見舞いに来ている。
一時期、感染するという風評が流れ、それからめっきり彼女にお見舞いに来る人はいなくなってしまった。私ぐらいだろうか、彼女の病室に足を運ぶものは。
ほとんど何もない病室。白と茶色がちょうど良く、奇病だからという理由で完全な個室に入れられ、日々検査を受けている。
二年間も毎日、繰り返し繰り返し。半ば軟禁状態だと嘆いていたこともあった。
「治らなくてもいいの?」
それを聞いた彼女の笑みは寂しそうで、しかしいつもの人を馬鹿にしたような表情は崩さない。
静かにしていれば綺麗な花なんだけれどね、なんて噂されていたあの頃のまま、変わらない。
「良いよ、別に」
満開の花弁を撫でる彼女の白い手。愛しそうに、優しく、表面に触れる。
「花は好きだしね」
そう言いながら私を見た彼女の眼は、いつもの強がりを言う表情だった。
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「うつるよ?」
学校で、私があの子の病室に通っていることはもはや有名である。
先生も通っているはずだけれど、学校で配られたプリントや宿題をあの子のもとへ届けることはいつの間にか私の役目になっていた。
そして物好きがあの子の話題を聞きに来る。話ばかり聞いてそれなのにバカにするような、あまり好きじゃないヒトだけれど、友人であることに変わりはない。
「うつらないよ」
この会話も、どのぐらい繰り返されただろうか。もはや「こんにちは」の代わりになっている節さえもある。
「しかし物好きよね、あなた」
茶色に染められ腰まで伸びた長い髪はもちろん、学則に引っかかっている。
しかし彼女がそれを咎められないのは、彼女が学生生活には熱心で、そして成績がクラスで十指に入っているからである。
しかしあの子には勝てず、だからいつも敵対心を持っているらしい。
ちなみに私は、あまり成績が良い方ではない。勉強ができないわけではないが、ほとんどテスト勉強をしないのだ。物覚えも良い方ではないのは自覚している。
「みっしーよりマシ」
彼女のあだ名である。三嶋、だからみっしー。そう呼べって言われて以降、ずっとみっしーと呼んでいる。
「あの子の事、キライなんでしょ?」
なのにいつもあの子の事ばかり聞いてくるんだもの。そんなに気になるのならば自分で行けば良いのに、っていうといつも感染すると怖いじゃない、って言うし。
「えっ……ええ、嫌いよ? もちろん」
そんな少し朱に染まった表情で言われても、説得力なんかありゃしない。
腕の花