手をつなぐ

 別れた彼女が夢の中にが出てきて、驚いた。

 ふられた日の夢だ。

 何でいまさらそんな夢を見たのか、俺にはわからない。


「てっちゃん、ご飯できたよ」

 名前を呼ばれて、目が覚めた。

 目の前にいたのはハコだった。

「飯?」

「めし」

「何?」

「焼そば」

「朝から?」

「もう昼だよ」

 呆れたように言ってハコが立ち上がる。

 部屋にあった折り畳み式の丸い机は既に出してあり、トオルがそこで焼そばを食っていた。

「おそよう、てっちゃん」

「そんな日本語はない」

 トオルの向い側に座り、ハコの作った焼そばを口に運んだ。

「何か変な感じ」

 食べながらトオルが言った。

「何がだよ」

「人の部屋に勝手に上がり込んで、勝手に冷蔵庫のなか漁って、勝手に作って、勝手に食べてるのが」

「それ言うなら俺のほうがもっと変な感じだよ」

「それもそうだね」

 ていうか、こいつら何しに来たんだろ。

 ハコが台所から麦茶を持ってきて、トオルの隣に座った。

 しばらく3人、無言で焼そばをすする。

 一番最初に食べ終わったのはトオルだった。

 そして何を思ったのか、トオルはハコのあいてる左手を握り、もう一方の手を握手するときみたいに俺に差し出した。

「何だよ」

「手をつなごう」

「何で」

「あったかいから」

「あったかいって今は七月じゃんかよ。逆に暑いよ」

「体じゃなくて、心だよ。悲しいときは人の温もりが欲しくなるでしょ」

 トオルはそう言って笑った。

「てっちゃん、寝ながら泣いてたよ」

 焼そばを食べていたハコが、箸を置き俺の手を握り、心配そうに顔を見てくる。

「そんな顔すんなよ……あれかな、別れた彼女のこと考えてたせいかな」

「清香さんのこと?」

「夢に出てきた。別れた日のことが」

 ハコの手に力が入るのがわかった。

「大丈夫だって。2ヶ月もたったんだから」

「無理することないよ」

「何を無理するんだよ」

「泣きたいのとか」

「それも大丈夫。おまえらのいないとこで隠れて泣いたから」

 これは本当の話。あの日、トオルとハコと別れた後、部屋に戻って、某女性ミュージシャンの曲をヘッドホンで聞きながら、ぼろ泣きした。

「てっちゃんはウソつくような人じゃないよ。大丈夫って言ってるんだから、大丈夫」

 トオルが不安そうな顔をするハコの頭を優しく撫でてやった。

「てっちゃん、早まっちゃダメだよ」

「こんなことで早まらないから」

 こんなこと。自分で言って、「こんなこと」って何だよって、苦笑いしてしまう。

「だから、我慢なんてしてねーよ」

 トオルにそう言ったものの、本当は少し、涙ぐみそうだった。

 悲しいことを思い出したからじゃなく、手の温もり、二人の優しさが、すごく嬉しかったから。

「情けねえな、年長者のくせに」

 繋いだ手から伝わってくるのは温もりだけじゃなかった。

 手を通じて優しさも伝わるんだ。

「心配してくれて、ありがとな」

 手を強く握り返し、俺は静かに言った。

 二人に俺の気持ちが、伝わればいい。

 そう思った。


《FIN》

手をつなぐ

手をつなぐ

連作短編「ベランダのある部屋」第五話

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-03

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