無題の演奏会
「お前と君はこの判定からジェンダー思考の持ち主だって昔、担任の先生から言われた事があるけどさ、そんな判定で枠にはめ込む先生の方がそもそも自分自身を枠にはめ込んでいるって僕は思うわけ。そう思わないかい?」
異臭の中に泥と生ゴミとアンモニア。もしくはタールに似た油の匂いがするスクラップの山で俺の隣で土嚢袋に使えそうな工具や鍋をせっせと詰め込む友達がいた。俺は一人で集中したいので無言で革手袋を動かした。
友達はブルーのサファイアの瞳を細かく焦点をあちこちに揺らして鉄グズを見分ける。けれども唇を締める事が出来ず話し始める。
「もし僕がその子の脊髄が好みだから、女の子を好きになるって大衆の大人に話すと、それはオカシイよ!って言うと思う。けども大衆の大人が脊髄の形で人を好きになる人が大勢いて、僕が女の子の可愛い顔だから好きになるって言ったら、それはオカシイよ!って言うと思う。」
俺は友達に向かってただ、知るか。と低い小声で言って、ビー玉の目を付けた猫の髪飾りを拾い袋に投げ入れた。
友達は話を続ける。「これから思うに、林檎は赤。しかし大衆の人間が青と言えば青になる。でも僕が赤だよって叫んだら、赤になると思う?天才ってそういう事って先生が言ってた。」
俺は友達にもう今日は帰るぞ!と呼んで、何枚もの服を重ね着をした汚い布を掴んで歩く。
厚い瓦を固めた様な雪がスクラップの間に挟まり歩きにくい。ふくらはぎまで伸びているブーツがなければこの様な場所には来れない。本当にこの場所は最悪だ。久しぶりに白い息が出る。昨夜も寒かったが、透明の鼻息しか見た記憶しかしない。友達は頬を上げつまらない帰り道を楽しむ様にして脚を動かしている。これは一つの才能なのか?
友達は俺に尋ねる。その声は甘いハチミツを思い出させた、でも色は頭に中に浮かばない。「夢はあるかい?」
俺は無視する。
トーストがここに無い事を悔やむ様にして俺は友達の言葉を聞いた。「先生が言ってた夢ってさ、職業の事しか無いじゃない?別に他にあっても良いのに?つまんないよね。」
俺は飯を食えたら何でも良いって答えた。
この帰り道の中、俺はこのシベリアの大地を恨んだ。針葉樹と白夜の世界しかないこの氷の地に何故、俺は生まれたのか。ただでさえ貧困で苦しい生活を過ごしていた中、二カ月前に突如起きた戦争で田舎のこの土地にも空爆が起きた。おそらく天然ガスや石油がこの近くにある工場の所為だろう。そもそも生きている事に楽しみを感じていなかった俺には良くも悪くもこの様な状況になった。
そんな事を考えていると友達は言う。「僕は生きたい!それは、僕の夢は先生になる事だから」勝手にしろよ、お前の将来の事なんて知るかよ。それより、結局、職業絡みの夢じゃねーか。
黒ずんだ雲を分けて鉄の翼を持った使者が指揮棒を構えた。
天から人工物の歌声が重低音で響いてくる、赤いラッパと太鼓の音にクルド人が剣を持って戦いの踊りを踊る雷鳴の銃声を鳴らし、友達の生命が最終幕で用いられる剣の舞は、激しく演奏させられた。天然ガスの工場破壊のついでに俺たち二人を見つけたとでも言うのか?
銃先から放たれた鋭い弾は音速を超えて友達の身体を貫いた。蛙の鈍い声を漏らし、その後、人形の様に宙を回転して冷たい雪の上に落下した。泥だんごが水分を無くしたみたいに簡単に壊れた。俺はただ突っ立ってそのトンボに似た鉄の虫を見上げていたが、弾は俺の側を通過しただけで俺の髪の毛も擦りもしなかった。氷の絨毯には散らばれた星の様に穴が空いたが、指揮者は終止符を打ちようやく演奏は終わった。
俺はゆっくりと歩いて友達の横に座り、何枚も重ねた雑巾の服を触り身体を起こした。友達は静かに黙っている。
俺は金の髪の毛を撫でた。
さっきまで喋っていた奴と何が違わないと言うのだろうか?俺には分からなかった。生きたいと願った友達が散り、生きたくないと思う俺は何故、今、息をしているんだろうか?
怒りや悲しみなんて感情は俺にはない。でも目の前にいる友達の姿が蜃気楼の様にユラユラとボヤける。そうか俺の脳みそが涙を出せと指令を出しているのか、仕方がないたまには聞いてやろうか。俺は大量の涙を流してやった。
戦いはまだ終わらない。
今日もまた、生きていく為のパンを探してスクラップの山へと向かう。それもあるが、俺の細胞が思い出す。友達の声が耳の奥で時折、聞こえてくる、だから懐かしくて俺はまた一人でスクラップの山へと歩くのだ。きっとそこに生きたくなる友がいるから
無題の演奏会