贖罪の少年 第7章 2部

樫之木千里

会食

 会食場に来た雅治を待っていたのは、中沢財閥の会長である中沢伝助、社長である中沢敏夫、その他重役が数名。
 ここまでは雅治の予想通りであった。しかし、あと一人の人物に雅治は度肝を抜いた。

 その来客とは、この国の外務大臣である小野田真澄だ。

「失礼します」
 雅治は緊張した面持ちで、会食場へと足を踏み入れた。

 そんな彼に気が付いた中沢財閥会長、中沢伝助は、彼に声をかけて説明をした。
「相生君、驚いただろう。知っているとは思うが、こちらは外務大臣の小野田真澄君だ」
「小野田真澄です」
 小野田はゆっくりと立ち上がると、雅治に手を差し伸べ、握手を求めた。

「初めまして、相生雅治です。中沢財閥新エネルギー部門長を勤めております」
 雅治はそう挨拶をしながら小野田の手を取り、握手を交わした。
 中沢伝助はそれを満足そうに見ていた。
 が、少し間を置くと、真顔になって相生にささやいた。

「川崎君が遅れると言うのは、どのぐらいかね」
「さあ……。電話口のニュアンスからして、せいぜい十分ぐらいではないでしょうか」
 雅治の返答に、中沢敏夫は「なるほど、なら手短に済ませよう」
 と言うと、雅治に席に着くよううながした。

 雅治が席に着くと、外務大臣の小野田が言葉を口にした。
「実は私が無理を言って、中沢さんにこの会食の出席をお願いしたんだ。それは相生君、君に山守の住民達のことを聞いてみたかったからだ」

「山守の住民の、ですか」
(なるほど、この質問は何代も前から山守に済んでいる川崎さんの前では質問しづらい案件だ)と雅治は思ったのだが、ある疑問も出て来た。

(何で外務大臣が、こんな田舎の住民の話しを、聞きたがっているのだ?)

「出来ればだね『霊の社』の情報を手に入れたいのだ。この教えは、我が国にとって重要だからね」
 小野田の真意を汲み取れていない雅治に、中沢敏夫は助け舟を出して、小声で説明をした。
「政府は『霊の社』を利用したいのだよ。出来れば彼らを強請れるような、弱みが握れる『落ち度』を見つけ出したい」

 この話しに雅治はドッと背筋に冷や汗をかいた。
 それは十年前の七瀬の件の事を思い出したからだ。

「相生君、本当に『何も知らない』のかね」
 中沢伝助は、釘を刺す様に雅治に尋ねた。
「…………そうですね。私が知っている『霊の社』の信者さんは皆『立派ないい人』としか。お役に立てなくて残念です」

 それを聞いた中沢伝助と敏夫は、フンっと鼻でため息をついた。
「まあ、君のことだ。期待はしていなかったがね」

 伝助のチクリとした嫌みに、雅治は内心眉をひそめたが、奥底ではホッとしたのも事実だ。

 その一方で、小野田は誠実そうな笑みを見せながら「こればかりは仕方ありませんよ」と雅治を擁護する言葉を発した。
 そして再び雅治に向き直ると、小野田は真面目な表情をして彼に忠告をした。

「相生さんは知らないだろうが、『霊の社』の教えの一部は、昔『天雨祈』と言われた術祖一族の教えから来ているのです。その教えの中には、国を効率よく治める教えもある。そして我々の国民の『弱点』も密かに記されている。ここまでならいい。
 しかし問題は、この教えが別の国に流出することです。
 悪意ある国に流出すれば最後。我々国民は『天雨祈が知っている弱点』によって、心身ともにその国の奴隷に成り果ててしまう。
 貴方も『ブルー・エアリス社』がここ山守の土地を狙っているのは知っているでしょう。彼らに土地を奪われるのも痛手だが、我々の弱点を知られるのはもっと困る」

 話しのスケールの大きさに、雅治は目を白黒させた。第一『国家の弱点』などというファンタジーな単語が、大企業の会食に出て来るとは思いもしなかった。

 しかし中沢敏夫の真剣な表情が『嘘』とは言わせなかった。

「君は小野田さんの話しが、本当とは思ってないようだね。まあ仕方ないことだ。我々も小野田さんから聞かされるまでは本当とは思えなかったのだからな。
 だがこれは本当の話しだ。
 なので我々は『国家』に協力することにした。国家の目的は『霊の社』の教えを『我が国のもの』として奪い取る。そうなると『霊の社』を運営する権力者を追い出すことになるがね。まあ、我々中沢としても、その方が山守の土地を買収しやすいからいいのだがね」

 敏夫の話しに雅治は多いに慌てた。
「まっ、待って下さい。何も教団の権力者を追い出す必用はないのではありませんか? 彼らに甘い汁を吸わせていいように使い、我々の言う事をきかせていけばいいだけではありませんか」

「それでは甘いよ」
 そう言ったのは会長の伝助である。
「彼らは我々の『弱点』を知っているから厄介なんだよ。もし我々のやり口が気に入らなかったら、彼らは確実に我々を消そうとする。そうなっては困るから、彼らを早めに潰さぬといかんのだ」

 雅治は顔面蒼白になった。どうやら『霊の社』はこの国を操るほどの『宝』を持っている。そしてそこに目をつけた国家政府が、その『宝』を彼らから『強奪』しようと企んでいるのだ。
 しかもその『宝』がもし『ブルー・エアリス社』にでも見つかったらそれこそ『この国の存亡』の一大事なのだ。


 一瞬会食の場がシーンとなった。
 そのとき
「遅れて申し訳ありません」
 と慌てる様に会食の場に入る、川崎の声が響いた。

 その声を皮切りに場の沈黙は破られ、中沢伝助が紳士の顔をしながら川崎に席に座る様に進めた。
「気にしなくてもいいですよ。社内の打ち合わせが丁度終わった頃でしたので。さあ、席にどうぞ」
「ありがとうございます」
 川崎はそう言って席に着いた。伝助が川崎に小野田の紹介をした後、予定通り会食が行われることとなった。



 会食での話題は山守の土地相場から始まり、新エネルギーの値段を今後どうするか、それにともなう世界経済への影響となっていった。
 この話しの流れで『ブルー・エアリス社』のことにも話題に上った。

「川崎さんのところには『ブルー・エアリス社』から何かコンタクトはありましたか」
 中沢敏夫の質問に川崎は
「いえ。特にそのような事は何もありません」
 と答えた。
「そうか。まあ、何かしら彼らから連絡があるはずだ。しかし大国が本社にある『ブルー・エアリス社』は、山守の民に対していいように取計らってくれないでしょう。国が違えば法律も違うので、その法律の抜け穴を使って『非人道的』なことをやりかねません。その点、我々は同じ国民として、今までどおり貴方達を手厚く迎えるつもりです。そのことを忘れないでください」

 敏夫の言葉に川崎は簡素に答えた。
「ええ。承知しております。また何かありましたら、こちらからご連絡します」

 この様子を見た雅治は、今回の会食に川崎を読んだ理由が分かった。

(成る程、念のため大地主に釘を刺したということか。まあ、今の事情が事情なだけに、わざわざ社長と会長、しかも財務大臣まで山守に出向いた理由は、なんとなく読めたな。相も変わらず皆、懐疑的な人間ばかりだな)

 雅治はそう考えながら、メインディッシュのステーキを、口の中でぎゅっと噛んだ。
 

二人の小悪魔

 こうして会食は終わった。

 中沢財閥の面々は小野田と共に、どこかへと行ってしまった。多分『霊の社』の偵察だろう。そう予想したのは、彼らに同行した人物の中に、最近『霊の社』の信者になった中沢財閥山守支部の人間の姿が見えたからだ。

 会食会場を後にした川崎と雅治は、車を停めている駐車場へと向かって歩いていた。

「我々はお役御免か。まあ、長年山守に住んでいる私達を信用しないのは、ある意味懸命ではあるな」
 川崎の言葉に雅治はこう答えた。
「いいではないですか。面倒な仕事を頼まれるよりは」

 その言葉に、川崎は『明らかに』嫌な顔をした。

「こんな無責任な親父だから、息子が『能面』になったのだな」

 川崎のぽつりと出た嫌みに、雅治は流石に腹が立った。
「何ですか、その言い草は。いくらお得意様の川崎さんでも、無礼にほどがありますよ」

 次は川崎がカチンと来る番であった。

「無礼は君の息子の方だ! 私が会食に遅れたのも、君の息子の七瀬君に学校に呼び出されたからだぞ」
「なっ七瀬がですか?!」
 雅治は素っ頓狂な驚き声を上げた。その声は今先ほど着いた駐車場のロビーで大いにこだましたが、そこにいたのは生憎雅治と川崎の二人だけだった。

 川崎の方も怒りは収まらず、部外者がいない無遠慮のもと、づかづかと雅治に詰め寄った。
「彼は私達大人のやり口など、お見通しでした。私も彼に自分の心を問いただされて、敵いませんでしたよ。第一貴方、七瀬君の父親だろ! 息子が何を考えているのかも、何を企んでいるのかも、何もかも知らなかったのですか!」

「どういう事ですか?」

 雅治のこの言葉は、彼が本当に『息子の事に関心がない』のを物語っていた。そんな彼に川崎はあきれ果てた。
「……今回の会食で話題になった出来事の、本当の『キーマン』は誰だと思います」

 雅治は思い悩んだように、天井を見ながら言った。
「はて……そんな重要な人物いましたっけ」

 本当になにも思いつかない間抜けな雅治に、川崎はため息をついた。

「ヒントを差し上げます。先日私は『霊の社』代表の鈴木さんと会って話しました。彼は中沢が土地を買い占めることを、いい様に思ってませんでしたよ。『証拠が出て、ばれたら困る』と言ってね。教団が危機に立たされるほどの件です。貴方も心あたりあるでしょう」

「心当たり…………。あっ!」
 ようやく雅治は気が付いた。

「七瀬だ…………。あいつが教団にされた事がバレたら、たまったモノではない!」

 わなわな震える雅治に、川崎はため息まじりに話した。
「そうですよ。七瀬君が『霊の社』の弱点を握っているのです。そして『霊の社』はこの国の弱点を握っている。これは出方によれば中沢財閥にも、この国に対しても『大きな弱点』となる真実を握っているも同然です。もし彼が、阿修羅の持っている儀式の証拠写真を持って『ブルー・エアリス社』に真実を話してごらんなさい。『霊の社』も、中沢財閥も、国も、もう言い訳など出来ず、そのまま大国の食い物にされてしまう」

 雅治は恐怖に身震いをした。この話しの構図はまさに、弱点を出した者が負ける『弱肉強食』の世界であった。

 しかし雅治には気になる、初耳情報があった。
「川崎さん、今先ほど『阿修羅』って言いませんでしたか。それは何かの組織ですか。その組織は何故、儀式の証拠写真など持っているのですか」

「……阿修羅は山守地方の外れにある、藤平地区の貧しい若者が集まって、悪徳会社を経営している半グレ集団です。彼らは儀式の証拠を掴み、それをダシに『霊の社』を脅して、金を巻き上げようとしているのです」

「そんな凶悪な組織まで絡んでいるとは……。一体全体、この山守で何が起きようとしているのだ」

 全ては息子七瀬が受けた、性的虐待の儀式から始まっている。そこから『霊の社』、中沢財閥、半グレ集団の阿修羅、国家、最終的には『ブルー・エアリス社』を絡ませた大国との国際関係も巻き込んでいる。
 雅治は、我が子が『恐ろしい存在』に成り果てたことに、目眩がした。


「私は……私は、どうすればいいのだっ……」


 雅治はふらふらと腰を抜かすと、駐車場のロビーの椅子に、しがみつく様に身体を支えた。
 そんな様子を川崎はただジッと、冷たい目で見ていた。しかし一方では、態度とは別の意味の言葉を口にしていた。

「私に策があります。その策に協力してくれるなら、相生さんを助ける事ができるやも知れません」
「! 本当ですか?」

 藁にもすがりたい雅治は、必死の形相で川崎の顔を見た。その川崎の表情は相変わらず冷たいものであった。
「本当です。実は私、教団代表の鈴木さんからお願いをされているのですよ。それは今回の会食の情報提供と、阿修羅の頭である『稲月健吾』を教団の仲間に引き入れることです」

「! 阿修羅の頭を教団の仲間に、ですか」
 鈴木の思い切った作戦に、雅治は驚かされた。

「そうだ。稲月は私の財産目当てで、娘の美雪に近づいている。それを餌に稲月を釣る。これが鈴木の策略だ」
 川崎の冷淡で確実な策に、雅治は再度驚かされた。

(まあ……餌になる美雪ちゃんが少し不憫と言えばなんだが、人の家の事だ。第一今の情勢なら、背に腹は代えられんな)
 雅治はそう思ったものの、気になる疑問を川崎に投げかけた。

「はあ、成る程……。しかし教団は何故、阿修羅を味方につけようとしているのですか」
「対中沢財閥の為だろう。鈴木さんは中沢の情報を阿修羅に探って欲しいようだった。阿修羅の中には情報システムに長けた技術者も多いと聞く。私はこの情報システム対戦は、若者が多く柔軟性に長けた、阿修羅の方に歩があると踏んでいる」

 川崎はかなり先の見通しまでおこなっている。毎度の事ながら、雅治は彼の先見性に舌を巻いた。

「でもそういう予見となると、中沢財閥も安泰では無くなりますね。それに政府も情報システム系には弱いはず。中沢と政府が『霊の社』を潰そうと企むと、とんでもないしっぺ返しが来るかもしれないですね。そんな時に『ブルー・エアリス社』が襲いかかって来たら……。中沢もどうなるか分かったものではない」

 心配そうにする雅治に、川崎はこう言った。
「確かにこれからどうなるのかは、私にも見通しがつかない。なので私はあえて稲月を川崎家の婿に迎え入れ、彼をスパイ役として『霊の社』に忍び込ませようと思う。
 後ですね、稲月が川崎家の婿養子になった際は、彼を中沢財閥に入社させてもらえませんかね」

「!? 半グレの頭の稲月をですか!」

「ええ。まずは稲月を中沢財閥の社員にしたてます。表の理由は『川崎家にふさわしい、国際的な交渉スキルを学ぶため』でいいだろう。その上で『ブルー・エアリス社』に近づかせるのです。『中沢の情報をブルー・エアリスに提供する裏切り者』としてね。そして『ブルー・エアリス社』の内情も稲月にスパイさせる。
 これらの情報をもとに、我々は有利な方の団体へと転がり込めばいいのです」

 川崎の名案に、雅治は多いに賛同した。
「素晴らしいです。稲月を使って『霊の社』、中沢、『ブルー・エアリス社』の情報を引き出させるのですね」
「そうだ。もし稲月が失態を犯したら、彼を手放せばいいだけの事だ。その為にも相生さん。貴方の協力が必用なのです。お礼は稲月からの情報を提供します。器用な貴方なら、それだけで十分に上手く世渡り出来ますでしょう」

「ええ、それだけあれば十分ですよ。あとはその団体に合わせて、『七瀬の件』も私が罪に問われない様に仕向けていけばいい。稲月が中沢へ入社出来るよう、斡旋するぐらいどうって事ありません」
 上機嫌にごまをする雅治に、川崎はこう述べた。

「では、私と相生さんの密約は、承諾ということでいいですね」
「ええ。川崎さんの御武運を祈っていますよ」
 こうして二人は別れを告げると、各々自分の車へと乗り込んだ。
 そしてそれぞれの目的地へと車を走らせていった。


(今日は色々な事を知った会食だったな。一体どうしてこんな事になったんだか)

 雅治はそう思いを巡らせながら、中沢財閥新エネルギー部門の本部へと帰って来た。
 部門長のデスクに座った雅治は、ぼんやりと今までの経緯を思い出していた。

(一番の失態は、私がこの山守に飛ばされたことだ。この山守に来なければ、今頃首都で親子四人、何事も無く幸せに生活出来ていたはずだ。麗香が浮気をすることも、七瀬が傷つけられることも何も無かったのだ)

 そう思えば思う程、雅治はかつてのライバルに怒りを覚えた。

「クソッ、野口め! あいつのせいだ。あいつのせいで俺は大変な目に会っているんだ。『ブルー・エアリス社』に肩入れしたとしても、あいつの下にはつけん! 絶対に一泡ふかしてやる!」

 雅治はそう決意すると、かつてのライバルを出し抜く作戦を考えた。
 山積みになった書類を手早く片付けた雅治は、残った時間を利用して、『ブルー・エアリス社』の情報を収集し始めた。

贖罪の少年 第7章 2部

贖罪の少年 第7章 2部

この話はあなたの「助け」になるかもしれません。 長編連載小説、第7章 2部。

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-06-07

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Copyrighted
  1. 会食
  2. 二人の小悪魔