おっとり家 -Old Story-

春休み

 「もう帰ろっか」
明るい黄土色の髪の毛をした少女は川の端っこで屈んでいる少女に声を掛けた。
少女の声に気づき、屈んでいた少女がはっと起き上がった。
顔にかかった水と汗が夕日にちらりと揺れた。
「わぁ、知らないあいだにけっこう時間経ってたね」
少女があたりを見回すと、空は茜色に染まりかけ、河川敷には家に帰る人影が見えた。
水に濡れた少女は茶色にセミロングの髪の毛にくせっ毛がひょっこりと出ている。
身長はもうひとりの少女と比べると少し低い。
おしゃれなシャツとスカートは水を吸ってやや重みを持っている。
少女は、楠あやめ。
今年の春に小学校を卒業し、宿題も学校もない春休みを満喫していた。
そして、同じくあやめと川に来ている少女の名は油菜むぎ。
あやめとは幼稚園のころからの幼馴染だ。
明るい黄土色の髪の毛に肩の下らへんまで伸びる髪の毛をワンサイド編みにした、でこ出しヘアーだ。
今日は2人で近くの川に魚を取りにきたようだった。
川は深いところで水深2メートル、浅いところで30センチという水遊びにはうってつけだった。
小さな魚も少しばかりいるらしく、岸に置いてあるバケツには小魚が2、3匹入っていた。
「どう?収穫はー」
自分の網にかかった石ころを払いのけながらむぎが聞いた。
あやめは水面に浮かばせてある虫取り網を持ち上げ、中を確認すると。
「うーん、砂とかばっかりだけど…」
網の底に溜まった石をかき分け魚を探っていると、ぴちぴちと水をける音がかすかに聞こえた。
「あっ、なんかいる!」
音がしたところの砂をどけると、中から親指ほどのめだかが姿を現した。
「ねえ!めだかがいたよー!」
あやめが顔を輝かせ、むぎの方を向いて嬉しそうに言った。
「おぉ!めだかかー、オス、メスどっち?」
むぎがあやめの元へ近寄り網を覗き込む。
「ええと、確か尾びれがギザギザなのがメスじゃなかった?」
おぼろげな記憶を頼りにあやめが言ってみる。
「それ、背びれだよ!」
すかさずむぎがツッコミをいれる。
「あれ、そうだったっけ?」
改めて、網にかかっためだかの背びれはギザギザではなく丸みがあった。
「これ…は、オスってことでいいのかな?」
あやめがむぎに尋ねると、むぎは自信なさげな様子で
「う~ん、まぁオスってことでいいんじゃね?」
と言った。
あやめは苦笑いをこらえ、ついさっき思いついたことを口に出した。
「このめだか、家で飼いたいなぁ」
「そしたら、朝起きてめだかに挨拶して…」
あやめの妄想を遮ってむぎが口を開く。
「うん、いいんじゃん。ちょうどバケツもあるし、帰りにエサ買ってこよ」
「うん!そうする!」
目を輝かせたあやめが答える。
むぎがバケツを探して周りを見ると、帰ろうと言ってから10分ほどここにいいたのか、夕日が沈みかけていた。
「うわぁ、早くしないと真っ暗になっちゃうよ!」
むぎとあやめは急いで少し離れたところにあるバケツの元へ走った・

 無事にバケツにめだかを入れると、めだかはめだかより一回り小さいハゼと遊泳し始めた。
そのほか、バケツの中には人差し指に乗りそうなほど小さい魚や砂利などが入っている。
「うわ、くつがきもちわるい」
時間がないため、びしょ濡れの裸足を乾かさずにくつを履いたのだ。
「ちょっと羽目外しすぎたかな」
後悔したようにむぎが呟く。
「当たり前だよ」
足のじゅくじゅくとしたきもちわるさに顔をしかめながらあやめは返す。
一行は夕日がじりじりと沈みゆく中、バケツと靴下片手に帰路についた。

楠家

「ただいまぁ」
あやめが家についたのはもう日が沈みあたりは電灯がちらつく頃だった。
玄関には明かりがついていて、あやめを迎えているようだった。
待ち構えていたのは明かりだけではなく…。
「あやめ!こんな時間までどこ行ってたの!…って、なにその格好!?」
玄関に立っていた紫色の腰まで伸びるツインテールの少女はあやめの服を見るなりぎょっとした。
「え~と、川で遊んでて、それで…」
いたずらっぽく、気まずそうにあやめが話す。
「もう…春休みだからってはしゃぎすぎじゃない?」
もう一度あやめを一瞥した少女の名は、楠すみれ、あやめの姉だ。
楠家の長女であり、現在、高校1年生…の春休みだ。
楠家は3人の姉妹がおり、長女のすみれ、次女のあやめ、そして三女の…
「あっお姉ちゃん帰ってきてたんだ。」
玄関の扉から顔を出したロングヘアーの少女こそ、楠ゆず、三女である。
あやめより茶色がかった髪の色にカチューシャをしており、来年小学5年生になる。
「そのバケツなに?」
ゆずがあやめの持っているバケツを指差して聞く。
あやめはバケツを中身が見える高さまで持ち上げ言った。
「めだか、川でつかまえたの」
ゆずとすみれがバケツを覗き込んだ先には、一匹の小さなめだかがいた。
底の方には小魚が数匹と砂利がある。
「ね、このめだかうちで飼ってもいい?」
あやめは不安げにすみれに聞くが、もう片方の手に握られている買い物袋には既にめだかのエサが入っている。
つまり、飼う気まんまんだ。
「うーん、まあせっかくだし飼ってもいいんじゃない?」
すみれは多少渋る雰囲気を出したものの目はめだかを見つけたときからずっと輝いていた。
ゆずはというと、しゃがんでバケツを覗き込み、じっとめだかを観察していた。
ふいに、ゆずが人差し指を水面に沈める。
すると、めだかは最初びっくりしてバケツの底の方へ逃げていった。
やがて、ゆずの指をエサだと思ったのか口をパクパクさせ指をちょんとつついた。
「この子、メスだ」
「え?尾びれが丸いのがオスじゃないの?」
拍子抜けにあやめが尋ねる。
「ううん。逆だよ。ギザギザしてるのがオス」
指に吸い付くめだかの体を興味深く見ながらゆずが訂正した。
「ゆず、詳しいんだね」
2人のやりとりを聞いていたすみれが声を掛ける。
あやめのスカートから水滴が滴り、地面に落ちる。
同時に、あやめはぶるっと震えた。
「もう…早く着替えて、風呂入りなよ」
「うん、そうする…」
タオルを取りに戻ったすみれを見送りながら答えた。
次に、バケツに屈んでめだかと遊んでいるゆずを見かねたあやめはゆずに対してこう言った。
「ゆず、このめだか水槽に入れてきてくれる?」
ゆずは一言「うん」とだけ呟き、いつになく嬉しそうにバケツを受け取った。
玄関の扉を戻っていくゆずの後ろ姿を見てあやめはいいことをしたとひとり誇らしくなった。
「うぅ、寒い」
あやめは手渡されたタオルで濡れた体をだいたい拭くと、靴を脱ぎ家の中へ入った。
 廊下を裸足でぺたぺた歩いていると、においか音で感じ取ったのかはわからないが2種類の鳴き声がした。
同時に、爪が床を蹴る音も鳴り響く。
それはものすごいスピードであやめに向かって近づいた。
「あっちょっボン!」
次の瞬間、あやめは2匹の犬に飛びつかれ、しりもちをついた。
「もうー、ボンちゃん、バロンちゃん」
あやめが2匹を引き剥がして交互に撫でる。
ボンちゃん、と呼ばれた犬は、短い毛に全身クリーム色をしている。
ボンはあやめに撫でられると、それに応えるかのようにあやめの足を舐め始めた。
バロンちゃん、は白と黒の模様で、鼻の周りから首まで部分的に白い毛が覆っている。
バロンは口から出した荒い息をあやめの手に掛けた。
2匹とも耳が立っており、目がくりっとした可愛らしい容姿。
だが共に中型犬で飛びつかれたたらどしっと来るほどだ。
あやめはボンより一回り体が小さいバロンを持ち上げ、顔の高さに持ち上げる。
「バロンちゃん、ただいま~」
あやめはバロンに顔を近づけると、バロンにその大きな舌で顔を舐められる。
「ん~、バロンちゃんくすぐったい」
じゃれるバロンとあやめをボンはじっと見つめる。
「おーい、早く風呂に入って欲しいんだけどー」
横から声がしてあやめが振り返ると、呆れ顔のすみれと、そのそばにゆずが立っていた。
「ごめんごめん」
あやめはバロンを下ろし、ボンをひと撫でして立ち上がると、風呂場へ歩いて行った。
「まったくあやめは。ねぇ、ボンちゃん、バロンちゃん」
飛び上がるバロンの横でボンは耳を振った。

おっとり家 -Old Story-

おっとり家 -Old Story-

小学校を卒業し、中学入学までの春休みを満喫する楠あやめと油菜むぎ 暇な時間でいろんなことをする2人を追っていく! 中学生になってからは1人友達が増えさらにいろんなイベントが目白押し! 3人のほのぼのライフをあやめの姉妹やその友達と共に描く日常系物語! *この物語は現在執筆中の漫画版おっとり家の時間を少しさかのぼった小説になります。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-06

CC BY
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  1. 春休み
  2. 楠家