繋がれたイヌ

繋がれたイヌ

裸体で地面に手をついて舌を出し、虚ろの目玉で我を見る四足歩行で歩く犬よ！
さぁ！さぁ！さぁ！
我の為に汗を吹き、骨を折り、声も枯れ、鞭で打たれ何時十時間も這いつくばって我に美食を喰らいさせよ！貴様ら犬は、皮と骨で痩せ細り、我を肥えさせよ！それが貴様らの宿命なのだ！
スーツを身に付けた豚は牛皮のフカフカの椅子に脚を組んで座っている。そして時折、椅子から立ち上がって窓から景色を眺めてみる。窓の外には五本指の手を地面につけて四足で歩く裸の犬が大勢、この建物にぞろぞろと入ってくる。また、全ての犬の首にはプラチナの首輪がついており鉄の鎖を垂らしている。その鎖の先にはこの豚のいる建物へと繋がっていた。犬は千切れそうな舌を苦しそうに出し、顔の表情もどこかしら疲れ切っている。そうした事は豚には関係のない事だ。犬は建物に入り地下へと向かう。
嗚呼、何故生きる事がこれ程までも血を吐く様に苦しいのだろうか。犬はいばらのムチで肉に食い込む激しい音と共に打たれ、地下の奥にある淡く光る青い石を拾う。その石は犬のかすれた叫び声が酷くなる程、美しく輝いた。
休憩なんてものは勿論ない。回りを見渡すと石を拾い滑車の付いたロープの先にある短冊状に作られた籠に入れる裸体の犬たち、そしてヘルメットを被った子豚が腕を振りかざしてムチを打っている。洞窟の暗い闇と湿気た蒸気、硬い岩と石しか存在しない場所で青い光でその中は照らされる。
途中、いく匹の犬が泡を吹いて息絶える。しかし誰も、そして子豚も気にも止めない。この犬の所為だし最も関わりたくない。いやそれよりも、この輝く石ほ方が価値があるのだ。その犬に注意をひく時間があるのならば、モット拾え！モット籠に入れよ！モット石よ輝け！犬の代わりなど幾らでも居るのだ！
それがこの世の求める物。
夜、外がようやく暗くなった頃。犬たちは地上へと上がれる。裸体の傷ついた身体を動かし、黒い土や砂と汗を垂らしてスーツを身に付けた豚の前に集まる。
スーツを身に付けた豚は赤い金の刺繍で施された上等の椅子に座っている。偉そうに肘をつき、脚を組み、犬共を軽蔑の瞳で眺める。
裸体の犬たちは這いつくばっている姿勢を更に低くして長い髪の毛が生えた頭を下げる。そして子豚たちは犬の周囲に集まり小さな割れたビスケットを緑色のバケツから取り出して配り始める。
月1の餌の時間だ。これは豚からの報酬だ。淡く光る青い石の報酬。
スーツを身に付けた豚は忌々しそうな顔をしつつ、笑顔で述べる。我の発展の為に執念を燃やし石を拾った事を感謝するぞ！嗚呼、これからも我の発展の為に宜しく頼むぞ！
豚の有り難い感謝の言葉だ。皆、静かにして耳を傾ける。
ここで豚は喉が渇いたので、子豚に用意させた葡萄酒をゴブゴブと喉を鳴らして呑んだ。犬たちはペコペコとお辞儀をして豚に数々の感謝の言葉と御礼の声をかける。豚は面倒くさそうにゲップした。
そうした後、犬たちは住む小屋へと弱々しい足取りで消えていった。
翌朝。犬たちは家族を引き連れてデパートの展示されている商品や食事するレストランを歩きまわる。
しかし犬の首には首輪がついており鉄の鎖は外へと出ている。美しく華やかな展示物の店員の犬にも鉄の鎖が繋がっている。レストランのウェーターの首にも鉄の鎖が繋がっている。
犬の一匹は家族と一緒にあるレストランの中に入った。レストランのメニューのお粥が美味しそうに見えたからだ。スグに注文してウェーターを呼ぶ、蝶ネクタイを着けた裸体の犬は鎖を垂らしてやってきた。
はい、はい、はい、はい、分かりました。スグに、スグに、お持ち致します。蝶ネクタイを着けた犬はキッチンの奥へと向かう。
お腹を空かして待つ事十五分、蝶ネクタイを着けた犬はガラガラと台車を押して、お粥を持って来た。が、ブンブンと変な音色が聞こえてくる。
羽音を立てて蝿がお粥にたかっている。色も黒い。鼻が曲がる臭いがする。
嗚呼、しかたいのだ。今の時代、メニューと商品なんて合わせる気なんて毛頭ないのだ。
犬の家族は黙って食い。割れたビスケットの欠片をさらに割って、ウェーターに支払った。
久しぶりの休日もこんなものか。
翌朝、犬たちは何時ものように、それが当たり前のように、それが変わらない事を恐れて、豚の地下へと向かった。
鞭で叩かれる犬、罵声を浴びる犬、死に掛けても目の一つも合わせない犬。
突然、雷鳴の様な声が暗い穴の中で響き渡った。
「こんな、意味の無い、価値の無い事なんて続けるものか！俺は辞めるぞ！」
その言葉に犬たちはその叫び声を上げた犬を見た。ヘルメットを被った子豚もその犬を見た。
そして瞬時にその一匹の犬の元に集まり言い始める。
この場所以外に行く所はあるの？生活はどうするの？将来はどうするの？家族もいるんでしょ？もっと頑張ろうよ？豚への恩義は？今だけが苦しいだけだよ？
黙れ！黙れ！黙れ！
俺はこんな犬は真っ平御免だ！
イヌはそう言って、地上へと駆け上がる。繋がれた鎖を砕く。豚の敷地から飛び出して大地を走り出した！恐怖や怖さもある、だがそれ以上に大切な物がある事に気付いたのだ。その姿はたくましい一人の人間へと変化していた…