雨

布地に覆われていない肩に冷たい風が当たり、目を覚ます。
梅雨入りもしようという蒸し暑いはずの季節に似合わない冷たさだった。まだ覚醒していない頭で、雨音を聴く。

昨夜は蒸し暑く、窓を少し開けたまま寝ていた私はタオルケットをかけ直し今日は雨か、なんて思いながら冷たい風を感じつつ眠気と覚醒の狭間を愉しむ。携帯の画面を確認しそろそろ起きなければならない時間帯であることに少しため息をつき、身体を起こす。別に今日は休みだから、絶対に起きなければならないわけでもないんだけど。こんな日に、惰眠を貪る必要はない。
タオルケットを身体から滑らせ、ベットに置き去りにする。煙草とライター、灰皿を持ってベランダの窓に手をかけ、灰皿を外において煙草に火をつける。火のついたままの煙草を右手に持ち、そのまま大きく身体を伸ばす。

「今日は、いい雨だなぁ。」

蒸し暑くて湿気の多い梅雨の雨は大嫌いだ。髪はうねるし、纏まらないし、身体はべたつく。冷たい雨はすごく好き。気持ちは落ち着くし、音が心地よくていつもとは違う思考回路が働く気がする。のんびり煙草を愉しんで、灰皿に短くなった煙草を押し付ける。雨の日に落ち着くっていう誰にだってあると思うこの思考回路は、誰とも共有しあうものでもないと思っている。いつもよりセンチメンタルなことを言えたり、いつもの休日よりずっとお洒落に過ごしてみたり、SNSにちょっとクサい台詞を書き込しれない。私はだいたいいつも作らないような凝った朝食を作って食べたあと、窓辺で長い間雨を眺めている。冷たい風と部屋に流れる空気が心地よくて、一人で過ごしたくなる。

梅雨入りしたら、こんな日よりもイライラしたり、気持ちがざわついたりする日のほうが多いんだろうけど。好きな小説や漫画や好きな音楽を聴いて、たまに煙草に火をつけて微睡んで、また纏まらない考えを思考回路の中に張り巡らせる。

良いことや楽しかったこともあれば、しまいこんでおきたい記憶が呼び覚まされることだってある。

「そう言えば、冷たい雨の日だったな。」

煙草を勢いよく吸い込み、煙を溜め息にして吐き出す。いつも傍にいた大切と言えるどれだけ知っても掴めない貴方から、最後の言葉を貰ったのもこんな日だった。別れる、と言葉に出したわけでも無いけど身を引くには十分な態度と言葉だった。
私よりも大切にしたいものがあって、それでもいいと貴方に縋りつかなかったのは最初だけで、次第に貴方に踏み込む私に嫌気が刺したのだろう。そこまで縋りつきたいと思っていたわけでも無かったのに、自分の心の中が貴方で侵食されていくのに私は気付けなかった。

「苦い思い出だねぇ。」

煙草をくわえたまま、キッチンに向かってコーヒーを煎れる。熱いコーヒーカップを持ってソファに腰を落ち着けると、そのまま煙を吐き出す。静かな雨を見ながら目を閉じて雨音を聴いていると、思い出した苦い記憶も少しずつ薄れていく。時間が経つごとに、記憶から思い出されることも少なくなるのだろうと思う。ただ、気持ちは思い出すたびに鮮明だ。

この季節が来て、冷たい雨が降る日は。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-06

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