Dusk

 ある家に住む女の子には好きなものがたくさんありました。
 青緑色のクレヨンと、それと同じ色の屋根をした女の子の家。おばあさんの作る温かいホットミルク。おかあさんが作ってくれたテディベア。おとうさんが譲ってくれた古いカメラ。おにいさんが読み聞かせてくれる絵本。おじいさんが若いころに作ったという音楽。四季折々、日々変わった模様を見せる空。そこに翼を広げてどこまでも飛んでゆく鳥。鳥のような気分を味わえるブランコ。どれも女の子の大好きなものです。中でも一番大好きなのは、女の子の好きな青緑色のひとみをしたまっ黒な猫です。
 捨てられて黄昏に溶け込んでしまいそうだった猫を見つけれくれた女の子が大好きだった猫は、女の子に飛びきり懐いていましたから、いつでもどこでも女の子と一緒でした。
 クレヨンで絵を描くときも
 ホットミルクを飲むときも
 テディベアと遊ぶときも
 カメラのシャッターを切るときも
 絵本を読み聞かせてもらうときも
 おじいさんの音楽を聴くときも
 空をながめるときも
 ブランコを高くまで漕ぐときも
 猫が小鳥を捕まえようとするときを除けば女の子もその家族も、猫のひとみと同じ色のリボンをつけてとても可愛がっていました。家のそばに捨てられていた猫にはリボンだけでなく、女の子が一晩かけて考えた素敵な名前もありました。女の子の猫はとても愛されていたのです。


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 けれども先日、猫は女の子の膝の上で撫でてもらいながら眠りについてしまいました。女の子の膝の上は猫の定位置で、女の子が座っていた暖炉の前は女の子の定位置でした。そこは女の子と猫が一緒に過ごす中で、最も居心地の良い、大切な場所でした。
 その日から女の子はどこかうつろ気になってしまいました。おじいさんもおばあさんも、おとうさんだっておかあさんだって、毎晩のように頭を撫でるお兄さんと同じように女の子を心配していました。それに気付けないくらい、女の子は自分の隣に猫がいないことがショックでした。


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 ある日女の子は少し離れたところにある公園まで一人で遊びに行きました。おとうさんとおかあさんに許可をもらえたら猫と一緒に日が暮れるまで遊んだ公園です。いつものように、まっすぐブランコへと向かい空を見つめます。キイキイとさびれた音を出すブランコに女の子はすぐに飽きてしまいました。そのままふらふらと頼りない足取りで街中の方へと歩いていると、鳥の鳴き声が聞こえました。綺麗な鳴き声の鳥は女の子を誘うように、頭の上でくるくると旋回するとさっきまでいた公園の方へと飛んで行きます。女の子は慌ててそれを追いかけました。すると、だんだんと女の子の周りには金平糖のように可愛らしい小さな星がいくつも飛び交いました。それは女の子の足場になって、いつの間にか宇宙のどこかにある星に女の子を送りました。女の子はまるでお兄さんが読んでくれる絵本のようだと思いました。
 女の子がきょろきょろと周りを見ていると、その星には女の子と同じ年くらいの外套をまとった男の子がいました。女の子は臆することなくその子に話しかけに行きました。

「はじめまして。君は何をしているの?」
「こんにちは。僕は見ているんだよ。」

 女の子は男の子が自分と同じように「はじめまして」を言わなかったことが少し不思議でしたが、男の子が何を見ているのかの方が気になって仕方ありませんでした。
 聞いても教えてくれそうになかったので男の子が座っている、家にあるものとよく似た椅子の隣に並んで、男の子が見ている者を見ようとしました。
 でも、宇宙には星がたくさんあって、それ以上にまっ黒がたくさんあるので何を見ればいいのかわかりませんでした。つまらなくなって男の子に興味を移します。

「ねえ君の名前はなんていうの?」「ごめんね、教えられないんだ。」女の子は名前を教えてはいけないことがあるのかととても驚きました。
「どうして?」

 女の子の問いかけに男の子は悲しそうな、何も考えていないような、良く分からない表情で言いました。

「かえりたくなっちゃうからだよ。」


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「どうしてここに来たの?」

 しばらくしてから、男の子は初めて自分から女の子に声をかけました。

「…大好きな猫が死んでしまったの。さびしくて空を見ていたら星が連れてきてくれたの。」
「そう。」

 優しく言った男の子はミルクをひとくち飲みました。女の子は驚きました。さっきまでミルクはなかったからです。

「どうしてミルクがあるの?」
「僕が欲しがったからさ。」
「ここは欲しいものがなんでも勝手に出てくるの?」
「ううん。」

 もうひとくち飲むと男の子はほうっと白い息をこぼしました。男の子がこぼした白い息は小さな星になってキラキラと輝きながらまっ黒に散らばりました。

「もらったものは無限に出てくるんだ。」
「もらったものだけ?」
「もらったものだけ。」

 どうしてもらったものだけなのか女の子が考えていると男の子はぷくりと頬を膨らませました。男の子が女の子に見せる初めての表情の変化でした。

「どうしたの?」
「鳥だけはどうしたってくれなかったんだ。」

 男の子はすねていました。女の子はそれが可笑しくて笑いました。あんなにも綺麗な声でかわいい鳥をもらえないなんてとても残念だと思いながら笑いました。


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 ぱしゃりとシャッターの音がまっ黒な宇宙の中に響きました。
 男の子が音のした方を見てみると、女の子が笑ってカメラをきっていました。

「君がもらったものなら出てくるって言ったから、おとうさんにもらったカメラを想像してみたの。」

 そしたら出て来たわ!と女の子は喜んで次々にカメラのシャッターを切りました。

「僕ばかりが撮られるのはつまらないから他のものを出してよ。」
「じゃあおかあさんにもらったテディベアを出すわ。」


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 ミルクを飲んだり写真を撮ったりテディベアで遊んだりして楽しんでいると、女の子はふと気が付いたように男の子に質問しました。

「ひとりでさびしくないの?」
「どうして。」男の子は意表をつかれたようでした。
「ここには君以外いないみたいだから。」
「今はふたりじゃないか。」
「そうじゃなくて。」

 男の子は女の子に落ち着かせるように、会話を終わらせるようにミルクを渡しました。そして納得のいかないような顔の女の子に、はっきりと言いました。

「さびしくないよ。」

 初めてちゃんと合わせた男の子のひとみは青緑色でした。


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 まっ黒なかみ 青緑色のひとみ まっ黒な外套
 まっ黒な外套を止めているリボンは、女の子がとても見覚えのある青緑色のリボンでした。

「もしかして君はあの子なの?」

 男の子は悲しそうな、何も考えていないような、それでもやっぱり悲しそうにうなずきました。


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「僕の容姿はすべて僕が僕のとうさんとかあさんからもらったもの。リボンはあなたが僕の瞳と同じものをわざわざ探して選び出してくれたもの。」

 男の子が出していたミルクはきっと毎日あげていたものだと女の子は思いました。(鳥だけはどうしたってくれなかったんだ。)鳥が好きな女の子は猫に一度も取りを上げませんでした。
 女の子が猫――男の子の名前を呼ぼうとすると男の子はくちびるに人差し指を当てて「しー。」と言いながら制止させました。そしてそのまま人差し指を女の子の後ろに向けました。

「迎えだよ。」


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「いや、帰りたくない、おいていかないで!」

 女の子が近づいてくる金平糖のような星におびえて泣き崩れると、男の子は微笑みました。

「もし君が、世界のすべてに興味をなくしてしまったのなら、いつでもここへおいで。待っているから。でも、それまでのしばらくは、お別れしないと。」

 星が女の子をすくい上げました。バランスをくずしてしまった女の子は星の中にころがり込みます。そうすると星はゆっくりとどこかのある星からはなれだしました。

「僕はいつだって君を見ているよ。」

 男の子はとても幸せそうに笑って手を振りました。


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 気が付くと、女の子はブランコに座っていました。何回かブランコを前後に揺らしてから家に帰って、いつもの椅子を暖炉の前にいつものように置きました。
 そして、いつものように腰をかけて、いつものように猫を撫でることはしないで手は膝の上に置きました。

「君が言ったように、つまらなくなったらそっちに行くね。」
「寂しいことはないって言っていたけど、長く待って寂しくなったらごめんね。」
「そっちに私が行くまで、ちゃんと見ててね。」
「おやすみなさい。ダスク。」

 優しく揺らめいた暖炉の炎は、まるでダスクが返事をしたように見えました。

Dusk

Dusk

命(?)についてちょっと考える女の子とその猫のお話。 好きなものが沢山あることは素敵なこと。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-02

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