ダンデリオン

 ここはダンデリオン。とても古い街だ。
 春になると街中にタンポポの綿毛が舞う事からその名が付けられたと云う。
 そんなロマンティックな名前があるにも関わらず、この街にはおかしな異名がある。
 オードブルにアイスクリームを舐めるような人たちが住むこの街に、ボクは半年前にやって来た。
 この街の甘い空気にも、空に浮かぶ雲がコットンキャンディーやマシュマロに見えると言う人たちにも、コーヒーを頼むとなぜか噎せ返るような甘さのホットチョコレートが出てくる事にも、最初はなかなか慣れなかった。
 けれど、半年経った今ではすっかりボクもこの街の住人だ。ホットチョコレートにも噎せる事はなくなった。
 「甘党の街」という異名を持つこの街で、ボクは今日もアイスクリームを売る。
 「こんにちは!」
 「こんにちは、お兄さん。ストロベリーとバニラのミックスアイスはあるかしら」
 「もちろん」
 「じゃあそれをひとつくださる?」
 「喜んで!」
 この街の人たちに合わせて作った甘いアイスクリームを、これまた甘いチョコレートがかかったコーンに乗せる。出来上がったアイスクリームを差し出すとお客さんは嬉しそうに笑った。
 「ありがとう。とっても美味しそうね。また来るわ」
 「ありがとう!良い1日を!」
 お客さんに手を振ってからワゴンの中のアイスクリームを見る。
 色鮮やかでかわいらしい姿をしているが、ボクにはカロリーの化け物にしか見えない。だけれども、これが街の人たちにはたまらないのだ。
 ボクの国ではどちらかと言うとしょっぱい物を食べるから、ここの甘過ぎる食べ物は慣れない味がするし正直苦手だ。
 それからもボクは5分に1人くらいの頻度で来るお客さんを笑顔で迎えた。
 お昼も過ぎ、客足が落ち着いた頃、一風変わったお客さんがボクの店に来た。
 ここでは珍しい黒い髪の、ボクと同い年くらいの男の子は、ボクのおすすめを訊くとそれをひとつ買って行った。
 夕方になるとほとんどのアイスクリーム屋が店を閉める。
 みんなが店仕舞いをするのに合わせて片付けてから、家に向かってアイスクリームワゴンを引き始めた。
 いつもボクが店を開く公園から家までの一本道を歩いていると昼前にアイスクリームを買ってくれたお姉さんに会った。
 「さっきは美味しいアイスクリームをありがとう」
 「そう言ってもらえて嬉しいよ。ぜひまた来てね」
 「ええ、もちろん。素敵な夜を」
 「あなたもね!気を付けて帰って!」
 お姉さんと別れてからまたゆっくりワゴンを引き始める。
 ボクは街中が黄金色に染まるこの時間が好きだ。家々がほんのり染まってそれがとても綺麗で、こういうところはボクの国と変わらなくて、なんだか少しほっとする。
 あたたかな光を背中に感じながら10分ほど歩くと家に着いた。
 片付けを済ませてから、イスに腰掛けてようやく一息つくと、暑そうな格好をした妹が向かいに座った。
 「今日は不思議な人に会ったのよ」
 「そういえばボクの店にもここらじゃあまり見ない人が来たよ」
 「もしかして黒い髪と瞳の男の人?」
 「うん。どうやら同じ子みたいだね」
 「もしかして、お兄ちゃんのところのアイスクリーム食べたの?」
 「キミと考案したのを買って行ったよ。甘くて驚いたんじゃないかな」
 「とても甘かったって言ってたわ」
 「はは、だろうね」
 ボクのアイスクリームを舐めて顔を顰めるあの男の子を想像して、思わず笑ってしまった。きっとここで初めてアイスクリームを舐めた時のボクと同じ顔をしていた事だろう。
 この街の甘さに溺れないように今夜は少ししょっぱいチーズフォンデュを食べよう。そして寝る前には妹の作ったホットレモネードを飲もう。
 こうしてボクらはこの街で上手に泳ぐのだ。

ダンデリオン

どっかのお兄ちゃんのお話。

ダンデリオン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-06

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