雨の日ランドリー

雨の日ランドリー

雨の日ランドリー


フロントガラスに大粒の雨が降り注ぐ。
「今日はスゴイ雨ですね〜。この雨の季節は主婦の皆さん、大変苦労しているではないでしょうか?さて、次のお便りはペンネームらっきょ太郎さんからです」
軽トラックを運転する車内で電波を受信したラジオが可愛らしい口調で語りかける。エアコンの調子が悪く蒸し暑い中、雨の影響で窓ガラスも降ろす事ができない。運転手は少々苛立ちを感じていたがラジオの声に耳を傾ける事でこの暑さをゴマかそうと思った。
ラジオはスピーカーから振動を鳴らして喋る。
「最近、雨が降って中々洗濯物が乾きません!そこで私は久し振りに近所にあるコインランドリーに行く事にしました。コインランドリーに到着するとやはり、中には私と同じ考えを持った数人の方が洗濯物を機械に入れて、固いソファーに座り乾燥を待っていました。」
ラジオの喋り手は一度ツバを呑んで続ける。
「私も洗濯物を抱えて、丸い窓の様なドアを開けて洗濯物を放り込み、固いソファーの上に私もお尻をかけました。と、私の視界に数人の洗濯物を待つ人が映ります。目がキョロキョロとした痩せた主婦、その喋り相手である太った主婦。油汗をかいたスーツを着けたサラリーマン、神経質そうな目眼をかけた学生、鼻の高い外国人です。私は時間潰しにその数人の観察をする事にしました。」
運転手は機械を捻ってボリュームを大きくする。ラジオの可愛らしい女性の声は車内にまるで、居るかの様に話し始める。
「人間観察ですか〜、私も人混みの多い所ではついついやっちゃいますよー、その後どうなったんでしょうか?続きを読んでみますねー」
「私はまず最初に目がキョロキョロとした主婦を…」

私はまず、最初に目がキョロキョロとした痩せた主婦を見た、口がゴムの吸気口の様にグニャグニャと動き、旦那や子供の噂話や近所に住む人の文句を言っている。そして隣に座っている太った主婦は石像のマネをしている風にピクリとも動かず、その言葉のマシンガンを連発する主婦の声に耳をジッと傾けている。
次に私は黒い重そうなスーツを身に付け、額と首から油汗を垂らしたサラリーマンを見た。サラリーマンは黄色く黄ばんだハンカチを額にあてて拭いているが、拭けば拭くほど皮膚から湧き出てくる様に見える。また黒豆を詰めこんでいるではないかと、思うほどに鼻の穴は大きくそこから吸った空気を力強く吐いている。
そのサラリーマンから2メートル先の横に座っている、神経質そうな眼鏡をかけた学生はノートパソコンでカタカタとキーボードを打ち込んでいる。今時の学生にしては髪の毛をしっかりとシチサンに整え、ワックスで固め、険しい表情をしている。まるで上々企業のサラリーマンに見える。
最後に、白い壁にもたれ掛かり耳にイヤホンを押し込み音楽を聴いている、鼻の高い外国人を私は見た。ポケットに手を入れ曲に合わせているのか?首を小さく振ってリズムを取っている。するとポケットから携帯を出して画面を確認し始める。金髪の長い髪の毛が画面を隠して本当に画面が見えているのか、少しだけ疑問に思った。
私はこうして観察し終えた後に、何故かまぶたが重くなりウトウトと眠りについていた。固いソファーに上半身を横たえて軽い寝息を立てていた。

ガヤガヤとうるさい声が聞こえる。
私はその声たちによって目を覚ました。目を擦って声のする方向を見ると私は胃が口の中から飛び出してきそうな程に驚いたが押さえ込んだ。
何故ならさっき観察をしていたあの数人はまるで宇宙人か、火星人か怪人かの様な容姿へと変貌していたからだ。
目がキョロキョロとした痩せた主婦は言葉を発しているが、身体中の皮膚が緑色に変色し、ところどころからコケが生えている。また頭からは触覚の様に目ん玉が飛び出で、黒い瞳を回転させていた。その隣に座っていた太った主婦は水風船の様に膨張して、目がキョロキョロとした緑色の生き物に変貌した者の上でプカプカと巨大な風船として浮かんでいる。
どうやら私がこの2人を見ていた事に気付いたらしい。身体中の皮膚にが緑色に変色した元目がキョロキョロとした痩せた主婦が私に話しかけてきた。
「そこのお前!何さっきからアタシたちを見ているのさ!何かオカシイ事でもあんのかい!」無駄にキーの高い声で私に言い放つ。ピンク色の上唇を動かしている光景が気持ち悪い。その言葉に風船の様に浮かんでいる主婦は口をモグモグさせて黙っているが身体をゆっくりと旋回させて口を開けた。
「こいつー、こいつー、人間だ、人間だ、地球人がアタシたちの船艦に紛れ込んだー」
そう言うと身体を膨らんで、しぼみ、膨らませて、しぼませて、心臓の鼓動の様な音を鳴らせた。
私は余りにも目の前の状況が理解できず、気が動転してまいスクッと立ち上がって洗濯物を取り出してこのコインランドリーから逃げ出そうと思った。
後で思い返した事だが、私はバカだからさっさとコインランドリーから出れば良いのに、わざわざ洗濯物を取り出そうと思ったのはある意味肝が座っているのかもしれない。
それは置いといて、私は機械の丸いドアを勢いよく開けたのだ。
ドザザザァー!
機械の中からピンク色の物体が赤い液体を跳ねて飛び出してきた。
その物体を見た。皮膚が緑色の生物と空中を浮かんでいる2人の元主婦は声を上げた。
「アタシの牛の胃袋が落ちたじゃないかい!まだ乾燥は終わってないんだよ!」
「こいつー、こいつー、アタシの巾着袋と知恵袋を床におとしやがったー、まだ半乾きー」
私は2人の言葉に絶句して後ろに後ずさりをしてしまった。と、後から私に声をかける者がいた。
「これこれ、勝手に機械から洗濯物を取り出すんじゃないよ」
私はその言葉にクルリと振り返った。
半透明でロウソクが溶けた後の様なグニャグニャとした姿に黒い重そうなスーツを着けていた。またネクタイを締めている襟から数センチの所に大きな穴が二つあって空気が吸い込まれていく。嫌な事に頭らしき場所から赤い目玉がジッと私を見つめていた。
こいつはさっき見た、油汗をかいていたサラリーマンだろうか?そう思っていると元サラリーマンらしき人物は話しかけてきた。
「どうやら君は地球人らしいな?それなら奴らの食物なんて食わないだろ?君にこれを差し上げよう」
そう言うと機械の丸いドアを開けて中から、ピチピチと尾を振る生きの良いサンマを取り出して私に渡そうとする。
もちろん、その好意にためらうがロウソクに似た生き物はサンマをグイグイ押し付けてくる。
しかたなしに私は手を出して受け取ろうとすると。
「マッテ!ソノサカナハ!地球人がタベル、サカナではアリマセン!」
私が伸ばした手を硬くて冷たい物質が叩いた。
床に落とされたサンマの魚は衝撃を受けた途端に鋭い牙を出して、床に貼ってあるタイルをバリバリと食いつき始めた。
私の手を叩いた者を見た。四角いレトロチックなロボットが私の顔を覗き込んでいた。丸いレンズの眼鏡をかけ、片腕にノートパソコンを持っている。このロボットはもしかして、さっき見た神経質な顔をした学生なのか?私はそう思った。
「キヲツケテ下さい、このサンマにヨク似たセイブツはタロント星の雑食セイブツで、一度クライツイタ物には、このセイブツが満足スルマデ決してハナレマセンヨ」
その声は機械音は旋盤を切り込む様な声で私に向けて言う。そしてロウソクが溶けた姿のスーツを着た生物に向かって言った。
「オオグマ星人!ショウショウ、オフザケガ、スギテマスヨ!」
その言葉に黒いスーツを着けた元サラリーマンらしき者は言う。
「は、は、は、冗談だよ、冗談」そう言うと元いた場所に座り込む。ロウに似た物体がドロドロと溶け始める。
座り込む姿を見届けてから、私に向かって話しかける。
「オオグマ星人はフダン大人しいがトキに意味のワカラナイ冗談を言う」
そして無機質な腕を上げて皮膚が緑色の生物と風船の様に浮かんでいる2人の説明をし始めた。
「あの、触覚の様にノビタ、メダマノ持ち主ガ、フタゴ星人」
「フウセンノヨウニ、ウカンデいるのがテンビン星人です」
「あの2人ハ、ウワサ好きな、珍味ズキな、宇宙人デスカラ、キケンはアリマセンヨ」
私はその事を聞いて眼鏡をかけたレトロなロボットに質問した。
「ボクデスカ?ボクはサソリ星人の無人偵察機、カイバシラくんです」
そう言うと不思議そうにして私に問いかける。
「アナタハ、地球人ラシイデスガ、ドウヤッテこの船に? ふむふむコインランドリーと言うバショデ、洗濯物をアライニキタと?それはオカシイデスね?この船は宇宙調理キッチンでスヨ?コノ丸いドアのキカイにトウニュウすると乾燥サレて混ぜられて、混合料理を製作スルノデスヨ?ボクだってこの、マグネシウム合金と粗骨材を混ぜて料理の製作チュウデシテ…」
私はこの眼鏡をかけたレトロなロボットの話を聞いて納得する事にした。でないとこの状況が意味不明すぎるからだ。しかし、ふとある事に気付いた。
私はもう一度ロボットに質問した。
「え?ナニナニ?イヤホンをしたハナのタカイ、外国人?地球人のガイコクジン?アナタのいたコインランドリーはその人物がイタデスカ?コノナカニイル、メンバーの中にいた?オカシイデスね、この船の宇宙料理キッチンにはココにいるセイブツしか最初からイマセンヨ」
私はその言葉を聞いて腑に落ちなかったが知らないのは仕方がない、これもまた納得するしかなかった。
そこでレトロなロボットは何かを思い出したかの様にして言った。
「キイタコトガ、アルノデスガ、この宇宙調理機で捕獲シタ各星のセイブツを混ゼテ食ベル事が流行ってイマシテ、ソノナカニハ、高度な知能ヲモッタセイブツも誘拐されタベラレル事件が起きているト」
「モシカシテ、アナタがココにいる理由がそんなコトかも…」
眼鏡をかけたレトロなロボットは静かな機械音で言った。

ちょ…、ちょっ…ちょっと、ちょっと!
誰かの声と共に私の身体は激しく揺さぶられて声をかけられた。
「ちょっと!あなた!目を覚ましなさいよ!あれ、あなたの洗濯物でしょ?早く中身を出してくれないかしら!」
キーキーと猿の様な声で私は起こされる。
私は深く眠っていたらしい。目の前で目がキョロキョロとした痩せた主婦が私の身体をさすって言葉をかけていた。
「アタシ、次の洗濯物を洗いたいんだけど!さっさとどかして頂戴!」
そう言われて私は周囲を見回す。
目がキョロキョロとした痩せた主婦は目の前にいる。その後ろに座っている太った主婦は石像の様に黙っている。私は首を横に振る、そして額と首から油汗を垂らしたサラリーマンを見た。サラリーマンは黄色く黄ばんだハンカチを額にあてて拭いている。また視線を横に動かす。固いソファーに座っている、神経質そうな眼鏡をかけた学生はノートパソコンでカタカタとキーボードを打ち込んでいる。
最後に、白い壁にもたれ掛かり耳にイヤホンを押し込み音楽を聴いている鼻の高い外国人はいなかった。
私が寝ている間に帰ったんだろうか?そう思ってコインランドリーの窓から、まだ雨の降る外の景色を見た。
「…そう思ってコインランドリーの窓から、まだ雨の降る外の景色を見ました〜」
ラジオの声の持ち主は一つ息を置いて喋る。可愛い女性の声だ。時に一瞬、電波に雑音らしきものが受信されてビリビリと音を鳴らした。
「人間観察をしていたら、オカシナ夢を見てしまった!と言う事ですねー、らっきょ太郎さん!面白いお便りをありがとう御座います!私も家に帰ったら洗濯物を干さないと、行けませんねー、ではでは、次のお便りは〜…」
ブツッ!

軽トラックの運転手はラジオを消して、車を駐車場に停めた。
凄い雨だ。
助手席に置いてある洗濯物が入っているカゴを持ち上げて、素早くコインランドリーへと向かう。くすんだドアを開け中に入る。そして丸いドアを開け機械の中に洗濯物を放る。
運転手はそうした後、固いソファーの上に座った。
と、何かシャカシャカと音がする。音楽の音漏れだ。
運転手はその音のする方向を見た。
白い壁にもたれ掛かり耳にイヤホンを押し込み音楽を聴いている、鼻の高い外国人がいる。首を小さく振ってリズムを取っている。するとポケットから携帯を出して画面を確認し始める。そして小さい声で言った。
「今日は邪魔がいないぞ」

雨の日ランドリー

雨の日ランドリー

電波を受信したラジオが声を発する「今日は雨がすごいデスね〜。洗濯物が乾きませんッて言う、お便りが沢山届いていますよ!何々?今日はコインランドリーに行きましたら、そこには不思議な人が数人いまして…」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-05

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