右手

右手

私の左手、貴方の右手。
私よりも冷たい貴方の右手に手を伸ばして、すぐに引っ込める。
目線を少し上にして、前を見る貴方の顔を少し眺める。ふと目線を反対側に戻したところで、貴方は私の左手を取る。人差し指と中指を掴むと、少し指に力を入れてから貴方より小さな私の指を包み込む。

今日あった色んな事、明日からの色んな事を話しながら歩く。時折手が離れると、風が手のひらを撫でて少し気持ちがいい。手が離れるのは一瞬で、すぐにまたどちらかの手がどちらかの手を捕まえる。一緒に居るようになったころ、手に触れることは苦手だった。誰かに見られることも嫌だったし、何より恥ずかしい気持ちと、自分の鼓動が大きくなるのがわかる感覚にどうしても慣れなかった。

まだ、隣に居るのにも距離があった時。顔を真っ赤にして自分の鼓動と戦う私の右手を突然掴んだ貴方は、何も言えず口を開く私の右手を胸に寄せ、私と同じくらい顔を赤くして言った。

「俺だって、緊張してるんだよ。でも、そばに居たら触れたい。俺が手を伸ばすと少し肩を震わせるけど、平気でやってるわけじゃないんだよ。だから、わかって。」

すっかり日の落ちた人気のないベンチで、それでもわかるくらいお互い顔を真っ赤にして私達は両手を握った。

「心臓、うるさい。」

どれくらいそうしてたのかもう覚えてないしその時はわからなかったけど、泣きそうな顔で正面も向けない私の手を強く握り返して、貴方は言ったね。

「もう、行こっか。」

両手のうち、先に私の左手を離した。少し間を開けて、右手も離れた。あぁ、もう離れちゃうのか。なんて思って立ち上がった私の右手を貴方は取った。驚いて貴方の顔を見上げる私に少し余裕のある笑顔を見せて言った。

「真っ赤。」

貴方のせいだよ。
と心の中で大きな声をあげ、家に帰ってから文章でそう伝えた。

二人で居る時はゆっくり手に触れて、少し強く握ってから繋ぐ。口に出した訳でも、約束した訳でもない。一旦一呼吸が、まだ私たちには必要だ。

駅にたどり着く。またね。って言い合って、反対方面のホームの入り口ギリギリのところで手を離す。どちらかが見えなくなるまで見送って、歩き出す。ホームに着いて、どちらかの電車が発車するまで、顔と携帯の画面を交互に見合わせて、たまに笑い合う。一人になって手の平を少し眺めると、心臓がぎゅーっとする。離れると苦しい。

ただ、一つ変わった事。
繋いでいる間うるさかった心臓は、不思議と落ち着くようになって嫌なことも忘れられる特効薬になった。口には出さないけど、キスをするときも、身体を重ねる時も、眠る時も手を離さない貴方を愛おしくも思えるようになった。

口数が少ないのは、未だ緊張してるかもしれないけど。

右手

二人とも、二人が大好きです。好きな人と歩くその距離や温もり、離した時の冷たさを感じて貰えればな、と思います。

右手

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-05

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