金曜日の朝
拙い妄想を拙い文章力で掌編にしたらこうなりました。
「いただきます」
手のひらを合わせて呟きながら、何気ない素振りを装って視線を横にずらす。
視界が捉えたのは、前方斜め左の少し離れた席にこちらを向いて座る女子学生だ。
今日も割り箸を握りしめ、小さな容器に入った納豆を神妙な面持ちでかき混ぜている。
——と、規定の回数まぜ終わったようで、女子学生は頬を緩ませて納豆をご飯に盛りつけ始めた。
朝7時台の食堂は、とても静かだ。
まばらに座って朝食をとる学生が時折たてる食器の音が、朝の冷えた空気に響く。
例の女子学生をずっと眺めているわけにもいかず、左手で味噌汁の入った容器を持ち、唇に近づけて少しだけ啜る。
まだ熱い。つい先ほど配膳したのだから当然だ。
息をそっと吹きかけて熱を冷ます。湯気が立ち上り、顔にほのかな熱を残して消えていく。
もう一度汁を啜ると、心做しか飲み易くなっていると感じる。
口に含んだ分を飲み込むと、喉から食道にかけて、あの熱さが優しく染み渡る。
ほっと一息ついて再び女子学生に目を向けると、彼女も味噌汁を飲んでいた。
ご飯に納豆に味噌汁。彼女の朝食のメニューはいつもその3つだった。
この食堂の営業開始時間は午前7時50分。朝の時間帯は朝食用のバイキングが提供されている。
1時限目の講義は8時半から始まるので、その前に利用する学生も少なくない。
自分と、あの女子学生もそうした生徒だった。
食堂が開いた少し後に訪れると、彼女はいつもバイキングの列の1人か2人前に並んでいた。
味噌汁のコーナーで自分の分を装う彼女の後ろで待つ。
リュックを背負った後ろ姿からは、彼女の柔和な人柄が滲み出ているように思える。
そして大抵、味噌汁の入ったドラム容器の蓋を開けたままにして会計のレジへと去っていくのだ。
すぐ後ろに並ぶ人がいちいち蓋を開け直さなくて済むように、と万人に対する親切心からの行為だろう。
しかしその親切心が向けられているのは、万人の中の他でもないこの自分なのだと思うと、自然と頬が緩む。
声を交わしたことも、目が合ったことすら無い。
ただ味噌汁の蓋の開閉で辛うじて繋がっている、そんな彼女との関係がたまらなく好きだ。
ご飯を口に含んだまま味噌汁を啜る。
汁がご飯粒に丁度良く絡み付き、何度か咀嚼して飲み込む。
味噌汁は少し冷めてきたようだ。
金曜日の朝が、ゆっくりと流れていく。
金曜日の朝