ロボ将棋
そこは小さな町工場だった。工場長兼社長の本多以外、従業員はアルバイト1名のみ。今日はそのアルバイトの川崎も休みなので、本多一人しかいない。ちょうど発注の切れ目で、午前中でほぼ作業が終わってしまった。
「さてと。今日はもう閉めちまうか」
本多はシャッターを下ろし、家から持参した弁当を食べた。元々工場に隣接した自宅があったのだが、子供が勉強に専念できるよう、昨年思い切って同じ町内に新居を構えた。元の自宅は改装して事務所として使っている。
「うーん、どうしよう」
事務所には仮眠用のベッドを入れているが、さほど眠くもない。早めに自宅に戻ったところで、妻に煙たがられるだけだ。
「将棋でもやりてえな」
川崎がいる日は、たまに昼食後に将棋を指すことがある。二人ともヘボだが、ちょうど力量が釣り合っているので、毎回白熱した勝負になる。
本多は、ふと、作業台の横にあるロボットを見た。ロボットと言っても、産業用の腕だけのものだ。正式には、6自由度多関節2本指グリッパー型ロボットアーム、という。
「ボギー、おまえが将棋できりゃ、良かったんだがなあ」
ボギーというのは、本多がロボットアームの型番BG-1から付けた愛称である。もちろん、将棋も含め、ゲームなどのプログラムは一切入っていない。
「待てよ。教えりゃいいか」
本多は将棋盤と駒を持ってくると、ボギーの音声認識システムをオンにした。
「あー、えー、新規作業を命じる」
《了解しました、マスター。どのような作業でしょう?》
「まず、これを見ろ」
ボギーの上腕部に付いているカメラアイが開き、作業台の上に置かれた将棋盤を見た。
《この板を切るのですか?》
「違う違う、そうじゃねえ。いいか、これは将棋というゲーム用のボードだ。縦9列横9列で81マスあるだろう」
《わかりました。81個に切るのですね》
「だから、切るんじゃねえって言ってるだろ。ほら、このマス目に入る小さな板がいっぱいあるだろう」
本多は盤の上に駒を並べた。
《文字が印刷してありますね》
「文字というより記号かな。さあ、それをこうして向かい合わせに対称に並べるんだ。こちら側がおれ、そっち側がおまえの陣地だ。ゲームがスタートしたら、交互に駒を動かす。ただし、それぞれの駒には、動ける場所が決まってる」
本多は各駒の動きを説明した。
「動いた場所に相手の駒があったら、取っちまって自分のものにできる。相手の陣地に入ったら、ひっくり返ってパワーアップした駒になる。そうやって、最終的に相手の王将、つまり、このちょっと大きい駒を取った方の勝ちだ。どうだ、わかったか?」
《わかりました》
「ホントかよ。まあ、わかんなくなったら、いつでも聞いてくれ。それじゃ、さっそく始めよう。おまえが先でいいぞ」
《はい》
ボギーは迷わず、最初の一手を指した。
「おっ、角道を開けやがったか。ふん、いいだろう。じゃあ、こうだ」
それからが見ものだった。あれよあれよという間に本多は追い込まれ、あと何手かで詰みというところまできた。
「ちょ、ちょっと待て。今のは、なしだ。こっちが正解だ」
本多は別の手を指したが、同じことだった。すぐにまた、同じような状態になった。
《それでは、わたしの番ですね》
「ま、待て」
《待ってもよろしいですが、このあと、マスターがどのように駒を動かされたとしても、わたしの勝ちです》
「うー、うー、それじゃあ、こうだっ!」
本多は悔しさのあまり、将棋盤ごとひっくり返ってしまった。
《マスター、心配しなくても大丈夫ですよ。駒の位置はすべて記憶していますから》
(おわり)
ロボ将棋