もう一度会おう

恵と私は中学からの友達。性格は全然違うけど、とにかく気の合う友達だ。

そんな親友から私は、初めて恋愛の相談をされた。
「ねぇ、晴香、悟の事どう思う?」
そう恵から言われたのは今日の昼休み。お弁当を食べながら、唐突にそう言われた。
「どうって、別に普通。なんか、どこにでもいそうな男子って感じ」
「そっかぁ。私さ、実は悟のこと、好きなんだ」
恵は、真っ赤になりながら、そう言った。
「え…。そうなんだ。知らなかった。」
「うん。言ってなかったからね。…でさ、可能性あると思う?」
「わ、分かんないよ。でも、恵なら大丈夫なんじゃない?」
「うーん」
驚いた。恵から恋愛の相談なんてうけたことなかったから。恵はかわいい。すごく美人だ。だから、いつも告白されて、付き合っては、自分から終わらせる。そんな感じだから、恵は私に全然相談なんてしなかった。まぁ、私が恋愛下手だっていうのもあるのかもしれないけど。そんな恵が、私に初めて「好きな人ができた」と言ってくれた。それが、なんか、うれしい。


前川 悟。クラスに中でも結構地味なほうで、恵に相談されるまで、気にしたこともなかった。確か、テニス部に入っていて、運動神経は良かったような…気がする。恵は悟のどこが好きなのかな。いっつも男子といて、女子に話しかけたところなんて見たことがないし、ホント、どこがいいんだろう?
「おーい晴香!」
そんなことを考えながら、ぼーっとしてたら、恵から背中を叩かれた。
「痛った!もうやめてよ。」
「なんで、そんなぼーっとしてたの?」
「うーん、ちょっと考え事。」
「ふーん。晴香が考え事なんてめずらしい。」
恵はたまにそういうことを普通にいう。いわゆる毒舌っていうやつかな。
「うわ、ひっど。」
「で、何考えてたの?もしかして、晴香にもついに初恋の人みたいなのができちゃった?」
恵はあからさまにからかう口調でそう言ってくる。
「違うよ。ただ、なんで、恵が悟の事好きなのかなって思ってたの。」
「あぁ、そういうことか。」
多分、恵は平静を装ってるつもりだと思う。でも、顔は真っ赤だ。いつも完璧で、優秀な恵がそんな風に照れると、すごくかわいい。
「あのね、もう半年前のことなんだけど…」
恵は、そう前置きをして、話し始めた。

その時期、私、ちょうど成績が上がらなかったり、彼氏と別れちゃったりで、すごく落ち込んでたの。あ、晴香覚えてる?ほら、大地と別れたとき。ある日、部活がたまたま遅くなって、一人でバスを待ってたのよ。そうしたら、ぽつん、ぽつん、って雨が降り出したわけ。悪いことって、続くものなのよね。私、傘を持ってなくて。一応屋根があるところに行ったんだけど、12月だったから、もう寒くて。でも、風邪ひいたらどうしようとか、どうやって帰ろうとか、そのときの私にはそんなことすら考える余裕さえなかった。
いっそ、ここで風邪をひいてしまったら、楽なのかもしれないってそんな風に思ってた。
そしたらさ、いきなり男子から「これ、はい。」っていう感じで、傘を差し出されたの。
ま、それが悟なんだけどね。なんかさ、ドラマとか小説とかでよくありそうなそんな出会い方でしょう?でもね、そのあと、悟、何て言ったと思う?
「傘貸すけど、そのかわり、バス代貸してくれない?」って。
おもしろいでしょう?私さ、なんか変な人だなとか思ってついつい笑っちゃったのよ。
「おい、笑うなよ。ホント、笑い事じゃないんだぜ?俺、帰れねぇんだよ。」
「いいよ。貸してあげる。」
こうやって、なんか物々交換みたいなことをして、バスに乗ったの。
バスの中、しんとしてる中で悟が聞いてきたの。
「なんか、悩んでることでも、あるのか?」
うわ、こいつ、どうしてこんなこと初対面の私に聞くんだろう。って正直思ったけど、多分私、だれかに悩みとか色んなこと全部、話したかったんだと思う。つい、悟に全部話しちゃったんだ。引かれるだろうなとは思ったけど、口が止まらなかった。悟、その間、何も言わずにただじっと聞いてくれてた。話し終えて、悟の顔を見れずにいると、悟はただ一言、
「俺なんかに話してくれて、なんか…ありがとう。」って。
うれしかった。こんな風にいってくれる男子、初めて見た。
その時から、私は学校で悟を見かけるたびに、目で追うようになってしまった。って感じかな?


「そうだったんだ。ていうか、そんなことあったの、私、全然知らなかった。」
私は、頬を膨らませた。
「だって、恥ずかしいじゃん。今だって、すごく勇気だして言ったんだからね。」
あ、やっぱり恋してる恵はかわいい。もともとかわいいのに、その顔は反則だよ。
「でさ、悟とは、それから進展あったの?」
恵は、ん?って顔をして、帰る準備をし始めた。
「別になにも。それから、傘とお金を交換して、まぁ、それで終わり。」
「えぇ、あんだけ色々あったのにそれで終わりって、そんなもの?」
私も帰る準備をしながら、聞き返す。
「うん。だから、今のところは、私の片思い。ね、帰ろう。」
恵は教室を出て行った。
そっか。片思いか。そう呟いた私の声はきっと恵には聞こえてない。


暑い。もう、夏だなぁ。私は、ふいに空を見上げた。
恵が悟の事を私に話してくれてから、もう2カ月もたった。相変わらずまだ恵の片思いみたいで、恵から告白する気配も、悟から告白される気配もない。
「晴香!おはよう。」
恵が手を上げてこっちに向かって走ってくる。
「あ、恵!おはよう。」
私も手を振り返す。
「ねぇ、今日って雨降るんだっけ?」
「え、そうなの?知らなかった。」
そういえば、空が少し暗い気がする。
「そうだよ、確か。」
「傘、持ってないー。」
どうしよ。今日は確か、委員会があって遅くなるのにー。ま、でも、
「大丈夫。どうせバスに乗って帰るし。」
「ま、それもそうか。」
恵が笑う。こんなに暑いのに汗ひとつかいていない。やっぱり、きれい。私は思わずみとれてしまった。

あぁ、やっぱり雨降り出しちゃった。教室の窓から外を眺める。
それにしても、委員会長いなぁ。雨が強くなる前に帰りたいのに。
「では、今日はここまで。とりあえず、次の委員会までに、改善策を考えてきて下さい。起立、礼。」
委員長が言う。
やっと終わったー。よし、帰ろう。私は靴箱へ向かった。
「なぁ、悟、一緒帰ろうぜ。」
ん?悟?それって、もしかして。
私は、振り返ってみる。
「ごめん。今日、俺、バスなんだよ。」
やっぱり。前川 悟だ。うわー。恵が好きな人じゃん。無意識に、ガン見してしまう。
「オッケー、じゃあまた明日な。」
悟は、友達と別れて、帰って行った。
あ、私も帰らなきゃ。私は、急いで、靴を取り出して雨の中を全速力で走りだした。

バス停に着くと、私の制服はもうすでにびっしょり濡れていた。
もう、最悪。乾かさないとなぁ。思いながら、雨宿りが出来る場所に入った。
…人影?誰だろう?ちょっと近づいてみる。あ、悟だ。そういえば、さっき、バスで帰るとか言ってたなぁ。
「…桜木?」
悟が言った。
「え?あ、あの、そう。私。」
私は悟に近づいた。
「バスだったんだ。」
「うん。私はいつもバスで帰ってる。前川は…いつも、バスだっけ?」
「いいや、俺は、雨の日だけ。」
そういえば、恵と会った時も雨だったけ。ふと、思い出して、考える。
「そうなんだ。帰り、いつもこんなに遅いの?」
「だいたい、このくらいかな。部活、結構長いから。」
「えっと…テニス部?」
これは、恵からよく聞いているから知ってるけど、あえて聞いてみる。
「うん。」
悟がうなずく。
…。何か、話したほうがいいんだろうか。でも、そんなに話すことなんかないしなぁ。どうしよう。このまま、沈黙で、バスが来るのを待とうか。
「あのさ、桜木。」
「は、はい。」
突然名前を呼ばれて、声が裏返った。
「女子ってさ、どんなものプレゼントされるとうれしい?」
…。ん?その質問ってつまり…
「前川、誰かと付き合ったりしてんの?」
すると、悟は笑い出した。
「俺が?ないない。告られたこともしたこともないのに。」
「え…?そうなの?」
あんなこと聞くくらいだから、そうなんだろうな、って思っていた私はまた変な声を出してしまった。
「うん。友達に聞かれたんだよ。でも、全然分かんないからさ。」
「あぁ。そういうことか。びっくりした…。」
「でさ、どうなの?」
うーん、と私は考える。
「私だったら、無難にキーホルダーとか髪飾りとかそんな感じのがほしいかなぁ。」
「あぁ。分かった。言っとく。」
「あくまでも、私の意見だから分かんないけど。」
一応、そう付け足しとく。
「大丈夫、大丈夫。貴重な女子の意見だし。」

「ねぇ。一個聞いていい?」
私は、ちょっと遠慮がちに聞いた。
「ん?何?」
…。はじめて話して、これを聞くのは失礼かな。でも、恵の親友としては気になるし…。
「前川ってさ、好きな人とかいるの?」
「別に、いない…かな?」
悟は意外とあっさり答えてくれた。
「でも、なんで?」
悟は、聞き返してきた。
「い、いや…。ほら、告白されたこともしたこともないって言ってたから。」
「あぁ。なんか、恋愛とかよく分かんないし。めんどくさいっていうのもあるかもしれないけど。」
分かると私はうなずく。
「そうなんだよね。私もまったく恋愛したことがないんだ。」
私はついつい、言ってしまった。
あ、やっば。恋愛したことないなんて。子供みたいなこと言っちゃった…。
「俺も。そう。」
ブー。バスの扉が開いた。
「あ、じゃあ、俺、このバスで帰るから。またな。」
悟はそう言って、バスに乗って行った。

…私以外にもいたんだ。恋、したことのない人。
なんとなく、うれしかった。安心感っていうやつ?だって、私、片思いもしたことがないんだよ?友達がみんな「彼氏ができたんだー」とか言ってるのに、私はまだ片思いさえしたことがない。正直、焦ってた。どうしたら、恋ってできるんだろう?って結構悩んだりしてた。だから、恵が悟の事を好きになった時、またおいて行かれちゃったような気がして、寂しかった。
恵が好きになった理由ちょっと分かったかも。親近感がもてる。そんなオーラみたいなのがあった。別に、私が好きになったわけじゃないけど…。


あの雨の日から私と悟はよく話すようになった。もちろん恵も一緒に。悟はいつも男子と一緒にいるから、「タイプが合わないなぁ」って思ってたけど、話してみると結構楽しくて、恵と悟が二人で話すことも大分多くなった。
「晴香、ありがとう。」
放課後、一緒に帰っていると恵からいきなり言われた。
「どうした?急に。」
「晴香がいたおかげで悟と普通に話せるようになった。私一人じゃ絶対できなかったから。」
恵は前を見つめながら言った。
でも…そう言われた時、ちょっと胸が痛かった。もちろん、うれしいっていうのもあったんだけど。

暑い。どうして、こんなに暑いんだろう。私は、炎天下の空の下、歩いていた。
「もーう、こんなに暑いのに奉仕活動ってホント、最悪。」
汗が、どんどん噴き出てしまう。ジャージも汗でびっしょりだ。どうして、学校はこんなに暑いのにこんなことさせるんだろ。
「晴香―。暑いよー。」
恵が私の肩にもたれかかって来た。
「恵―!!やめてー!!暑い!」
恵がもたれかかったところからまた汗が出てきて、耐えきれず、私は恵を振り払った。
「じゃあ、暑さが吹っ飛ぶような話してあげるー。」
恵が急に言い出した。「へ?」って顔して、恵を見たら、すごくうれしそうに笑ってた。
「あのね、私、悟のテニスの試合見に行くことになったの」
「…、そうなんだ!よかったじゃん。恵から言ったの?」
恵は「うん」とうなずく。
「それでね、一人じゃちょっと寂しいでしょ?だから、晴香もいっしょに来てほしいんだけど…。いい?」
「え?」
私は、思いもよらない誘いに一瞬固まってしまった。
「うん、いいよ。」
ぎこちない笑いを作りながら答える。
「いつ、あるの?」
「今週の土曜日。ちょうど、何もない日だったの。大丈夫?」
「うん。分かった。」
私は、なるべく明るく答えた。

なんだろう…。友達の恋愛がやっとちょっと進み始めたのに、素直に喜べない。
どうして…。チクンって胸が痛んだ。
それから結局、奉仕活動なのに、全然奉仕なんて出来ずに終わってしまった。
「晴香、どうしたの?熱中症?」恵からもそんな風に言われるくらいぼーっとしてた。
どうしちゃったんだろう…。


あーあ。テニスの大会なんて行きたくないな。私はうるさく鳴っているアラームを止めた。
昨日、「あめが降ればいいのに…。」なんて思いながら吊るしておいた逆さてるてるぼうずの効果もむなしく、外には青空が広がっている。
…そうだ、どんな服来て行ったらいいんだろう。
テニスの大会にスカートは変かなぁ。かといってジャージみたいな格好をしていくのもなぁ。学校の人もいっぱい来てるし…。うーん。
そんなことを考えながら、ずっとクローゼットとにらめっこをしてたら、あっという間に約束の時間の30分前になってしまった。

「お母さん!行ってきまぁす。」
私は飛び出るように家を出た。
結局、服はショートパンツに黄色のチュニックを合わせたコ―ディネートになった。
「おはよう、晴香。」
恵はもうすでに来ていて、私を待っててくれた。
ピンクのワンピースが恵にすごく似合っていて、私は自分の格好がみすぼらしく見えた。
「行こっか。」
私たちはバスに乗って会場に向かった。

「わーやっぱり、学校の人いっぱいいるね。」
私たちは会場に着いたばかりなのにもう何人かの学校の人にあっていた。
「うん。なんか緊張するー。」
私は会場を見渡しながら言った。
「座ろう。」
なるべく、前のほうがいいかなぁとか思いながら、私たちは前から3列目の席に座った。
「あ、悟だー。」
恵が指差した先で悟は練習をしていた。
「ホントだ。いつになく真剣な表情だね。かっこいいじゃん。」
私はからかう口調で言った。
「うん。そうだね。」
恵は、ちょっと顔を赤くしながらうなずいた。
ピー。笛が鳴って試合が始まる。
まだ悟の番じゃなかったけど、すごい白熱した試合ぶりに私は思わず見入ってしまった。
「すごい。テニスってここまで白熱するもんなんだね。」
私は興奮しながら言った。というのも、私がいつもスポーツを見に行くと言ったら、サッカーくらいしかないからだ。
「うん、すごいねー。」
恵も興奮してるみたいだった。
「ねぇ、次、悟の番じゃない?」
私は恵に言った。
「…。」
ん?反応がない。
「恵?」
私は恵のほうを見た。
「どうしたの?」
すると、恵は私に向き合って言った。
「緊張するよー。悟大丈夫かな…。」
恵の手がかすかに震えていた。
「大丈夫だって。悟、テニス上手いってみんな言ってたし。…ホント、恵かわいい。」
私は、恵の頭をポンとたたいた。
「あ、始まる。」

悟はどんどん点を決めていった。
「すごい、やっぱり、悟上手いね。」
恵が感心したように言う。
「うん。」
私もうなずいた。

ピー。試合が終了した。
結果は悟の圧勝。やっぱり、悟は強かった。
勝った時、恵はうれしそうに拍手していた。あー、これが恋してる顔なんだなぁって感じ。
それくらい、恵はうれしそうだった。

「恵!ちょっと、悟のところ行ってみようよ!!」
試合が全部終了したところで私は、恵を誘った。
「えー恥ずかしいよ。」
恵は嫌がったけど、私は強制的に恵を連れていった。
「前川ー!!」
私は、悟を見つけると手を振った。
「桜木??」
悟は、不思議そうな顔をして言った。
あ、そうだ。私が行くってこと、悟に言ってないんだった。
「あ、恵の付き添いで、今日は来たんだ。それにしても、試合、すごかった!ね、恵。」
ずっと私の後ろにいた、恵に話を振った。
「う、うん。すごかった!おめでとう。」
恵は恥ずかしがりながらもそう言った。
「あ、ありがと。まぁ、そんなに上手くいった試合じゃなかったんだけど。」
悟がそう言うので、
「またー、格好つけて。」
と、私は悟をひじでつついた。
「じゃあ、私達帰るねー。」
恵がそう言った。
すると、悟が「ちょっと待って」と私達を引きとめた。
「ん?どうしたの?」
「せっかく来てくれたから、このあとどっかで飲み物くらいおごるよ」
「わ、私はいいけど…。」
突然の悟の誘いに戸惑いながらも私は答えた。
「恵は…どうする?」
私は恵に聞いた。
「…前川くんがいいなら、いいけど…。」
恵は照れながらもそう言った。
「うん。じゃあ、用意してくるから待ってて。」
悟はそう言って、ロッカールームへ走って行った。
「恵、やったじゃん。」
私は恵の手を持って言った。
「うん。ヤバい。うれしー。」
恵は今までにないくらいうれしそうだった。


私達は「どこ行くー?」とか言いながら結局スタバでお茶をすることになった。
「私、大学に行ったら絶対スタバでバイトしたいなぁ。」
恵が椅子に座りながら言った。
その言い方がいつもと全然違って、改めて恵は悟の事が大好きなんだなって実感する。
でも…なんだろう、胸が痛い。
「バイトかぁ。俺だったら、コンビニとかやってみたいな」
「あー、似合うかもー!」
「マジで?でも、スタバもいいよな。オシャレだし。」
あ、なんか、二人で盛り上がってる…。私、もう帰ろうかな。
そんなことを思いながら、窓を見てみると、悟が私のほうを見ていた。
「…?」
「ねぇ、晴香はどこで働いてみたい?」
恵が私に聞いてきた。
「私?うーん、本屋とかいいなぁって思うけど。私、本好きだし。」
「へぇ、意外だな。」
悟が本当に意外そうに言った。
「え?どうして?」
「いや、桜木って飲食店で働いてそうなイメージあるから。」
これもよく分からないので、私が黙っていると、悟が笑い出した。
「桜木さ、いつも3時間目になると「腹減った」って言ってるだろ?だから、いつでも食べれるじゃん。飲食店なら。」
「うわ、それすごく失礼だよー。」
私は、真っ赤になって言った。
失礼とも思ったけど、それ以上にそれを言ってるところを悟に見られていたのが一番恥かしかった。
「ねぇ、このキャラメルマキアートおいしいよ。」
あ、やばい。会話を占領してしまったかも…。私のためのお茶じゃないのに…。
「え?ホント?ちょっとちょうだい。」
なるべく、明るく、恵に合わせて言ってみる。
「ん、おいしいー。」
「そうそう、それ、うまいよなー。」
悟も同調してくれた。
よかった。恵、大丈夫かな、気になって、横目で恵を見てみる。」
「だよねー。めっちゃおいしい。」
恵は、ニコって笑った。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。」
話がひと段落したとき、恵がそう言って席を立った。
…悟と二人きりかぁ。なんか気まずいかも。何話したらいいんだろう…。
「何でさ、桜木って坂田と仲がいいんだ?」
悟が気まずくなったのか分からないけど、急にそんなことを聞いてきた。
「何でって…。」
回答に困ってしまった。だって、仲がいい理由なんてないじゃん。考えたこともないし。
「お前ら全然、性格違うじゃん?それなのにいっつも一緒にいるからさ。」
「あぁ。うーん…。」
私はもう水っぽくなってしまった抹茶ラテを一口飲んだ。
「私達、中学が一緒だったんだけどね、最初、一言もしゃべったことがなかったんだ。ほら、前川も言った通り、性格が全然違うからさー。
恵と初めてしゃべったのが、文化祭の委員でたまたま一緒になった時。正直、「苦手だなぁ」って思ってたから、恵と一緒にするのがちょっといやだった。だから、あまり当たり障りのないことしかしゃべってなかった気がする。3回目の委員会だったかな。
いきなり恵が聞いてきたの。「私と一緒に委員やって、やりづらくない?」って。そう思ってるなら聞くなよって思うでしょ?ていうか、普通聞かないよね、そんなこと。でさ、私が何て答えていいか分からず困ってると、「私ね、いつもそうなの」恵が言いだしたんだ。最初、何のことか全然分からなくて、私、ぽかーんとしてたの。「いつも、そう。私と二人でいるとみんな困った感じになるの。きっと、私がだめなんだよね。そういう雰囲気作ってるんだと思う」そう言った恵の顔がすごく悲しそうでさ。思わず守ってあげたくなってしまったんだ。つらかったんだなーって恵の言葉聞いて本気で思ったよ。確かに、恵といると何話していいか分からなくなってたし、恵の言葉に納得してたんだけど…。自分のそういう弱いとこって人に言えないじゃん?それを素直に言える恵がすてきだと思ったなぁ。私にはできないもん。
それから、私達はいつも一緒。恵はね、ホントにいい子なの。自分の弱さを認めて、人のいいところを見つけてくれる。私が悩んでる時は、いつも助けてくれる。すごくいい友達なんだ。」


悟は、私の話を最後まで何も言わずに聞いていた。
「なんか、いい話だなぁ」
私がしゃべり終わった後、悟が言った。
「でしょ?私、実はいい人なんだよー。ま、恵はもっといい子だけどねー。」
照れ隠しにふざけて言ってみる。


「おまたせー。何話してたの?」
トイレから恵が戻って、私達に聞いた。
「別にー。雑談?」
「そっかー。ねぇ、もうそろそろ、帰ったほうがいい時間じゃない?」
そういえば、もうすぐ夜になってしまう。
「うん、じゃあ帰ろうか。」


「あー、疲れたー。」
帰りのバスの中で、恵が大きく背伸びをした。
「そう?」
私は恵を見て首をかしげる。
「うん。なんか、緊張した。」
「でも、結構いろいろしゃべってたじゃん。」
「しゃべれてた?私、人と話すと緊張しちゃってダメだからなぁ」
恵はバスの天井を見上げて言った。
「知ってる。でも、今日はちゃんとしゃべれたよ。」
恵を見ながらニコッと笑った。
「よかった。」
安心したように恵がうなずいた。
恵はこの恋をきっとすごく大事にしてる。今までの恋があまり上手くいってなかった分、余計。
でもね、ごめん。そんな恵の姿を素直に受け止めてあげれない自分がいる。
だめだよね。親友の恋、もっとちゃんと応援してあげなきゃ。分かってるよ…。分かってる。


恵と別れて、家に帰りついたのはもう7時を過ぎた頃だった。
はぁ。自分の部屋はやっぱり落ち着く。
私はベッドにごろんと寝転がった。
ブーブー。ケータイの音が鳴った。
誰だろう?私はよっこいっしょと、重い体を起してバッグに入っているケータイを取り出した。
…あ、悟からだ。
「今日は、試合に来てくれて、ありがと。いい話も聞かせてもらったし、色々話せて楽しかった。あ、それと、坂田もいい人だと思うけど、それを分かってあげてるお前も十分いい人だと思うな。じゃ、また学校で。」

…私、全然いい人じゃないよ。親友の好きな人に…恋してしまったんだもん。


なんとなく気づいてた。あぁ、これが恋なのかもしれないって。
恋なんてしたことなかったから、最初は分からなかったけど、でもさっきのメール見て確信した。私は悟に恋してる。ダメだよね。親友の大好きな人なのに…。
どうしよう。
私は大きなため息をついた。


「晴香、この前はありがとう。」
月曜日の朝。恵が満面の笑みで私にそう言った。
「ううん。こちらこそどうも。意外と楽しかったし。」
「やっぱり、悟かっこいいよね。」
「うん、まぁね。」
「晴香、悟の事、好きになっちゃだめだよ。」
恵は冗談っぽく言った。
「わ、分かってるよー。」
でも、すっごく動揺してる。

ダメだ…。恵と話すたびに「私が悟を好きなことばれないかな…」って思っちゃう。
きっとばれちゃったら、恵は落胆しちゃう。そりゃ、そうだよ。私だってそうなるもん。
だから、ばれちゃダメだ。


初めて好きになった人がどうして友達の好きな人なんだろう。
恋ってもっとキラキラしてて、楽しいものだと思ってた。それなのに…。
悪いこと…なのかな。悟はきっと、私なんて眼中にないから、好きでいるだけなら、きっと大丈夫だよね。恵が告白すれば、きっと悟もオーケーするだろうし。
恵に早く告白するように言わないとなぁ。


「恵!」
帰り道。私はバスの中で本を読んでいた恵を呼んだ。
「ん?どうしたの、急に?」
「…あのね、悟に告白したほうがいいと思う。」
恵が驚いた顔をした。
「どうして?」
「私、たまたま聞いてしまったんだよね。他のクラスの子が悟の事好きだっていうの。だから、恵も急いで告白しなきゃ、先こされちゃうよ。」
もちろん、こんなの嘘。でも、私がもっと好きになってしまう前に恵が付き合っちゃえば、悟の事、あきらめきれるような気がした。
「え…。嘘…。」
「ううん。ホント。だから、早くしないと。」
でも…、と恵が首を振った。
「私には無理だよ。まだ、そんな勇気出ないし…。告白なんてしたことないし…。」
「大丈夫。告白して、損なことなんて一つもないんだから。」
「え?」
「振られても、相手が自分の事を意識してくれるようになるし、まぁオーケーもらえれば、一番いいんだけどね。」
どうかなぁ。下を向いて恵がつぶやく。
「ま、今回の場合、恵はオーケーもらえると思うけどね。」
これは本心だった。そして、本望だった。自分の好きな人だけど、私は、恵を選んでもらい。友達の恋がうまくいってほしいと願うのは当たり前だ。
「…がんばってみようかな。」
恵は私のほうを見た。
「うん。がんばれ。応援してる。」

恵には幸せになってもらいたい。悟と恵。すごくいいカップルになると思う。
でも、ほんの少し、ほんの少しだけ、悟が断ったら…。なんて考えてしまう自分もいる。
「だめだなぁー。」
ベッドに寝転びながらつぶやいた。
親友と好きな人。普通の人だったら、どっちを選ぶのだろう。私は…。
「ご飯出来たよー。」お母さんが呼んでる。
よし。ご飯食べて、元気だそう。


それから、何日間か恵は何度も告白しようとしたけど、結局勇気が出せずに、どんどん日が経っていった。
「恵…。そろそろ、がんばらないと…。」
恵は力なく笑った。
「うん…。分かってはいるんだけど。なんて言ったらいいかとか色々考えちゃって。ごめんね。応援してくれてるのに。」
胸がチクンと痛んだ。私こそ、ごめん。自分が諦められるように友達に告白させようとしてるなんて。最悪な友達だよね。
「よし。決めた。」
恵が立ち上がった。
「私、明日の放課後、告白する!」
「ホントに?恵、がんばって!恵なら大丈夫だから。」
恵の背中をポン、って押した。


朝はすごく天気が良かったのに、午後になって雨が降り出した。
「ねぇ、晴香。これって告白するなっていうことなのかな。」
恵が弱気な声を出した。
確かに、空はどんよりして、雨もさっきと比べて激しくなった気がする。でも…。
「恵!私は、今日しかないと思うよ。それに、言ったらスッキリすると思うし。」
「そうかな…。じゃあ、今日の放課後、校門の前で待ってて、って悟に伝えてくれる?」
「うん。分かった。がんばれ、恵。」
恵がニコッと笑った。


「ねぇ、前川!」
「ん?何?」
十分休み。私は悟を呼び止めた。
「今日さ、部活終わったら、校門の前でちょっと待っててもらえる?」
私は「おねがい」と手を合わせて言った。
「別に、いいけど…。何で?」
「ま、あんま意味はないんだけど。話したいことがあるから。あ、私じゃなくて恵だけどね。」
色々しゃべってしまうと、ばれるから少しだけ嘘をまぜてそう言った。
「分かった。じゃあ、6時半くらいに待っとく。」
悟はそれだけ言うと友達と教室を出て行った。

「恵、ちゃんと悟に言っといたからね。もう、後戻りできないよ。」
私は笑顔でそう言った。
「…怖いなぁ。どうしよ、振られたら。」
恵が泣きそうな顔になる。
「大丈夫。その時は、私がいるから。」
ホントは、こんな事言える立場じゃない。でも、今、私が親友に言えることはこんな事しかない。
恵が振られたとしても素直に悲しむ自信なんてない。心の隅で喜んでしまうかもしれない。
それでも…。私は、恵の友達だから、恵を支えてあげなければいけない。


結局、雨は放課後になってもあがらなかった。
雲に覆われた黒い空から黒い雨がポツポツと降っている。
「また、傘忘れちゃった…。」
私はバス停へと走り出した。
恵の告白は待たずに帰ることにした。恵もきっとそのほうが悟に素直な気持ち伝えられるだろうし。それに、私も恵が告白するとこを見たくなかった。もし、オーケーだったら、私は自然と振られたみたいになる。そう、考えると、その場になんていられない。
「恵、大丈夫かなぁ。」
校門のほうを振りかえる。恵と悟が二人で歩いていた。
お願いします…。恵の告白が上手くいきますように。


家に着くと、制服はビショビショに濡れてしまっていた。
濡れた制服をぬいで、急いでケータイを広げる。着信は…なし。メールもまだない。
…恵、ダメだったのかな。それとも、まだ悟といっしょにいて、話でもしてるのかな…。

着信もメールも三時間待っても来なかった。
カチ、カチ、時計の音だけが部屋に響く。

ピロリン、ケータイが鳴った。
-晴香。私、ふられちゃった。悟、好きな人がいるんだって。

たった二文のメール。でも、そのメールに恵の悲しみが全部詰まってる気がして、
私はいてもたってもいられなくて、恵に電話した。

「恵?…メール読んだよ。がんばったね。」
「晴香…。私、ダメだった。」
恵の声が震えていた。
「悟も馬鹿だよね。恵を振るなんて。ホント、馬鹿だなぁ。」
「…そだね。馬鹿だよ。」
恵は電話の向こうで少し笑った。
「…大丈夫?」
言葉が見つからなくて、つい分かりきった事を聞いてしまった。
「あ、ううん。けっこう落ち込んでる。」
「私に出来る事なんてほとんどないけど、いつでも話聞くから。いつでもメールして。土日ゆっくり休んで。」
「うん。ありがと。じゃあ、お休み。」
ケータイを閉じた。恵の悲しそうな声が耳の中でこだましていた。


お風呂から出たら、もう10時だった。
…悟に電話してみよっかな。
なんとなく、あんな恵の声聞いたら、ちょっと文句言いたくなった。

「もしもし、前川?」
「あ、桜木?…。」
「恵の事、…どうして?私にこんなこと言う資格なんて、全然ないって分かってるよ。でも…」
「桜木、待って。ちょっと北公園、来れる?」
「…?今から?別にいいけど…。」
「俺、今、電話使えないから。」
「、分かった。十分くらいで着く。」
「ん。待っとく。」

…今からかぁ。お母さんにばれない様に行かないとなー。


家を出ると、雨はもう上がっていて、星もちらほら見えた。
「気持ちいい。」
秋の涼しい風が通り抜けていく。
人気のない道を早足で歩いて、私は北公園へ向かった。

「よ、桜木。」
悟はもう先に着いていて、木の横に立っていた。
「こんな時間に女の子を外に出させるなんて、最低。」
本心じゃなかった。ホントは少しうれしかった。でも、恵に対しての罪悪感からつい、言ってしまった。
「ごめん。」
悟はぶっきらぼうに言った。
「…坂田の事、ごめん。傷つけてしまった。」
「うん…。でも、ま、しょうがないよね。好きな子いるんだから。」
「…。」
「でさ、好きな子って誰なのー?」
ちょっとからかい口調で言う。
「…。」
悟は何も言わずにじっと私を見てきた。
…。

「俺、お前の事が好きだ。お前の親友を振ったばっかりでこんな事言う資格ないけど、それでも、今言わなきゃ絶対後悔すると思ったから。…付き合ってください。」
悟は一気にそう、まくしたてた。

「ありがとう。ホント、ありがとう。」
私はゆっくり悟に近づいた。今まで下を見ていた悟が顔を上げた。
「私もね、悟の事が好きだよ。」
「…、え。」
悟は結構驚いた顔をしてた。その顔がおもしろくて、つい、吹き出してしまう。
「でもね、悟とはつきあえない。」
言った瞬間、後悔した。でもね…。
「恵はね、私の大事な、多分、一生で一番大切な親友なんだ。」
悟がゆっくり頷いた。
「もし、私達がつきあっても、恵は笑って「そうなんだ」とか言って、私達のこと、受け入れてくれると思う。優しい子だからね。でも、そんな親友を傷つけてまで、私は悟とつきあえない。」
「分かった。」
悟は私の手を急に握った。
「俺、やっぱお前の事好きだわ。ありがと。初恋の相手になってくれて。」

そっか、これが悟の初恋だったんだ。
「こちらこそ、初恋の相手になってくれてありがとう。」
私は、精一杯の笑顔を作って悟の手を握り返した。

「俺さ、二学期終わったら、引越すから。」
突然の報告に少し戸惑う。
「だから、今まで通り、俺の事気にしないで、坂田といい友達でいてくれ。」
「…そんな、急に…。」
「じゃあな。」
それだけ言うと悟は私に背を向けて歩き出した。
行かないで…。心の中で、強く思った。矛盾してることなんてもう、分かってる。
私から振っておいて、こんな風に思うなんてどうかしてると思う。
でも…。

すると、急に悟が振り返って、手を挙げた。
「もしさ、もし、大人になってもう一度会えたら、つきあってもらえますか?」
「喜んで。」
私も手を挙げて、悟に聞こえるよう大きな声で言った。
「もう一度会おう。」
悟が手を振って帰っていった。


三学期になって悟は転校した。事情はよく分からなかったけど、親の仕事関係らしい。

私と恵は相変わらず仲のいい友達だった。
恵には悟の事を言ってない。でも、大きくなって、恵が一番大切だと思える人に出会えたら、その時はちゃんと言おうと思う。

「もう一度会えたら…」
叶わない約束かもしれない。それでも今は、その言葉だけを信じて待っている。

「…もう一度、会おう。」

もう一度会おう

もう一度会おう

切ない恋のお話です。 ―初恋の人は、親友の好きな人だった。

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更新日
登録日
2012-06-02

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