くまかめついのべ。⑫
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《①》
彼女のいびきは兵器である。
彼女自身は気付いていないけれど、世界の良くない人たちは気付いてしまったようで。
「呑気なもんだ」
熟睡する彼女を抱え、ワイルドな追っ手を振り払っていく。
銃弾を落とし、建物を破壊する恐ろしいイビキ。
僕が平気なのは、きっと愛の力だ。
《②》
我が家の玄関に色とりどりの鳩がやってきた。
「……」
大事な手紙を片手に、真剣に見極める。
「……」
最近ニセモノの郵便局員が多いんだ。
手紙を盗み、ヤギのおじさんに売りに行くとんでもない奴。
緑、紫、赤に桃色……ああ、どれなんだ。
《③》
父の一周忌を境に、毎夜毎夜誰かが本を返しに来るようになった。
小さな女の子、おじいさん、ロボット、プロ野球選手。
様々な人が色々な本を返しに来て。
「彼にはお世話になったんだ」
星空サーカス団の象が深々とお辞儀。
大きな本棚が埋まる度、父親の謎は深まっていく。
《④》
世界の破壊を目論む悪の秘密結社総統が、蛇と亀と象のやっつけ方を真面目に調べている。
「一応巨木の倒し方も調べておけ」
今日も世界は平和だ。
《⑤》
心配性の彼女の父親は、彼女の瞳の中に身を隠している事が多い。
恋人としては、何かと色々大変な問題で。
「あの、実はこの前まで貴方の瞳に貴方のお母さんが」
彼女がそう話してくれたのは、彼女の父親と僕の心配性な母親がよろしくない関係になり、二人で失踪した後だった。
《⑥》
風邪をひくと、何故か老若男女誰しもが彼女を愛でたくなる。
性的な意味も含みで。
だから風邪が流行る季節、彼女は人畜無害な僕の部屋に引き籠もるのだ。
「小林は本当に頑丈だよな」
布団に潜ったまま、小さな声。
「一回くらい、風邪ひけよ」
辛うじて聞こえた小さな声。
《⑦》
残ったヒーローはザリガニ釣るマンただ一人になってしまった。
幼い僕が生み出したザリガニ釣り名人。
「大丈夫、後は私に任せるんだ」
奇跡的に敵はザリガニ怪獣。
高層ビルサイズだけど、可能性はなくもない。
力強く握ったスルメイカと竹竿が、青白いオーラを纏って。
《⑧》
「なあ、ショコラ。どんな宝も盗める俺だけど、凛子のハートだけが盗めないんだよ」
馬鹿な怪盗男はいつもの台詞。
ご主人様の気も知らないで。
「わん」
盗む事ばかり考えないで真正面から貰いに行け。
プレゼント用ラッピングまでして待ってるのに、まったく男って奴は。
《⑨》
大きな鏡餅を持って寝室に消える妻。
彼女による鏡開きが、我が家の恒例行事で。
「絶対に開けちゃ駄目だよ?」
響き渡る凄まじい音。
ガチガチに固まった餅と、拳が熱く語り合う音。
「……」
妻はいつも笑顔で、優しく、良く出来た女性だ。
年に一度、今日を除いて。
くまかめついのべ。⑫