親父は笑って言った

親父は笑って言った

親父は笑って言った

親父は笑って言った

焼酎の一升瓶をコップに注ぎ熱燗でぐいっと飲み干した。親父は居間でテレビの画面を見ながら今流行りの芸人に文句を言っている。そしてお箸でツマミを突き刺して銀歯が生える口に放り込んだ。
そうすると玄関の方から母さんの声が聞こえて来た。行って来ますね、と親父と俺にそう言って出て行った。母さんは中学時代の同窓会に行ったのだ。おそらく、その昔の同級生は驚くであろう、母さんの今の太った姿を見る事でな。出かける前に服を試着してる時に悲鳴が聞こえて来た。服のチャックが壊れたらしく、本人は最近買ったばかりなのに、おかしいわ!と俺に謎の否定をしていたが。
俺はそんな母さんの事を思い出したので、酒が回っている親父に母さんの事で質問をしてみた。そうだ母さんの何処に惚れたのかと。
親父は笑って言った「昔は針の穴を通るくらい細くて可愛かったんだ」
その後、今はトンネルも潜れないけどな!と言ってテレビのチャンネルを変えた。
親父の焼酎は湯気を立て、俺の目の奥に浸み込んだ。

親父は笑って言った

俺は学校から友だちと帰宅して、公園を曲がり、友だちと別れた。そこから先を左に曲がり白い家の庭にいる犬に吠えられて、びっくりしたが足を速めて自分の家の前に到着した。とその時、空気の破裂する様な音と共に小さな丸い球が俺の頬と身体に目掛けて頭上から降り注いだ、俺は驚きと衝撃と痛さでアスファルトの上でゴロゴロと転がってしまう。
俺は苛立ちと同時にその犯人がすぐに分かった。最近、無職になったあいつだ。あいつしかいない。俺が降りて来いと怒鳴ると、その犯人はスナイパーの銃に似た空気銃を両手で持ち、屋上から顔を見せた。
親父だった。
俺は何、息子に射撃してるんだよと叫ぶと親父は、照れ臭そうに微笑む。その表情にさらに怒った俺はすぐさま、母さんの携帯に電話をしようと耳に当てると、親父は急いで階段を使って降りて来た。母さんには言うなと必死に言うので、俺はどうしてこんな事してんの?と聞くと。
親父は笑って言った「たった今、スナイパーと言う職に就いた」
俺は空気銃を取り上げ、親父を蜂の巣にした。

親父は笑って言った

俺は社会人になり初任給で親父と母さんに何か美味いものでも食わせてやろうと考えて高級ホテルのディナーに招待した。もちろん、そんな場所は黒いタキシードとワンピースの服装が一般的で両親には縁の無いものだった。しかし俺はあえて、親父と母さんがこんな場所には二度ない機会と思い。この場所を予約したのだ。
俺の携帯に着信が入る。親父からだ。今ついたから来るとの事だ。俺はすぐさまホテルから出て親父と母さんの到着を待った。
俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。俺はその声の方向へと振り向くと、ジーンズにヨレヨレの服を着けた親父と赤いワンピースを着けた母さんがいた。
俺はどうしてタキシードじゃないんだよ!と言うと親父はこれが俺のタキシード姿だと叫ぶ。俺は呆れた顔で母さんの手を引いホテルのディナーを食べに行こうとすると、親父は俺の前に立ち勇ましい表情をする。
そして親父は笑って言った「今晩は、いつもの定食屋に行こうか!」
俺はため息を吐いて、油を吸ったタタミが敷いてある定食屋に向かった。親父は嬉しそうに牛肉定食を頼み、そして焼酎を注文して、これが俺のワインだと謳った。

親父は笑って言った

母さんは緊張した顔で、親父はニヤける。俺は将来妻になる女性を両親に紹介していた。正直に言って恥ずかしい。まぁ、自分でも美人な人だと思う。母さんは、まだコップにお茶が入っているのに注ごうとするし親父は黙って笑っているから、俺の横にいる彼女も無言で俺の顔を時たま見る。
途端に親父は席を立ち、何やら奥の引き出しから厚い本を持ってきた。俺のアルバムだった。いろいろと説明をし始めるのは結構だが、何故か説明する時に幼少期の俺の写真をバシバシと叩くのは辞めて貰いたかった。
最後に女性を見送った後、玄関の扉を締めて親父は話す。お前にしては良い女を見つけて来たな。ニヤリと笑う。
そして親父は笑って言った「母さんの方が良い女だけどな」
俺は親父に向かって、母さんは男を見る目がないと言った。

天気の悪い、午後16:00。
病院に俺は駆け込んだ。母さんと嫁からの鬼の様な着信が入り、親父が倒れたと言う事を聞かされた。白い無表情の扉を開ける。
病室のベッドに親父は横たわっている。俺は近づいてその顔を見るがマネキンの製品の様で活力がない。
俺は妻のお腹に手を当てて、親父は笑って言った「俺も親父になったよ」
窓から潜り込んできたエメラルドのカナブンが羽音を立てた。

親父は笑って言った

親父は笑って言った

その日親父になる

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-06-02

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