何なのだ?

 昨日多田君が私を旅行に誘ってくれた。仙台への1泊2日。私は重要な会議をひかえていたし、多田君について良く知らなかったので、最初断ろうと思った。その返事をメールでするのを、たぶん友達から電話がかかってきたからとか、そんな理由で、遅れてから、私の中で、ちょっと不思議な感覚が芽生えた。一つみんなに言っておきたいのは、その気持ちは、要するに恋や愛のように浮ついたものではない。ちょっとしたいたずら心といえよう。夜、私は多田君に次のようなメールを送った。

『明日ってずいぶん急じゃない。明日は水曜日。私は仕事です。でも、あなたがどうしても行きたければ、行ってもいいよ』

 ちょっとからかってやるつもりだったのだ。多田君はあきらめるだろうと思った。だって、私には<仕事>という大義名分があったのだ。すぐに返信メールが来た。

『麻生さん。私は相当の覚悟で、今回の旅行を計画してるんだ。仕事なんて放っておこう。とりあえず、明日8時に一乗寺のカフェで待ってる』

 この強引なメールに私は気分を害した。しばらくネットで、むしゃくしゃを書きこんで鬱憤を晴らした。ネットの人たちは、そんな私を面白がって、どんどん煽ってくる。中には「行ってやれよ。恋仲になるかもよ」という勘違いした書きこみもあった。だが?待てよ?私はちょっと考えた。この1年彼氏はいない。もちろん彼女もいない。彼女がいなくなって3ヶ月だ。多田君はきっと私を普通の女というふうに思っていることだろう。それなら、多田君をびっくりさせてやろうか。私はいつもより変な女を演じるのだ。昔、女優を一週間だけ目指した頃を思い出す。
 そんなわけで、私は今日9時に一乗寺のカフェに座っている。多田君はとっくに出発しているだろう。店の中にそれらしき影はない。会社を休んでまで、来たのに、もう終わりとはあっけないな、と残念がっていると、表に大きなダンプカーがとまった。カフェのマスターが迷惑そうに表を見て、眉をしかめる。そこから、1人の背広に身を包んだ男がおりてきた。私は、急いでマスクをして、トイレに逃げようと立ち上がる。だけど、遅い。多田君は私を見つけると、「遅れてごめん。さあ!!行こう」と手をつかんで、歩き出す。「あの・・・!!」私はカフェから出て、大きな声で多田君に抗議する。「まさかダンプカーで、仙台まで??」多田君は、不思議な顔をして、こちらを見ている。「あ!!タンクローリーのほうが良かったかな?」私は、真っ青になって、無言で立ち去る。こっちが主導権をにぎって、遊ぶつもりが、これでは逆だ。とりあえず、立て直そう。そんな考えだ。すると、多田君はのろのろと後の渋滞にもめげずに私を追いかけてくる。
 しばらく歩くと、私は良いことを思いついた。多田君はダンプカーで来たのなら、それでも良い。私の意のままに扱うために、一つやってみよう。
運転席の多田君を手招きする。多田君は、高い座席からおりてくる。
「なんだい?」「飛行機で行きましょう。それなら良いわ」「わかったよ。空港まで行こう。乗って」多田君にあっさり返されて、そのまま渋々乗ってしまう。

 多田君という人は、私の一つ上の先輩の彼氏だった男なのだが、なんでメールを交換したかも忘れてしまった。知り合って、2年くらいになるが、ただメールを登録しただけの仲というやつだ。それでも、2度ほど先輩と一緒に遊んだことがある。まった空気のような男だった。いるか、いないか、わからない。ほとんど話さない。それが、多田君の印象だった。今日もダンプカーを運転して、無言のままだ。ハンドルを握る手は、毛深くて熊のようだ。それでいて、顔はエミネムのようにツルッとしている。じっと顔を見ているのにも、飽きて、前を見ていると、どうも空港に行っていないらしい。私が、そのことを切り出すと、多田君は、「まあいいじゃないの」と、軽く返事する。「ふざけんな!!」「ふざけてないよ」考えつくかぎりぎりの悪口を叫ぶが、多田君は動じない。

 5時間、車内に押しこめられて、疲れ果てた私は仙台についた。多田君は大型車専用の駐車場にダンプカーを入れてしまうと「ホテルは、こっちだよ。悪いことしたと思ってる。でも、ホテルは素晴らしいよ。どうしても連れてきたかったんだ」私は、なんだってこの男は私と寝たいからって、こんな遠くまで連れ回したのだろうか。とにかく疲れていたので、ついて行く。
 ホテルは「仙台アルハンブラホテル」という奇妙な名前のホテルだった。フロントのネームプレートを見ると、『じょにい』とひらがなで書いてある。どう見ても、日本人なのに。「ありがとうございます。当ホテルは300年。平安時代から続くホテルでして・・・・・・」滅茶苦茶な説明を聞き流して、部屋に入ると、「ほお~」と思わず声を出してしまう。ドイツ製のベッドが二つ部屋の中央に置いてある。さらに、照明がステンドグラスだ。「どうだい?」多田君は得意気に笑顔を向けてくる。私は、疲れ果てていたので、「寝る」と言って、寝る。

 目が覚めると、部屋には誰もいなかった。時計を見ると午後6時だ。しばらくボーッとしていると、多田君が戻る。「よっぽど疲れていたんだね。さあ、食事だよ」牛タン、カニ、海鮮。食事は豪華で、味も申し分ない。これだけ金をかけているのだから、多田君は私を抱いて当然と思っているのが、むかついてくる。私は、金でなびくような女じゃない。食事中も多田君はまったく喋らない。
 夜が来て、多田君は自分のベッドに横になると、「おやすみ」とひと言。私は一体、こいつは何なのだ、と困惑する。
 
 次の日、私たちはダンプカーに乗って、地元に帰った。最後に多田君は聞いてくる。「楽しかったかい?」
 私は正直に感想を言う。「別に」「そうだろうね」

 20年前の私の日記を見返して、一体多田君とは何なのだ?と今も自問する。たぶん多田君は多田君でしかないのだろう。あの日以来、多田君には会っていない。

 

何なのだ?

何なのだ?

物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「反式芸術家七夕ハル 作品群」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

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更新日
登録日
2016-06-02

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