現在、都会っ子。現在、田舎ムスメ
現在、都会っ子。現在、田舎ムスメ
「うぇ、うぇ〜」
「お前!絶対に今、吐くなよ!」
柔らかい二の腕がボクの肩と首筋を巻いていて、白い腕がダラんとだらしなくボクの胸を目掛けて向いている。それとは反対にボクの腕はしっとりとした太ももを持ち上げている。要するに僕は今、この眼鏡をかけた酔っ払いの後輩をおんぶして居酒屋から歩き、ボクのおんぼろアパートの階段を上っていた。その途中、子供の様な声で「ゆっくり、歩いてぇ、吐きそうだよぉ」とアルコールの息を吹きかけて、僕の耳にくすぐる様に喋ったが、こんな時は無視が一番だ。それでボクは何も反応せずに玄関の前に到着し、安っぽい鍵を回して、1Kの部屋へと突入した。
洗濯機から放り出したままの状態でカーペットの上に放置されている、シャツやジャージ、肌着の洗濯物の上におんぶしている酔っ払いをゆっくりと下ろして寝かした。小さい口を金魚の真似をしているかの様にパクパクと動かして女の子は話し始めた。
「み、水をくださぁい」
ボクの靴下を握りしめて口に入れようとする手を叩いて言った。
「それは水じゃない!あー、もうー、水なら冷蔵庫から持って来るから少し待っててよ」
ボクはそう言って冷蔵庫があるキッチンへと進もうと背中を女の子に見せると、酔っ払いは上半身を起こしてネコの様な声で「どこにもいかないでぇ」と言ってボクのシャツを掴んだ。
ボクは軽いため息を吐いて振り向く。
「いい加減にしてよ!お酒が弱い癖にビールを一気に飲んだね?おかげでボクは30分で居酒屋から早退したんだよ!と言うよりも!どうしてお前が居酒屋に来てるわけ?」
ボクの問いに女の子は目をこすりながら言う。
「だってぇ、いっちゃん、頭のキンキラキンの女の人目当てでサークルの飲み会に行ったでしょう?」
目をショボショボとさせている女の子の言葉にボクは静かに抗議する。
「キンキラキンの女の人って?野中さんの事か?別にボクは野中さんが参加するから言ったワケじゃなくて…」
「ウソ!私見たもん!キンキラキンの女の人と話している時、いっちゃん!楽しそうだったもん!」
「それって?今日の2限目の時?あれは、明日の課題について話してて…ん?って、どこから見てたんだよお前!」
こいつはどっから覗き見してんだ?と思いつつ考えていると、女の子は語り出した。
「せっかく頑張って、しかも一浪して!いっちゃんと同じ大学に入って嬉しかったのに、久しぶりにいっちゃんを見たら、脱オタしてるもん!眼鏡もコンタクトに変えてるし、ぶかぶかのチェックの服も着てないし、髪の毛も茶色になってるし、都会の街に犯されちゃってるもん!」少し強めの口調で言い放つ。
「脱オタしたら悪いのかよ」ボクは頭を掻きながら言う。
女の子の酔っ払いは子どもの様な声で言い眼鏡を反射させてボクを否定した。
「悪いよ!私は昔のダサい、いっちゃんの方が良かったんだよ!」
「心に傷つく事を言うのは辞めようか?」
「昔は良く、テレビアニメの音楽を聴いてたのに、最近はアルファベットの音楽しか聴いてないし」
「それ、洋楽な」
「これも全部!キンキラキンの女の人が悪いんだ!」
そう叫ぶと眼鏡をかけた女の子は起き上がり、白い脚の膝を曲げて体育座りをした。お尻にボクのシャツやジーンズを踏んでるのが気になるが…
「そうだよねー、私、コケシ見たいな髪型だし、身長も低いし、服装も小学生みたいだし、ダサい眼鏡をかけてるし、化粧のやり方も分からないし」
女の子は唐突に自己否定をし始めた。
「お前、本当はさめてるだろ?お酒?」
女の子は続ける。
「それに比べて、キンキラキンの女の人は美人だしー、イチゴ大福とカリントウくらいの差があるよねー」
「いや、意味わかんねーし!それよりお前、野中さんに嫉妬してんのか?」
ボクの質問を無視して怒った声で喋る。
「いっちゃん?さっきから、ずっと気になってたんだけど?『お前』って何?地元にいた時は私の事、きーちゃんって呼んでたよね?」
「そうだっけ?」
ボクは目をそらし、壁に張り付く羽虫を見ながら軽く言った。
「酷い!酷いよ!都会に住んだら見た目も、いっちゃんの脳みそも変わっちゃたよー」
女の子はそう言うとボクの洗濯物を投げつけて来た。
「わかった!わかったから!きーちゃん!辞めてって!」
女の子は自慢げにふふんと鼻で笑い言った。
「最初からそう呼ばないのが悪いもんねー」
きーちゃんは唐突に首を動かし、テレビの横にある黒縁の眼鏡を見つけて指を突き出して言う。
「あー!眼鏡がある!いっちゃん!眼鏡をかけて!かけて!」
「大きい声出さないでよ!かけるから」
ボクが眼鏡をかけるときーちゃんは笑って言った。
「昔のいっちゃんがいるー」
そう言ってボクにダイビングをする様に抱きついた。意外に威力があり、ボクは「ぐえ!」と叫び、後ろにあった机に腰をぶつけて、また低い声が漏れた。
「いっで」
そんな事を御構い無しに、きーちゃんはボクのシャツに顔を押し付けて言う。
「いっちゃんの匂いがするよー」
幸せそうな表情を見せた後。
「えへへ、いっちゃん!昔みたいに、頭を撫でてー」と言う。
「え?嫌だよ」ボクはすぐさまに返答した。
「どうして、そこで嫌がるの!」
「だって、コケシヘアーが崩れるだろ?」
「コケシって!言うな!」
きーちゃんはバシバシとボクの頭に向かってチョップをかました。
「さっき、きーちゃんがコケシって自分で言ってただろーが!」
酔っ払いは何を考えているのかが分からない。その途端、きーちゃんは、いきなりボクの身体に馬乗りになって上がり息を荒くして、ボクの顔と黒の眼鏡を撫でて子どもっぽい声で言った。
「いっちゃん、もう逃がさないよ…はぁはぁはぁ」
アルコールの匂いしかしない生き物が鼻息を荒げている。ボクは静かな声で「まさか近所に住む幼馴染に押し倒される時が来るとは…」ボソッと言った。
きーちゃんは必死な声で「ボタン、ボタンが固くてシャツを脱がせられないー」とボクのシャツを一生懸命にかき回すが、今までボクの上で動いていた、きーちゃんはピタリと停止した。
何やらモジモジとし始めて、小さい声で言った。
「あっー」きーちゃんは物凄い顔を赤くした後にボクの方をゆっくりと見た。
「どうした?」
ボクの声にきーちゃんは顔を両手で隠しながら言った。
「酔いがさめてきたので、恥ずかしくなって来ました」
「元に戻ったわけね」
きーちゃんはプルプルと震えながら「いっちゃん!恥ずかしくて死にそうだから、冷蔵庫に入ってる缶ビールを全部持ってきて下さい!」と叫ぶとボクのお腹に額をあてて土下座した。
「ダメです!」ボクは即答する。
「いやだぁあ」きーちゃんは泣きそうな声で嫌がった。
「だから!ダメって言ってるでしょ!」
「もう、私!帰る!」
きーちゃんはそう言うと立ち上がり玄関の前に立つが、じっとしてその先を行かない。そして振り向いてボクに言った。
「いっちゃん?私のサンダルはどこ?」
どうやら居酒屋からボクがおんぶをした時に、居酒屋に忘れたか、それとも道のどこかに落としたらしい。
「私、裸足で帰らないといけないの?」
「またボクがおんぶして連れて行くか?」
「恥かしいから!お断りします!」きーちゃんは首をブンブンと横に振る。
そして、きーちゃんは仕方なそうにして部屋に戻り、洗濯物の上に座った。
「他に座る場所があるだろ!」
「ない!」
「叩き出すぞ!」
ボクは疲れて息を吐いた。
「あぁー、お前のせいで喉が渇いたわ」
ボクは取り合えず冷蔵庫を開けて中から麦茶と酢こんぶを取り出して机の上に置いた。
「なんで?酢こんぶ?」
「お前にはこれくらいが丁度いいんだよ」
「はぁああ!」
「良いから黙って食え!」ボクは酢こんぶを鷲掴みにして大きく開く口に突っ込んだ。
ぐぼっ!
「んむむっんー」
「良いから静かにして聞けよ」静かな声で言う。
ボクは結局こんなコケシお化けに昔から惚れているんだ。ボクは何を思ったのか、この目の前で酢こんぶに苦しむ眼鏡女に自分の気持ちを話していた。
「きーちゃん、あのな、この脱オタ、きーちゃんが大学に受かったって聞いてから始めたんだ。その…ほかの奴にきーちゃん取られたくないし」
「んんんッ!」モグモグとした口から訳の分からない音を立てる。
ボクは取り合えず話しを続けた。
「正直に言ってな!きーちゃんがいきなり居酒屋に来たの驚いたんだぞ!サークルメンバーの男どもに絶対!合わせたくなかったのに」
きーちゃんはボクの話しを聞いて、急いで酢こんぶを掃除機の様に吸い込んで言った。
「いっちゃん!それって遠回しだけど、私に対しての愛の告白だよね?どうして酢こんぶ食ってる時に告白するの!もうちょっと、ロマンチックな雰囲気を出しても良いんじゃないかな!」
きーちゃんはそう言うと酢こんぶを一つ手にとって、ムシャムシャと食べ始めた。
「田舎ムスメにロマンチックもクソもあるか!」
ボクは立って冷蔵庫の方に向かった。
「いっちゃん!どこに行くの!」
「ビールを取りにだよ!悪いか!」
ボクは冷蔵庫から冷えた缶ビールのパックを持って机に戻り、缶ビールのフタを開けて勢い良く喉を鳴らして呑んだ。
きーちゃんは何となく赤くなった頬を見せながらボクに言った。
「私の勘だとさ、キンキラキンの女の人、いっちゃんの事が好きだよ」
「お前の勘は知らん」
ボクはすぐにビールを飲みほして、次の缶ビールに手を出した。
「だってぇ、いっちゃんが私をおんぶした時、すんごい私の事見てたよ」
「泥酔してたんじゃねぇーのかよ」
「でも実際、いっちゃんも気になってるんじゃないの本当は?」
「…」
ボクは黙って考えた後、話す事にした。
「大学入学の当初な、野中さんはお前見たいなコケシヘアだったんだよ」
「ふふーん、つまり私を思い出してその女に近づいた、という事ね?」
きーちゃんは自慢げに言った。
「そんな感じかな?あと、スーパーのレジ袋に毎日、教科書を入れて歩いててさ、気になって声をかけたくなったと言うか、そんなところ」
「いくら何でも、私だってカバンくらい持ってるよ!よく思い出してよ!私、クマの刺繍がされたトートバックに教科書を入れてたでしょ!」
「んで、いつの間にか会話くらいはする様になって、その後からだんだんと、お前の言うキンキラキンになってた」
「光るコケシ…には変身しなかったのね」
きーちゃんはボソッと言って話す。
「それで、いっちゃんの為に変身した女はモテる女に化けたと、俺が育てたぁあ、とか思わなかったの?」
「実は少しだけ思った」ボクはニヤっと笑った。
「いっちゃんキモいよ…」
その後、何故か沈黙が続いて、きーちゃんはボクに質問した。
「私もコケシから変わった方がいいのかな?」
「野中さんは、あれで良かったって思う」
「でもきーちゃんは変わらなくて良いよ」
ボクはきーちゃんの眼鏡奥に見える瞳を見て言った。そしてボクの言葉にきーちゃんはニヤニヤと笑いそうになるのを、堪える為に自分の頬っぺたを横に引っ張っているが明らかに目が昇天している。そして顔をゴシゴシと手で擦ってボクに言った。
「いっちゃん!缶ビール!まだまだあるでしょ!」
きーちゃんはサッと腕を伸ばして言った。
「おいまて!何勝手に飲んでるだよ!さっきまで死んでた奴が!だから、飲めないくせに、一気飲みしてんじゃねぇーよ!」
きーちゃんはボクの持ってきた机の上に置いてある缶ビールのフタをを指を引っ張って開けて、目を閉じて飲み干した。
その後。
「うぅ…」
「お前は、アホか!言わんこっちゃない、ほら!顔が白いぞ」
「トイレに行きだい」
「一人で立てないのか、しゃーない、ほら手をかせ…」
ボクがそう言って手を掴んだ瞬間、きーちゃんはボクに笑顔を向けて、「ごめん、もう無理」と言ってボクの洗濯物の上にマーライオンの真似をした。もちろん水ではなくアルコールのだ。
ボタボタと広がる液体を洗濯物と融合させた光景をボクに見せる。
「お前は明日、俺に裸で大学に行けと言ってんのか?」
気持ちよくなった顔で目の前にいる、コケシにボクは呆れた声で言った。
もう結構な時間になる。
ボクは部屋の明かりを消す。エアコンのスイッチを暗闇の中で慣れた手つきで押して、冷たい空気が広がる。敷き布団の中にいる酔っ払いが、机の横でシーツに包まるボクに向かって話す。
「えへへ〜、いっちゃんと久しぶりに眠るねー」
「ボクがここの住人なのに扱いが酷いよね?しかも周りが異臭がするし、もう、きーちゃん!地元に帰ってよ!」
ボクが一言を言うと、きーちゃんは敷き布団からゴロゴロと転がってきて、ボクの手を握って幼い声で言った。
「いっちゃん?私のどこが好きなの?」
ボクは少し考えて「んー、やっぱ、アニメ声っぽい声をしてるからかな?」
「いっちゃん?正直過ぎはどうかと思うよ?」
引き気味の声で言う。きーちゃん。
「きーちゃんは?」ボクも尋ねる。
「私は眼鏡!」
そう言ってボクの眼鏡をはずそうとする。
「せめてボクの身体の一部にしてよ!」
ボクは彼女の手のぬくもりを感じつつも考えていた。それは明日の事だ。はぁ、明日の1限の授業はきーちゃん、ボクについて来そうだよな。すると奴らどもと野中さんにも紹介するのか…二日酔いで明日はきーちゃんが死にかけています様に…そのボクの必死の思いも知らないで、きーちゃんは耳元で「いっちゃんのお友達!紹介してね!」と言った。
現在、都会っ子。現在、田舎ムスメ
田舎ムスメどっかにいないかなぁー