ナビ子ちゃん
初めて行く場所ではなかったが、方向音痴の太田は念のためカーナビに目的地を入力した。すぐにAV端末にロードマップが表示され、音声案内が始まった。
《ルート案内を開始します。目的地への到着予定時刻は、15時13分です》
「オッケー、ナビ子ちゃん、頼んだぜ」
もちろん、ナビに応答するような機能はない。太田の独り言である。
《およそ800メートル先、左折です》
「えーっ、それだと遠回りじゃないか」
《この先、左折です》
「いやいや、ナビ子ちゃん、ここは直進だろう。それぐらいおれだってわかるよ。それに、ここから曲がって遠回りするほど、前の道は混んでないよ」
《まもなく、左折です》
「いいからいいから」
《左折です》
太田が無視して直進すると、すぐさまナビはルートを再計算し、次の指示を出してきた。
《およそ500メートル先、左折です》
太田にはナビの声が心なしか不機嫌になったような気がした。そういえば、ナビに逆らうと機嫌が悪くなるというウワサを聞いたことがある。
(まあ、すべての車に人工知能が搭載されて、自動運転が当たり前の時代になれば、そんなことも起きるかもしれないけど、どうせ都市伝説の一種だろう)
《まもなく、左折です》
「うーん、ナビ子ちゃんも、頑固だねえ。そっちに彼氏でも待ってんの?」
《左折です。その後すぐ、右折です》
太田は、ふと、真っ直ぐに行くと危ないのかもしれないと思い直し、左折した。
(もしかして、あの時はナビのおかげで命拾いしました、みたいなことかもしれないぞ)
《右折です》
本当にそうだったら、後で友達に自慢してやろうと、太田がニヤニヤしながら右折すると、前方を塞ぐようにロケバスが駐車しているのが見えた。テレビカメラも数台あるようだ。太田は仕方なく車を停めた。
(テレビの撮影みたいだな。どうでもいいけど、これじゃ通れないぞ)
すると、ロケバスの陰からADらしき青年が出て来て両手を振って叫んだ。
「すいませーん、撮影中なんで、迂回してもらえませんか」
まるでこちらが悪いような言いぐさにカチンときて、太田は窓から顔を出して叫んだ。
「だったら、表示ぐらい出しとけよ!」
「ホント、すいませーん」
少しも悪いと思っていない様子に、さらに太田が大きな声を出そうとした時、ADの後ろから出て来た若い男が「ご協力お願いします」と頭を下げた。太田も顔だけは知っている、最近人気が出て来たアイドルグループのボーカルであった。
すると、ご機嫌な声のカーナビの音声案内が聞こえてきた。
《目的地周辺です。運転、お疲れさまでした》
(おわり)
ナビ子ちゃん