小さなレモネード屋さん
古い街を歩いていたら小さな女の子に出会った。白と水色のドット柄のパラソルの下にテーブルセットを置いて自家製のレモネードを売る女の子は、まだ子供のようだけれどここでは立派な店主だ。せっかくだから買ってあげたいのだけれど、僕はレモネードが何かわからないのでしばらくそこで思案する。その間にも小さな店主は道行く人に声をかけている。けれどみんな、そんな店主に当たり障りのない笑みを浮かべるだけで買ったりはしない。レモネードとはこの辺であまり馴染みのない物なのだろうか。周りを見てみると、この街にはレモネードを飲む人よりアイスクリームを食べている人の方が多い。僕には肌寒いくらいなのだけれど、みんなは薄着でアイスクリームを舐めている。
結局、レモネードが何なのかはわからないままなのだけれど、僕は小さな店主が売る自家製レモネードをひとつ買ってみる事にした。
「こんにちは。レモネードをひとつ」
「こんにちは。どうもありがとう。お兄さん、もしかしてここは初めて?」
「そうだよ。でも、どうして?」
「この辺に住む人たちはあまりレモネードを飲まないから」
「もしかしてここの人たちはアイスクリームをよく食べるの?」
「そうよ。この道をずっと行くと公園があるの。そこへ行ってみて」
「わかったよ。これ、どうもありがとう」
小さな店主と別れ、カップに注がれたレモネードを片手に公園を目指して歩き出す。初めて飲んだレモネードは少し苦かった。
それから10分ほど古い街並みを見ながら歩くと、店主の言っていた公園に着いた。
「これはすごい」
公園にはたくさんのアイスクリーム屋があった。夏祭りに出ているたくさんの屋台が、全部アイスクリーム屋になった感じ。
あるアイスクリーム屋はワゴン車。またあるアイスクリーム屋は冷蔵庫をそのまま持ってきていたり。とにかく色々なアイスクリーム屋が並んでいた。公園にいる人たちはみんな両手にアイスクリームを持っているから、きっとこの街に住む人たちなのだろう。
僕は目に付いたアイスクリーム屋でひとつだけ買ってみる事にした。
「アイスクリームをひとつ」
「やぁ!ボクの店を選ぶなんてお目が高いね!何のフレーバーにする?」
「うーん。お兄さんのおすすめは何?」
「ボクのおすすめは、このチョコレートチップクッキーにキャラメルとバニラのミックスアイスをサンドしたやつだよ」
「わぁ……とても甘そうだね」
「もちろん!何せここは甘党の街だからね」
「じゃあ、それをひとつ」
「喜んで!」
お兄さんは素敵な笑顔でチョコレートチップクッキーにキャラメルとバニラのミックスアイスをべちゃべちゃ乗せていく。見た目もボリュームも大迫力だ。
「はい!出来たよ」
「どうもありがとう」
またねと手を振るお兄さんに手を振り返して手の中のそれにかぶりつく。喉が焼けるような甘さだ。思わず咳をした。お兄さん残念だけれど、また、はないかな。
それから公園内のアイスクリーム屋を2時間くらいかけて一通り見て、さっき歩いてきた道を今度はレモネード屋の方に向かって歩き始めた。
10分ほど歩くと、あのレモネード屋に着いた。
「やぁ、小さな店主さん」
「どうも、さっきぶりね。レモネードはいかが?」
「じゃあ、ひとつ貰おうかな」
パラソルの下にあるイスに座っていた小さな店主は、手際よく僕の分のレモネードを今度はグラスに注いでくれる。グラスに注がれた薄黄のレモネードは、夕陽に反射してキラキラ輝いた。
「どうぞ。お代は私とのおしゃべりでいいわ」
「それは素敵なサービスだ。ありがとう」
「公園に行ってきたのでしょう?どうだった?」
「あんなにアイスクリーム屋が並んでるところ、初めて見たよ」
「そうでしょう。私もここに来た時は驚いたわ」
「それにとっても甘かった」
「ここは甘党の街って別名があるくらい甘党が多いのよ」
「みたいだね」
女の子は一度グラスに口を付けると、イスの背もたれに寄りかかった。今更気が付いたのだけれど、女の子はスウィスの民族衣装みたいな服を着ているから、そっちの方からやって来たのかもしれない。
「そういえば君は、みんなみたいに薄着じゃないんだね」
「ええ。私は今日が暑いとは思わないもの」
「はは、それは僕も同感だな」
甘過ぎるアイスクリーム屋が立ち並ぶこの街は、何だか空気までもが甘い気がする。そんな事を思いながら僕はまったりとした動きでグラスを傾ける。
口の中に流れ込んでくる少し苦い自家製レモネードが、この街の甘さに溺れかけている今の僕にはちょうどよかった。
小さなレモネード屋さん