ナポレオンの紅茶

ナポレオンの紅茶

第四部 淑女の皇帝と、

雲の影響か喫茶店の中は薄暗い、腰壁の上にある引き違いの窓からも、あまり光が入ってこない。天井から垂れ下がりカップケーキに似た間接照明がボンヤリとカウンターに座る三人を照らしている。小豆色のバイトの制服を着け、その上から白いエプロンを重ね、眼鏡をかけている少女は黙って木目が彫られたコップにお湯を注いでいる。
その少女に声の低い者が語りかけた。
「フフフッ、それで新林くんとケンカになったのかい?」
黒くて細く今にも折れそうなツヤのある髪の毛が肩にかかる程に伸びている。その髪の毛を揺らして、セミロングの少女は優しく微笑んで言った。襟には青色のリボンを締め、紺のブレザーの制服を身にまとっている。少女は肩にかかっている髪の毛の毛先を指で巻きながら喋りだす。
「痴話ゲンカも程々にしてほしいよね、こっちも甘ったるい雰囲気の生徒会室で仕事はやりにくくてね」ニヤッと笑う。
その言葉に髪の毛が赤く眼鏡をかけたショートカットの女の子は、注いだコップを力強くセミロングの少女の目の前に置いて、口調を荒げて言う。
「ちょっと、泉、やめてよねそう言うの!だれがあんな、やる気のない人間とケンカをするって言うわけ?あー、本当にムカつくわ」
口に桜の花びらが掘られたコップを付けてススっていた、髪の毛が黒く、学ランを身に付けた目の大きい少年はコップをカウンターの上に置いて言った。
「いろは会長!何か、最後の言葉にケンカした後の感情が現れていますよ!」
そうしてニヤニヤと微笑む少女に髪の毛が黒い学ランを着けた少年は話した。
「泉先輩はつまり、甘ったるい生徒会室から逃げて来た、そう言うことですね」
少年の言葉に泉と呼ばれた少女は語った。
「それは違うよ広坂くん? 新林くんがピリピリしてるとね、生徒会室で仕事をしているシオネくんと毛利くん、まぁヒスイくんは何時もの様に変わらないが、落ち着きがなくてね、自分的には早く仲直りをしてほしいと思って、いろはを説得に来たのさ」そう言うとセミロングの髪を揺らしてフフフッと微笑んだ。
「いや、結果的にですよ、生徒会室から逃げて来られたんですね?泉先輩?」髪の毛が黒い少年は疑問の声をかけた。
その少年の事を無視して、いろは会長は泉に向かって強い言葉を放つ。
「知らないわよ、勝手に怒ってるのは新林の奴でしょ!仲直りの意味も訳がわからないわ!」
「困ったものだね、いろはも素直になれば可愛いのに」
泉は目の前に置かれた木目が彫られたコップを両手で持ち上げて赤い唇にゆっくりと流し込んだ。
「うん、やはりミルクティーは実に美味い、わがままを言うともう少し甘くても良い気がするけど」
彼女のミルクティーに対するコメントを無視していろは会長は言った。
「ったく!誰が新林を生徒会に入れたのよ!マジ、ふざけんなよ」
「はい!この広坂が新林をお招き致しました!」
「お前だったな!」
パァアンッ!
いろは会長の理不尽な手のひらが広坂の右頬を直撃する。
後ろによろめいた広坂は瞬時に戻り直して「有難き幸せ!」と叫び、左の頬を差し出した。
「殴りたいけど、広坂の顔の油が手に着いたから辞めとくわ」
いろは会長はそう言って流し台にあった布巾で手を拭いた。
「いろは、新林くんは良くやっているだろう?君がここでバイトをしている間は、キミの仕事を遅くまで残って、やっている時もある事はキミも知っているだろう?」
「確かにそれは認めるわ!でもそれは新林の奴がやりたくて、やってる事よ!それなら文句を言わないでやって欲しいわ!」
いろは会長は腕を組んで泉に強い口調で言った?
「いろは会長!それならこの、広坂に!新林に任せている仕事をお与になって下さい!」
広坂は軽くお辞儀して言う。
「いやーよ!広坂は信用できないわ!それくらいならダンゴムシに頼むわよ、土下座してでも!」
「いろは会長!酷い!それは言い過ぎじゃないですか!」広坂は椅子から立ち上がって叫んだ。
「フフフッ、結局のところ、新林くんを信用しているではないか、でないとあれ程の仕事内容を任せられる訳がない、それにしても広坂くんはダンゴムシ以下か、いろはからの評価は」
「泉先輩まで僕を虐めますか!今、ここで生徒会のメンバーで虐めが始まってますよ!泣きそうなんで辞めてください!」
広坂は人差し指を指して泉に言うが泉は気にせずに、いろは会長に話す。
「それに、新林くんの評価は他の生徒からも高くなってきているだろう?最初の頃は部活生や先生方、風紀委員とも問題を起こしたが、結局のところ新林くんの熱意を認め始めているではないか」
いろは会長は鼻で笑う。
「熱意?新林が?冗談はよしてよね!あんなやる気のない顔を今まで見た事がないわ!文句とアクビしか、口から出てこない奴でしょうが!」
途端に広坂はいろは会長に顔をグゥーと近づけて「いろは会長!見てください!このやる気で輝いている僕の眼差しを!」と言う。
しかし、いろは会長は鬼の形相でスプーンを取り出して言った。
「黙ってないと、その目ん玉をスプーンでくり抜くわよ!」
「それじゃあ、片目を閉じて、いろは会長にウィンクしちゃいます!」広坂はピンッと右目を閉じてハートが弾ける様な笑顔と舌を出してテヘッと笑った。
いろは会長は笑っていない。
「え?いろは会長?どうしてスプーンを持ってるんですか?ちょっと!それ!ガチじゃないですか!痛いから辞めてください!やめてぇええ!!」
二人のやりとりを観察していた泉は細い声で話す。
「人に当たるだなんて、いろはらしくないわね」
「何よそれ?」泉の言葉に眉間にシワを寄せた。
「ミルクティーも甘くないのはそのせいかな?キミは自分に厳しいが新林くんにはもっと厳しいよね、他の人間には優しいくせにさ」
泉の言葉にまたピクピクといろは会長の眉は上がった。
「何か言いたいことがある様ね?私が嫌味を言われる事が一番、嫌いって知ってるでしょ?泉?」
「フフフッ、知っているからこそ、あえてキミに言ってるのさ」
「それで…何が言いたい訳?ケンカは買うわよ?泉?」
と、急に元気になった広坂は二人の間に割って入り喋り出した。
「いろは会長!僕の目ん玉をどこに捨てたんですか!いつもの優しい会長が見えないです!この広坂はとても悲しいですよ」
広坂はスプーンで両目を隠して口を動かして言う。
眼鏡の奥が般若の様に変化しようとしている、いろは会長は手を高く上げて広坂に降り下げ様とするがこの時、落ち着いた声で語りかける泉によって、いろは会長の手がピタリと止まった。
「新林くんの件で一つ言うが、キミは誤解している」
「私が誤解?何かの間違いじゃないの?」
「フフフッ、手が止まっているぞ?気になってるじゃないか?」
「うっさいわよ!その誤解っていう事、さっさと教えてくれないかしら?」
いろは会長の言葉にしばし、沈黙が続いたが泉によって話される。
「キミが書いた書類を新林くんが勝手に書き換えて、風紀委員と教員に提出したと思っているんだろう?」
「そうよ!私が丸三日をかけて期限に合わせて書き終えた、学院の安全書類を私の机に置いてたら、新林の奴が全ての文書を書き換えて提出したのよ!」
いろは会長は一つ一つ声を発するたびに声量が大きくなる。
「それも、私に一切声もかけずに!私が最終決定権を持ってる事を忘れてるのよ!奴は!」
泉は優しく微笑んいろは会長に言った。
「いろは、実はこの事に理由があってだね、生徒会の顧問、青桐先生がおられるだろう?」
「青桐先生がどうしたのよ?」いろは会長は簡潔に答える。
「青桐先生はその日、珍しく生徒会室に一番早く来ていて、何故か珍しくやる気に満ちあふれていたらしくてね」
「生徒会室を全力で掃除したらしい」
泉は説明をし始めた。

回想 〜青桐先生の楽しいお掃除〜
「何か今日、珍しく教頭に褒められちった!よしッ!先生がたまには、生徒会室を綺麗にしてやるじゃん!」そしてガッツポーズをして自分を盛り上げた。
「おおっ!ホウキなんて持ったの幼稚園ぶりだぜ!ほれほれゴミはゴミ箱へ〜」
「窓も雑巾かけるか!ははは!何か窓が黒くなってきちゃった!まぁ、いいじゃん」
「会議用のテーブルは綺麗になったな!ん?何かいろはちゃんの机の上にプリントが置いてあるじゃん!もう散らかして!ゴミはゴミ箱へ〜」白いプリントを丸め、潰してゴミ箱へとシュートを行い、またもやガッツポーズをした。
「よっし!綺麗になった!さぁ、今日は定時に帰るか!ははは!」そう言って無事に帰宅。
回想〜青桐先生の楽しいお掃除終了〜

「これが事の始まりさ、丸三日かけて書き終えたキミは、疲れながらもバイトに出勤してるし提出期間の時間もない、新林くんはキミを気遣った結果、いろは会長と言うキミには連絡しないで一人で徹夜する事を選んだのさ」
その話を聞いていろは会長の顔は怒りは消えて逆に青ざめる。
「っていう事は全悪いのは青桐先生って事じゃない?」
「フフフッ、そうだね」
「ど、ど、ど、どうしよ、私、新林にかなり酷い事を言ったわ」いろは会長はエプロンを握りしめて言った。
その声に広坂は高いキーの声を出して、いろは会長に言う。
「この!新林のバカったれ!もう副会長はクビよ!クビ!さっさと生徒会室から出ていけ!って、いろは会長は消しゴムでも投げながら言ったんですよね?」広坂はいろは会長の真似をして言った。
「広坂の真似は物凄くムカつくけど、そのまんまよ」そう言った。
「はぁー、どうしよ、私って謝るのが苦手なのよね」
いろは会長は深いため息を吐いた後、泉はニヤニヤと笑い言葉を発した。
「それは新林くんだから謝るのが苦手に思っている、そうだろう?いろは?」
広坂も続けて言う。
「大丈夫ですよ!いろは会長!新林は三歩歩いたら昨日の記憶なんて消えてますから!」
「それはそれで、ムカつくわね」真顔で返答する。
広坂は真面目な表情になり、いろは会長に言い始める。
「わかりました、この広坂、いろは会長に助言をお伝えしましょう!」
「変な助言だったらひっぱたたくわよ」いろは会長は広坂の顔を見た。
広坂は笑って「新林はアップルティーが好きです、ですからお菓子とアップルティーを持っていけば彼は大人しくなりますよ、そこで素直に謝りましょう!いろは会長!素直です!ここが大事ですよ!」
「…アップルティーが好きか、私と一緒だ…」
いろは会長はポツリと言った。
「いろは会長?」
「わかったわ!アップルティーを入れるのはポットで良いかしら!」
「フフフッ、急に元気になったじゃないか」
「うっさいわよ!それじゃ、少しの間だけ学院に行ってくるから店番の方、ヨロシクね!」
いろは会長は急いで準備をして台風の様に喫茶店から飛び出していく。

チャリーン、チャリーン…
入り口のドアに付いている鈴が、少女の勢い良く開けたせいで音が鳴った。そしていろは会長が学院の方向に駆けていく音が小さくなっていくのが分かる。

喫茶店では二人が残された。カチコチと音を鳴らす大きな古時計が鼓膜を触って少々、沈黙が続いたが広坂の声で打ち破れた。
「泉先輩、何やってるんですか!何、いろは会長に助言を与えてるんですか!アホの極みですよ!」
その声に泉は細々と言う。
「だ、だってぇ、いろはが本当に可愛いそうだったから…」
今にも泣きそうな声だ。さっきの泉とは全然違った人の様だ。
「だっての糞もありませんよ!泉先輩は誰を狙っているんですか!」
「新林くんだよぉ」
泉は下を向いて細い声で言った。
「それじゃあ!どうして助け船をいろは会長にお与えになるんですか!せっかく新林に泉先輩の良い所を見せるチャンスだったんですよ!」
「そんなのわかってるよぉ、さっき生徒会室に自分と新林くんが二人っきりになる状況があったけど、新林くんずっとパソコン弄ってて明らかに怒ってるし、話せる空気じゃなかったんだよぉ」
「泉先輩のアホ!バカ!マヌケ!新林はいろは会長に怒ってるんですよ!決して泉先輩に怒っていません!あぁ本当に勿体無いです!」
「そこまで言わなくてもいいでしょぉ」
「いいえ!もう一度言いますよ!泉先輩のアホ!バカ!マヌケ!意気地なし!」
「いいすぎだよ〜」
そう御覧の通り、泉先輩には二面性がある。秀才で勉強ができ容姿端麗、スポーツも抜群で過去にテニスの大会で全国大会を優勝もした経験もある。さらに学院に入学した当初、一年生ながらも教師、風紀委員、生徒たちから熱い人望で生徒会、会長に推薦され活躍した事もある。学院の星で、スター性とカリスマ性も持ち合わせた人なのだが…
「でもぉ、新林くんと目が合ったよ」
「人間誰しも目くらいは合いますから!」
泉先輩のこの弱々しい姿はおそらく僕と泉先輩の家族しか知らないであろう。何故、僕が知ってるかだって?それは僕も良く分からないが新林の話をする機会があった時からだ、徐々にこの様な言葉使いになり、最後には完全変革をしたのか知らないが、僕と二人の時には今にも泣いてしまいそうな声で喋りだすのだ。
「もう、しっかりして下さいよ!僕もいろは会長を狙ってるんですからね!」
「えぇー広坂くんにはシオネくんが、いるでしょ?」
どうしたのか、僕が今、一番聞きたくない名前が耳の中に入る。
「嫌です!絶対に嫌です!あんな全てを都合よく受け取る女なんか嫌です!きっとこう言いますよ!シオネ、広坂せんぱいの自信まんまんで言う絶対に嫌です!何て言葉に感激しました!とか、言いますよ!頭がおかしいですよ!」
「でもシオネくんはスラリとした、スレンダーでモデルに似た容姿は美しいんじゃあ?」
「それも嫌です!僕はいろは会長みたいな、チンチクリンで身長が低くて脚が短くて、またそれに加えて脚がO脚に曲がった姿が大好きなんです!」
「ま、まぁ、人の好みは色々あるけど、最後のは、いろはに対しての文句にしか聞こえないなぁ…」
泉は少し考えた様な表情を見せて、新しく思いついた様に言った。
「それじゃあシオネくんは凄い絵画の才能があるでしょ?この間も賞を総ナメして、新聞社からインタビューを受けてたし」
僕は必死に首を横に振る。
「普通に見て何故、猫が適当に歩いて描いた様なラクガキが評価されているのかが、僕には全く理解が出来ません!そして最近取った賞の絵の題名が空と大地ですけど、頭の禿げたおっさんが焼きそばを床に落っことしている様にしか僕には見えませんでした!」
「題名、禿げ飛散、に変えるべきですね」
僕の言葉に泉は悲しそうな声で言った。
「広坂くんはシオネくんに親でも殺されたの?」泉先輩は僕を見つめて言う。
しかし僕はここで話題を変えた。
「そにしても青桐教員もやってくれましたね、いろは会長の書いたプリントを捨てる何て、確認くらいしろって話ですよね」
「ううん、違うよ、本当はあのプリントを処分したのは自分だよ」
「は?」
僕は泉先輩の一言に空気が口から出る様に言ってしまった。
「確かに、丸三日をかけて、いろはは安全書類を仕上げたけど、バイトのせいか学院に対して目が行き届いてなく感じてね、この程度の書類の内容なら新林くんの方がもっと条件の良い書類を製作出来るって自分が勝手に判断したの。だから処分した」
「それなら、いろは会長に一言、伝えれば…」
「それも勿論考えたわ、でもいろはの性格なら対抗意識を燃やして取り込むし、でもバイトはある、期限もない、そして新林くんの方が完成度は高い、そして都合よく青桐先生が生徒会室を掃除し始めた、どう考えても一枚の紙切れを処分するのが正解なの」
「泉先輩って生徒会を裏で操る皇帝ですよね」
僕は目の前にいる怖い人に言った。泉先輩はいつもの顔に戻って僕に言った。
「フフフッ、今さら気づいたのかい?広坂くんもまだまだ未熟だね?」

チャリーン、チャリーン…
入り口のドアに付いている鈴が、勢い良く開きそれと共に嬉しそうな声が喫茶店の中に伝わる。「新林の奴アップルティーを全部、飲み干したのよ!たまには嬉しい事をするじゃないの!」その声に僕と泉先輩は優しく出迎えた。
ここは七色喫茶、学院と商店街の間にある、小さな喫茶店。落ち着いた雰囲気と古ぼけた家具と大きな古時計が置いてあるだけのお店、だけども紅茶の味には自信があります。また一度、ご来店の方を御待ちしております。

ナポレオンの紅茶

ご来店の方、誠にありがとうございます。ではまた第五部の方でお会い出来たら…

ナポレオンの紅茶

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更新日
登録日
2016-05-30

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