ゼダーソルン ウェシュニップへ (後)

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ウェシュニップへ (後)

一章 ブレン・ホウアーヴについての概要

 『シム』とは。
 『可能態』を意味する言葉で、ここビゼ界とは別の、ハルバラ界という世界に棲まう特異知性体の総称である。
 その由来は太古の昔、彼らの始祖とも言うべき存在が、己の特性についてそう形容したことにあるとされている。
 また、それは、一見つぎの段階へと発展をとげたかのようだった彼らと、そこからシムであることを捨てたはずの今日の彼らにも粛々と受け継がれたものであり。さすれば彼ら『シム』の本質は、つねに可能態であり続けることなのではあるまいかと思うところである。
 推測ではあるが、そう的がはずれたものもでもない。事実、いくつかの時代で彼らは、その身体、または社会形態においても、完成のないままに変異を起こし、むかう先を移行することに成功している。
 そして、こうした背景を考慮したからこその決断だったのだろう。
 当時を知る幾多の生命にとって、『あらゆる理を凌駕する神々』と謳われたシムの存在は、吉兆の象徴であると同時に凶兆の象徴でもあったものだが、しだいに粗暴化、他の生命を軽んじる行いが増えるにしたがってその均衡はやぶられた。
 元来うぬぼれが強く目先の快楽を優先しがちなシムが、いったんタガをはずせば後戻りは不可能に近い。よって制裁に乗り出したシムの最高指導者、『シャグ』とよばれた十人の大賢者らの糾弾さえも強い足かせにはならず、かえって不穏分子を増やす要因になってしまった。
 もはや制御不能、シムの不遜極まりない行為はとどまることを知らず。
 しかして、これ以上の事態の悪化を望まないシャグらは、早急に窮策へと手をのばす決断を下したのであった。
 それはシムがシムたるゆえんを構築するになくてはならない特異な知覚、『ゼダーソルン』を一時的に封じ込めるというもので。そうして彼らの勢いを削ぎ落し、ついで不穏分子を徹底排除したうえで、以降、この世におけるシムのあり方、生きざまそのものの改変をもめざすとした、じつに大掛かりな策略であった。
 一方。
若干十七歳にして十人目のシャグとして名を連ねたばかりであったこの私、現在はセブ・ダーザインを名乗るブレン・ホウアーヴは、ひとまず御大らに賛同した形をとりはしたものの、多大な犠牲を見越したうえでのその策略に心底おびえ、また強烈なうしろめたさを拭いきれずにいたのだった。
 それと言うのも。このころの私は、表立っては自他ともに称賛に値する品位を保っていたのだが、本来の素行は極めて悪質。いまさら自身を糾弾したところでせんないことだが、あえて一例をあげてみれば。シャグに就任するほんの一年前にも、とある非干渉世界(パルヴィ・ワン)にて偶然目についた惑星の自然環境を気まぐれに破壊し、厄災に巻き込まれた多くの生命があわてふためき、その身の不運を嘆きつつ滅していくさまを見て享楽にふけっていたのだ。ともすれば、自身も、日ごろの愚行が露見して排除の対象になるやもしれぬ。だけでなく、同等の罪人であるだろう者たちを、この手で排除しなければならないともなれば、御大らに足並みをそろえかねるのは致し方のないことだった。
 しかし。
 そんな私一人だけの想いが干渉できる未来などはたかが知れている。一切の前触れなくして、ゼダーソルンを封じられる側の彼らとしても、抗う機会があろうはずがなかった。
 策略は粛々と、用意されたシナリオどおりに。だが、おそらくは、

  生まれてはじめて
  生きることに恐怖したことだったろう

 それまでゼダーソルンを駆使することで、日常起こりうる、すこしばかりの悲しみや苦しみさえも遠ざけることができていたのだ。ゼダーソルンなくして生きる術など知る由もなかった彼らが、ゼダーソルンを認識できぬまま、さまざまな苦難にさらされたそのときに、感じた恐怖と絶望は我らの予想をはるかに超えていたにちがいなかった。
 当然その混乱ぶりは常軌を逸した。また、それらの感情はしだいに行き場のない激しい怒りへ転化され、事態はシムの全生息域を巻き込むまでの暴動へと移行。すでに不穏分子の捕獲、強制排除へとコマを進めていた我らシャグの非道を隠すにも一役買って見せたのだった。
 そうこうするうち、ようやく手にした情報は当初の推察どおり、私の未来を明るく照らすものではなかった。やはり私の愚行はすでに御大らの知るところであり、排除の対象として名をあげていたのだ。そうとわかったからには、手をこまねいて彼らの手にかかるつもりはなかった。私は、この窮地を脱するためにもシムナイムから外宇宙へ、非干渉世界(パルヴィ・ワン)への逃走を決断したのだ。

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 「可能態」はアリストテレスのデュナミス(可能態)とほぼ同じ意味で使いました。

 そこそこセブ・ダーザインの正体がわかったところで、つぎの章ではいよいよゼダーソルンについてのウンチクが語られます。
 ほとんど改稿する必要はないはずなのですが、ここ数年、物理から離れすぎていたので、果たしてこれでウソなりに筋が通ってるのかどうかわかりかねる始末。なので、つぎの投稿は一か月先にできれば……できるといいな。

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回想録の一章目に記されたのは、アープナイム文化圏に伝わる歴史の謎「ゼダーソルンの消失」の真実と、セブ・ダーザインの過去とその正体を明かすものだった。小学5年生~中学1年生までを対象年齢と想定して創った作品なので漢字が少なめ、セリフ多めです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-28

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