鈍感男
「おまえ、変わってるな」なんてことをよく聞きますが、これは自分の価値観や常識感というんですか――それと相手の考えや行動に大きなズレがある場合にいうセリフですね。
例えばゲテモノの類は一切食べない、それが常識と考える男がいたとします。
その男からすれば、一日一回カメレオンを食べる男は「変わってる」となります。
逆に、一日一回カメレオン食べるのが普通である、常識である――日本にはいないと思いますが、どこかの国にはそういう文化の国があるかもしれません――と考える男からすれば食べない男は「変わってる」となります。
みなさんも誰かに対して「変わってるな」なんて思った場合、相手からも「変わってるな」と思われてる場合もある、ということです。
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――Aは変わったやつだった。
一日二回、燻製にしたカメレオンを食べていた。
ちょくちょくモロッコに行っては大量に買ってきていた。
電車が急ブレーキをかけ、アナウンスがありしばらく動かなかった時に、通路をはさんだ向こう側の座席に座っている男の子の持っている「爬虫類図鑑」に目が行き、それでAのことを思い出した。
しばらく経って、電車は動き始めた。
駅に到着した。
B駅であるはずだが看板の駅名が読めないことで眼鏡を忘れてきたことを思い出す。
駅に着くと図鑑の少年とその母親は降りて行った。
入れ替わりにAが乗ってきた。
何年も会っていないがおそらくAだろう。
Aは電車に乗る時にいつも誰にも触れられないように乗っていた。
パントマイムが好きな奴だった。
最初見た時は何をしてるのかわからなかった。
くねくねと体を動かしながら電車に乗り込むAが不気味だった。
Aは席があるにも関わらず立っていた。
吊革につかまらずに足の踏ん張りだけで電車の動きから体を支えていた。
電車がカーブで大きく揺れた。
Aは、まるで車内に最初から設置されたオブジェの様にびくともしなかった。
次の駅に止まって人が乗り込んできた。
Aが座ったのを見てメールをしてみたが携帯電話を見る気配はない。
似ているだけで別人か?
しばらく観察することにした。
人が増えてきた車内でAは自分の白いTシャツに絵を描き始めた。
Aは自分のTシャツにスペインの建築物サグラダファミリアの絵を描く癖があった。
どんな場所でもお構いなしに描いていた。
Tシャツをズボンに入れて固定し、両手で描いていく。
間違いない。
もう一度メールしよう。
そう考えた時に思い出した。
アドレス変わったのではないか、と。
そういえばよくアドレス変えていた。
一日に二回も三回も変更する時があった。
そして、一日に二回も三回も変更のお知らせメールがAから来たことを思い出した。
しばらく会っていなかったが、Aは何も変わってない。
変わってる人間であることに変わりがない。
まわりの人はみなAに無関心のようだ。
関わりたくないのだろう。
常識的に考えて、変わった人間と関わりたくないと考えるのは普通だ。
もしくは――今、彼は透明人間なのかもしれない。
Aは大学時代に医学部であり、かつ超常現象研究会に属していた。
そしてその二つをミックスさせ、より完全な形での透明人間の実現の研究をしていた。
その頃にAが言っていた。
「幽霊は、見える人、見えない人と分かれる。透明人間は全人類の視覚から等しく消えることができる。全員見えない。そして俺は誰にも見られずに生活できる」
自分の思いのままに生きようとすると、その変態さゆえに、視線を浴びてしまう。
Aは世界中の人々からほっといて欲しかった。
その彼の望みを叶えるモノ。
それが透明人間だった。
自分のTシャツに両手で絵を描いているのだ。
誰一人として見向きもしないのはおかしい。
車内には子供もいるがそっぽを向いている。
やはり透明人間か。
いや。
であれば僕に見えるのはおかしいか。
Aはこちらに背を向け前かがみになった。
しばらくその体勢だった。
メールの返信?
体勢を変えた。
打ち終わったか。
しかし僕の携帯電話は微動だにしない。
電波の関係で遅いのかもしれない。
僕がじっと観察していたことに気づいたのか、Aはこちらを見た。
そして近づいてきた。
目の前まで来るとAは言った。
「オレガミエルノカ?」
目の前にはスーツ姿の男性が立っている。
その男性のお腹からすり抜けた形でAの顔が目前にある。
じっくり見る。
Aの両目に黒目はなく、白目しかない。
頬はげっそりこけている。
死んでいるかのような――
心霊写真に写ってるような――
Aはマジックが得意だった。
そしてメイクの達人だった。
「オレガミエルノカ?」
おりがみ折るのか?
久々の会話がそれでいいのか?
そんな常日頃から、おりがみ折ってそうな顔に見えたのか?
実は。
折っている。
最近、娘と一緒に。
「ああ」と返事をした。
にゅっと、ゾンビのような血色をした腕が現れた。
その腕はそのまま僕の胸にめり込んでいった。
マジックの種をいつのまにか僕にも仕掛けていたのか。
これには僕も、心臓をわしづかみにされたようにビックリした。
実際、わしづかまれてるような息苦しさも感じる。
その時思い出した。
あいつがよく言っていたこと。
「誰にも見られたくない」
ポケットにバイブレーションを感じた。
ようやく返信メールが来たようだ。
しかしそれはAからでなく、別の友人Cからだった。
「Aが電車にひかれて亡くなったらしい」
事故現場はB駅らしい。
そういえばB駅の前でしばらく停車していたことを思い出した。
目の前にはAがいる。
僕はCにメールを返信した。
「今、目の前にAがいるよ。じゃあこいつは幽霊かい?(笑)」
返信は来なかった。
それにしてもAはすごいやつだ。
一部の人間にだけは見えるような透明人間化の方法を開発したのか。
薄れていく意識でぼんやり、そう思った。
鈍感男