西野さん、お先にいただきます

 西野さんに、交換日記をしようと誘われた。なにを書けばいいのかな、ふつうの日記でいいのかな。



 5月18日金曜日


 今日はふつうの日だったからとくになにもしていませんが、頑張って思い出して書きます。


 まず7時に起きました。顔を洗って服を着替えて、朝ごはんをつくりました。メニューは白ごはんと漬物、それと油揚げがたくさん入った味噌汁です。

 あんまり関係ないけど、僕は朝早く起きるのが苦手です。夜行性なんです。平日は頑張って7時に起きますが、休日はずっと寝てしまっています。夜遅くまで本を読んだり、ネットをしているせいです。


 話を戻します。

 朝ごはんを食べて、ささっと身じたくして、8時に家を出ました。それで電車に15分、バスに30分ぐらい乗りました。


 そして大学に着いて、研究所に向かいました。

 研究所はキャンパスの端っこにあって、近くの建物と1キロぐらい離れています。みんなはきついって文句をいうけど、僕は全然きつくありません。余裕です。


 で、研究所に着いて、朝のあいさつをして、今日の課題に取り組みました。数学の問題でした。

 これはすごく難しいのと山口さんがいってました。まだだれも解けていないそうです。

 だけどどこがそんなに難しいのか、僕にはよくわかりませんでした。

 ちゃちゃっと解いて紙を渡すと、山口さんはなぜか真っ青になって、所長室のほうに走って行きました。他の人たちもあわただしく集まって、なにやら話していました。

 僕はずっとほったらかしでした。

 しばらくして山口さんに、もう帰っていいといわれました。なのでそのまま帰りました。なにがなんだかさっぱりでした。


 研究所をでたあとは、図書館に行きました。

 全然関係ないけど、館内に入るとき、カードをピッとしますよね。そのときいつも思うんです、なんでこんなにださい名前なんだろうって。

 たぶん国の偉い人がつけたんですよね、昭和臭プンプンですもん。下の名前は翔とかにしてほしかったなあ、上は福山でね。


 またまた脱線しちゃった。

 本を借りたあとは大学を出て、街に行きました。そしてうどん屋さんでお昼を食べました。今日はきつねうどんにえび天をつけました。ふだんはしないんですよ、贅沢は敵ですからね。


 日本はあんまりお金がないのに、国の偉い人はたくさんのお金を僕にくれます。

 おかげで僕は無職なのに、お金の心配をしなくてすみます。だけど国民のみなさんに申し訳ないので、できるだけ質素に暮らすようにしています。

 あ、でも京都には行きましたよ。ほんとうにいいところだったな、また行きたいです。

 とくに伏見稲荷が気に入ってます。あそこにいくと、なんだかとても懐かしい気持ちになるんです。


 話がそれてばっかり。

 うどんを食べたあとはゲームセンターに行ったりしました。そして夜ごはんの買い物をして、帰りのバスに乗りました。


 家に着くとすぐにジャージに着替えて、ランニングに出かけました。

 僕、1日2時間は走らないと気がすまないんです。からだを動かさないのが気持ち悪いんです。もやもやします。

 人間も動物なんですから、動物である以上きちんと運動しなければいけません。西野さんはちょっと運動不足ですよ、おなかがメタボぎみです。


 走ったあとは家に帰って、夜ごはんをつくりました。いなり寿司とお吸い物です。

 気づきましたか? 僕が毎食油揚げを食べていることに。

 こんなにおいしい食べものがあるなんて、日本に来てはじめて知りました。すっかりとりこになってしまっています。

 フィンランドに持って帰りたいな。きっと友だちも大好きになるはずです。


 ごはんを食べて、片づけをしたあと、お風呂に入りました。

 日本に来てすぐのころは、お風呂なんてめんどくさいなって思ってました。なんでいちいちからだを洗って、お湯につからないといけないんだろうって。

 でもいまは大好きです。お風呂の時間がいちばん好きかも。とても気持ちよくて、まさに極楽です。


 お湯につかっているあいだはひまなので、自分のからだをすみずみまで眺めました。実をいうと僕は、このからだがけっこう気に入ってます。

 ふるさとの景色と同じ色の肌に、ふしぎな黄色い瞳。なかなか悪くないでしょ、日本人とは全然違うけどね。

 だけど僕も日本人ですよ、日本のパスポートを持ってますから。


 僕はフィンランド生まれフィンランド育ちです。はずかしいことに、西野さんが教えてくれるまで、そのことをまったく知りませんでした。

 しかたないですよね。だって僕たちは、国なんてまったく必要としていなかったんだから。

 国なんていらないんです。僕たちはだれにも頼らずに、自分の力で生きていくんです。じいちゃんもばあちゃんも、父さんも母さんも、みんなそうしてきたんです。

 それに、ああこれは関係ないかな。まあいっか。

 たとえ勉強ができて英語がぺらぺらでお金持ちでちょっとハンサムだとしても、それは僕たちの世界ではなんの意味も持たないんです。僕たちはもっとほかのことを大切にするんです。

 けど人間は、集団で暮らす人たちは、そういう人をよくもてはやしますよね。それって違うんじゃないかなって、ときどき思います。

 でも足が速いのはいいことですよ、こっちでも。


 とにかく、そんなところで僕は生活していたんです。

 つまり僕はとっても珍しいんです。ふつうの枠からはみだしていて、すごく個性的なんです。

 だから西野さんは、僕を日本に連れて帰ったんですよね、研究をするために。


 そうそう。研究所に竹中さんって女の人がいますよね。おとなしくて、ぽっちゃりした人。その人がいつも休み時間に、僕をちらちら見てくるんです。じっくり僕を調べたいから、そんなに見つめるんでしょうね。

 だけど僕が見返すと、なぜか顔が真っ赤になるんです。ゆでだこみたいに。なんでなのか気になるから、つぎ会ったとき聞いてみます。


 お風呂から上がったらパジャマに着替えて、布団を敷きました。そのあとはごろごろして、動画や掲示板を見たりしました。

 西野さん、3ちゃんねるって知ってますか? おもしろいですよ。僕もときどき書き込むんです。


 でね、さっきその3ちゃんを見ていたら、嬉しいことを知りました。女を食ったっていう書きこみを見たんです。

 もうびっくりしました。えっ、女の人を食べていいのって。人間は食べられないんだって、ずっと思いこんでましたから。

 僕も女の人が好きですし、食べたいです。男の人でもいいけど、やっぱり女の人のほうが肉づきもいいし、ぷりぷりしててやわらかそうですから。

 とくにタイプなのは、ぽっちゃりした人です。そういう人を見ると、つかまえてがつがつ食べてしまいたくなります。


 いま僕が狙ってるのは竹中さんです。胸とかおしりとかも大きいし、ふっくらしてるでしょ。たまんないなっていつも思ってます。

 絶対手に入れたいですし、僕ならできます。こう見えてかなりやり手なんです。必ずおいしくいただきますよ。

 ねえ西野さん。いつも竹中さんのこと見て、研究してますよね。知ってるんですよ、西野さんがずっと竹中さんを目で追ってること。僕を研究してる竹中さんを西野さんが研究してるって、ちょっとおもしろいです。

 でもね、もうそれはおしまいです。竹中さんはだめになりますから。研究対象を奪ってしまってごめんなさい。

 人間はいつも僕たちを殺すんです。殺して、ファーにしちゃうんです。僕の両親も、たぶんえりまきにでもなっているはずです。

 だからこれくらい、いいでしょ? うん、西野さんはなにも悪くないけど、これからは僕を研究することに集中してください。


 明日は山口さんたちが動物園に連れて行ってくれます。アルパカが有名だけど、ねずみなんかもたくさんいるって言ってました。アルパカもいいけど、僕はねずみのほうが好きだな。


 もうすぐ23時。明日も7時に起きないといけないので、今日はもう寝ます。おやすみなさい。

西野さん、お先にいただきます

西野さん、お先にいただきます

フィンランドからやってきた「僕」は、研究所で働く「西野さん」と、交換日記をはじめた。「僕」を日本へ連れてきたのは「西野さん」だった。日本に来て感じたこと、そして「西野さん」やまわりの人への思いを、「僕」は黙々と言葉にしていく。この小説は5月24日に投稿しましたが、内容を大幅に変えて投稿しなおしています。短い小説ですので、さらりと読んでいただけると思います。ちょっと謎な話を読みたい方におすすめします。この小説は「小説家になろう」「エブリスタ」にも投稿しています。

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更新日
登録日
2016-05-25

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