バミタスの偶像
序
以下は「バミタスの偶像」と呼ばれる遺物について、各惑星の情報を古今にわたり集積したものの一部である。
ある探検家の回顧録
ある古い惑星で発見した、一体の巨像の話だ。その星の最上位生物は、有櫛動物を祖とするであろう、触手を持った潤いたっぷりな連中で、知能は低く、偶像を拝するどころか、そういった文化には未開であった。族長も一般市民も、見分けるのが一苦労なのには参った。面白いことに、彼らにはヒトや、他の生命体の姿を模倣する特性があり(それゆえ知性の進化が遅れたものと想像するが)、私が訪れた時は、とても友好的だった。
「このでかい像は何か?」と問うと、彼らは一様に「バミタス」と答えた。語源も意味も不明らしい。殊更、私の興味を引いたのは、ここから程近い惑星系にも、デザインは違うが似たような巨像があり、原住民は「ヴァニタス」だか、「ガミタス」と類似する発音で名付け、礼拝していた点である。
この共通点から、私は一つの仮説にたどり着いた。
我々の有史前にはすでに優れた文明が、少なくとも一つは確実に存在し、彼らは星々を渡り歩き、何らかの目的をもって、巨像を設置していったのではないか。彼らの興亡の痕跡を辿ることこそ、この宇宙の謎を解く、最も偉大なテーマなのではないか。
ある考古学者の日誌
神央教会の許しを経て、あの偶像の調査を始めて明日で3年になる。収穫はあまりに少なく、私の出そうとしている結論は、もはや机上の目論見に等しい。連中はこうなると見越して、許可したのかもしれない。誓約によって、2度目の調査の機会は私にはない。ここに、論文に記すべくもない私見を遺しておきたいと思う。
・あの偶像は、この星のいかなる文明の系譜とも合致せず、史上においても整合性がとれない稀有な遺物である。
・教会は長年あれを「バミタス」と名付けていたが、その由来、語源、伝承となる一次資料について一切の開示を禁忌と定めている。古くから住む近隣住民も口を閉ざしている。像には、それら示す文字の痕跡すら確認できなかった。
・「あの像は誰が、何の目的で造ったものか」。私には超神秘的な答えしか導き得ない。
ある地権者家族の日記
ひいじいちゃんの日記を読み終えた。あの像に関するそれ以前の書物は、火葬で灰にしたそうだ。ひいじいちゃんによれば、あの像は「バミタス」と言い、古くはラテン語から来ている、と、そのまたじいちゃんから聞かされて育ったらしい。どうもインチキ臭い。ここは日本だぞ。だけど、その当時から、あそこは家族以外立ち入り禁止だったという。斬新かつ、デカい。なぜあのまま残ってきたのか、謎はますます深まる。ソラトはまったく興味がないようだから、私が解くしかないぜ。
ひいじいちゃんのプライバシーを侵害して、もう一つ疑問が増えた。
あの写真の女の子は、一体誰なんだろう…。どう見ても…。
ある旅行ガイドライターの没原稿
評価・☆
惑星エウラシアは旅行をするのに全くお勧めできない。
彼らは宇宙一の先進惑星だと自負するが、私に言わせてもらえば「退屈の星」である。
筆者は各惑星の人種、文化や伝統を批判したり、軽んじる気はない。街はゴミ一つ落ちておらず、治安は最良、地域紛争は惑星規模で数世紀発生しておらず、病気の蔓延も政治的混乱もない。インフラは隅々まで整っており、文句のつけようがない。では、なぜこの評価なのか。繰り返すようだが、「退屈」なのである。彼らの根本的な概念において「娯楽」というものが存在していない。これは「ロボミート」と呼ばれる掟(いわば出生時の予防接種のようなもの)による恩恵らしい。生来ストレスを感じないから、楽しみを希求することもない、憎むこともないから傷付けることもない。これが、彼らの言う「総平和」の形なのだという。唯一、観光と呼ぶに値する王宮の「バミタスの偶像」は、紀元前の遺産との説明だったが、どう見ても偽物である。筆者は半日で帰りたくなった。
ある反戦主義者の呼び掛け
今日、高度な文明を自負する我々人類が、再び戦火にその身を曝している主たる原因は、あの偉大な偶像である。
我々を繁栄に導き、また滅亡へと導くのは、あの偶像なのである。
我々はいかなる暴力にも、また偶像の魔手にも屈してはならない。
偶像を捨てよう。我々メーリカも、平和の歌を奏でよう。
今、それを実証しているのは、アイドラン帝国ただ一つである。
アイドランの平和主義に耳を傾けよう。彼女たちの熱唱に聴く耳を持とう。
ある諜報員の通話記録
「詳細は電送した通りだ。やはり、この惑星にも同じタイプの偶像の存在を確認できた。第一級脅威事例だ。こちらでは巫女と呼ばれていたが、守護者の存在も確認。次の指令を乞う。連中は、妙な予言を使い、政権を影で操っている。歌と火によって新世界の創世がはじまるとか、わけのわからないことを、首脳が真面目に言っている。どうかしてるぞ」
ある軍略会議の非公開議事録
件名 惑星ジリアン干渉と偶像掌握
場所 第2最高評議室
日時 8741/18/36
出席者 カジヌル元老院議長
マガ賢人委員長
コシバレ参謀長官
ゴゴー青年局長
ラジュー・スー民略大臣
デデンポ秘書長官
決定事項 ・ジリアン星攻略
・偶像の実質的制圧
内容 1.スニン一派への調略
→内乱誘発
2.平和維持への積極的協力
→像の守備権限を確保/守護者の保護
3.各種障害の排除実行
4.統監政府樹立
資料 統合戦略局より作成(01144)
次回日程 8741/20/01
特記事項 守護者の処遇については元老院に一任
作成者 デデンポ
ある大使が本国へ充てた暗号書簡A
「アイドラン帝国」と名乗る第三勢力の軍国惑星は、我らが宙域のみならず、銀河の脅威である。直ちに実力行使による早期の殲滅を進言する。
彼らの組織構造は謎に包まれている。帝国と称しているが、母星の正確な位置、権力者の存在、なぜあのような強大な軍事力を有しているのか、一切確認できない。一際大きな異形の物体が母船とみられ、以下の指揮系統は不明である。彼らは、一つの目的(あるいは教義)に沿って行動しているようである。「歌による平和」である。バミタスの存在を否定し、アイドランを頂点(唯一神)とする銀河の平定が彼らの目的である。しかし、それを示す教典などがない。ただ要求に挙げられるのが、惑星固有の宗教的価値観、偶像、信心すべてを捨て去り、彼女らの歌に聴く耳を持てば、侵略を免れるというのである。それ以外の意思疎通は確認できない。
バミタスの偶像・文明遺産争奪を目的とする今日の惑星間戦争において、この第三勢力の存在は無視できないものとなっている。平和主義者、反戦主義者、敗戦惑星、闘争から逃れる者の多くが、すでにこの帝国に飲み込まれ「聴く耳を持つ者」となっている。
ある大使が本国へ充てた暗号書簡B
先に電送した書簡内容をすべて訂正する。
先般ある聡明な人物と対話し、今日の我々の無残な星間戦争は、バミタス人が後世の文明人を自滅に陥らせるため仕掛けた罠であるという説を、支持するに至った。それを見抜いたアイドランは、宇宙に観たる偉大な帝国である。あらゆる敵対的行為は無用である。
アイドランの理念を、銀河平和の支柱とすべきである。
どの星も、速やかにバミタスの偶像崇拝を捨て、アイドランが奏でる讃美歌に耳を傾けるべきである。
彼女らの曲『神様はひとつだけ』を同封する。
スパイ容疑で拘束された、ある作家の証言
「何度も言っている通り、私はスパイではありません。作家です。バミタスの偶像について取材していたことは認めますが、母星や自国政府のためではなく、その任も帯びていません。それに、私の関心は像そのものではなく、守護者…呼び方は星によって様々だけど、その守護者に接触していた、ある女性です。彼女を題材に何かを書こうと思いました」
―――その女性とは?
「黒髪で、子供だったり大人だったり、これも星によって時期も年代も大きな差があります。大昔の伝説となっている星もあれば、つい4、5年前までウロウロ住んでいたという証言まである。どれも共通することは、美しい黒髪の女性で、突然現れ、突然消える、大食いで、天変地異を招くというものです」
―――天変地異とは?具体的に。
「これも、各惑星によって様々です。多くの人々を救ったということで女神のような扱いになっていたり、人民を苦境の深潭に落とし込んだ鬼女として、永世的な賞金までかかっている星もあるんです。功罪に雲泥の差がある。だから面白いと思ったんです」
―――その女性と、偶像との関係は?
「不明です。それは、あなた方もよくご存じのはずだ。多くの星で、守護者に直接面会して、話を聞くなんてこと、ただの旅行者が出来るわけがありません。私はあくまで、現地住民や周辺に話を聞いていただけです」
―――あなたは、その黒髪の女に会ったことはありますか?
「…………」
―――どうなのですか?
「一度だけ、その…本人かどうかわからないですけど」
―――彼女の名は?
「ユダとか言ってました。悪い人には見えなかったけど。連れの青年もいましたから、ハッキリとはわかりませんよ」
ある巫女の預言
歌と火による創世は、我々に課せられた最初の試練である。道を切り拓くための代償である。我らが神像の真なる解放は近い。我々は彼らを受け入れ、また結集し、備えねばならない。更なる試練と啓示が訪れる。運命に抗う力こそ、我々が示す答えである。
バミタスの偶像