マーメイドの紅茶
第三部 残念な子と、
喫茶店の中から黄色い声が響き渡る。
「あーん、広坂せんぱーい!どうして最近、生徒会室に来てくれないんですか?」
身長の高いすらりとした姿で、髪の毛の色素が薄く白く、キラキラと光るロングのストレート。それに伴って肌の色も白くてキメ細かい。赤いリボンを襟に締めた紺のブレザーの制服を身に付けた少女が甘い声をを発していた。
「だから!最近キャバクラに来ないお客さんを誘ってるみたいな言い方、やめてって言ってるでしょ!」
その甘い声の主に注意する。髪の毛が黒く、学ランを身に付けた目の大きい少年は言った。
「それじゃあ、明日から生徒会室に来ますか?じゃないと、シオネはおこっ!ですよ!プンプン!」そう言うと白い頬っぺたをプクーと膨らます。
「はいはい、怒ってどうぞ」
広坂はぶっきらぼうに言い、桜の花びらの模様を彫られた白いコップを持ち無表情でススった。
すると急に笑顔になり「いろは会長!今日のダージリンは格別に美味しいですね!さすが、いろは会長!焼き芋を燃やす天才です」広坂はコップから口を話して言う。
また付け加える「バイトとは言え、中々の腕前になってきましたよ!広坂は嬉しい限りです!」
その事に髪の毛が赤く眼鏡をかけたショートカットの女の子は広坂に向かって言う。
「広坂?何か、シオネちゃんに対して冷たくない?」
「え?冷たいですか?むしろ会話をしてるだけでも暖かいと僕は思いますけど」
「そうだよ!広坂せんぱーいは、とっても暖かい人なんだよ!」シオネと呼ばれる少女は両手を上げて言った。
「うるさいですね!僕は今、いろは会長と会話を楽しんでるので、あっちの植木とでも会話してて下さい!」
広坂は窓ぎわにある植木鉢に指を向けるが、シオネはニッコリと笑って、「それで広坂せんぱいは、シオネのアパートに今日も来るの?」
「今!僕が言ってた事!聞いてましたか!?と言うよりも今日も、って何ですか!そちらのお宅に一度も僕は行った事はないですよ!」
広坂は騒いで立つが、いろは会長は広坂を無視してシオネに質問した。
「ところでシオネちゃんがこの喫茶店に来るのは初めてよね?誰から聞いたの?」
「はい!副部長からです!広坂せんぱいに今すぐ会いたいって言ったら、愉快そうに笑いながら、ドングリマップで調べてくれて印刷して貰いました!」
シオネの言葉に広坂は顔を歪める。
「副部長の奴め…一体、どうして?僕をここまで追い込むのか…」
「広坂が仕事しないでほっつき歩くからでしょ!新林くんを可哀想におもわないの!」
「おことばですけどね!いろは会長だって生徒会で仕事しないで、ここで僕と愛を育んでるじゃないですか!」
いろは会長はすぐさま反論する。
「誰が広坂と愛を育んでるですって!」
「そうです!広坂せんぱいと愛を育んでるのはシオネです!」キリッとした表情で手を上げる。
「やめて下さい、無理やり僕といろは会長の会話に入ってくるのは!警察を呼びますよ!」
そう言うと広坂はシオネはから離れる様に四角い椅子をガリガリ鳴らして、ズラすが。10cm離れるとシオネは広坂に20cm程、座っている椅子をズラして近づいて来る。広坂は虫をはらうように右手を上下に動かして「シッシッ!虫除けスプレーでも持っていたら、こんな状況にならなかったでしょうに…帰りにスーパーに寄りましょうかね」
広坂はポツリと言う。すると大きな声が響いた。
「忘れてたわ!」いろは会長はいきなり声を出して、カウンターの後ろにある奥へと進んで、湯気をもくもくと漂わせる。猫の肉球を彫られた白いコップを運んできた。
「はいどうぞ!シオネちゃんがさっき注文したアールグレイよ」そう言うとシオネの座る席にコトッと置いた。
「わーい、シオネのアールグレイだ!コップも可愛いから写真も撮ってやるぞ〜」
シオネはブレザーのポケットからワサビが擦れそうなゴテゴテのデコレーションを施されている携帯を取り出して、シャッターを押した。
パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ!
広坂の顔面に光がほとばしる。
「何やってるんですか!アールグレイが入ってるコップの写真を一枚も撮ってませんよね!ねぇ!僕の顔の写真を撮るのやめて下さい!だからぁあ!僕の顔の写真を撮るのやめて下さいって言ってるでしょおおお!!」
「広坂せんぱいの怒ってる写真!広坂せんぱいの怒ってる写真!広坂せんぱいの怒ってる写真!タッチして保存!タッチして保存!タッチして保存!」
「せいっ!」広坂は左腕のフェイントから素早く右腕を突き出す。
それでもシオネはよだれを垂らして左に避けた。しかし広坂は諦めない、タッチして保存を繰り返す中、光のマシンガンを広坂は必死に避け、攻撃的な携帯をシオネの手から奪い取った。
「はぁ、はぁ、はぁ、」広坂は汗を垂らして息を荒く吐いた。
「あーん、広坂せんぱい!シオネの携帯!返してください!」シオネは元気そうに言う。
「何があーんですか!この携帯のデータを消去するまで僕が預かります!」
「じゃあ、朝のアラームが無いから、広坂せんぱいが起こしに来て下さい!」
「二度と朝のアラームがいらない様に今ここで、僕が寝かせてやりましょうか?」
「広坂せんぱいのへんたいだー」
「ああ?」
広坂は携帯をミシミシと音を鳴らして威圧した。
「それにしても広坂とシオネちゃん中が良いわよね?どこで知りあったのよ?」
いろは会長は呆れた顔で頬に手を置いて言った。
そのいろは会長の言葉にシオネは遠くを見つめる様にして話す。
「シオネは今でも鮮明に覚えています…そうあれは学院の湖でシオネが夜、唄を歌っていた時でした…」
バァアン!広坂はカウンターを叩いた。
「嘘をつかないでくれませんか!夜中の学院のプールで溺れて、うるさい声でギャーギャー騒いでただけじゃないですか!」
シオネは広坂の顔を見つめて言った。
「シオネは今でもあの時、手を握って救ってくれた時に見た、勇ましい表情をしていた広坂せんぱいの顔は忘れません!」
「握ってないですよ!そこら辺に落ちていたデッキブラシの棒を伸ばして渡しただけですから!勝手にストーリーを創り変えないでくれませんか!」
広坂は首をブンブンと横に振って言う。
その会話にいろは会長が疑問の声を発した。
「ちょっと待ってよ、夜遅くに学院のプールでシオネちゃんが泳いでいた事も謎だけど!」
いろは会長は視線を眉を吊り上げている男に向かって言った。
「どうしてそこに広坂もいたのよ!」
しばしの沈黙が流れる「確かに、そうですね?」広坂は考える様に腕を組んだ、そしてポーンと手を叩いた。
「思い出しましたよ!そうです!あの日の最後のプールの授業がいろは会長のいるクラスだったんです!」
「そこで僕は閃いたのです!いろは会長の入った後の残り汁を堪能しようと思いまして!夜のプールにしのびこ…」
メラメラと熱い炎の熱気が広坂の皮膚に刺激した。広坂は恐る恐る、その熱を発する方向を向いた。ヒラヒラとした制服のスカートはまるで焦げて揺れているみたいだ。
「広坂、最後に言いたい事はあるかしら?」いろは会長は右手で拳を作り、ニッコリと笑った。
広坂は慌てて両手を振る。
「そんな!ちゃんとキャッチ&リリースはしましたよ!」
「何、持って帰る前提で喋ってんのよ!広坂のバカッたれ!!」
パァーッン!
キャッチーミットに収まった様な気持ちの良い音が響き渡った。
「んふぅう!」
広坂は海老の様に跳ねて椅子から転がり落ちた。
「キモいを通り越して気持ち悪いわね、それでシオネちゃんが夜遅くからプールに、いたのはどうしたのよ」いろは会長は叩いた手を布巾で拭きながら言った。
その問いにシオネは話した。
「シオネは今飲んでいる、このアールグレイがとっても大好きなんです!」
いろは会長は(話がいまいち噛み合ってないけど大丈夫かしら…)と思いつつも。
「はいはい、それで?」
「それはそれは、シオネがアールグレイに飛び切りハマっていた頃でした!毎日アールグレイを飲む中で、シオネは思いついちゃいました!プールのお水をアールグレイに変えようと!」
いろは会長は目が少し点になる。
「まさか、その為に内の学院に忍び込んで理由って…」
「この理由です!」シオネは元気良く返事をした。
「シオネの中学校にはプールは設置されてません、でもでも、この学院にはプールが外にあるんですよ、こっそり忍び込んで、アパートから持ってきたアールグレイのティーパックを入れてモミモミしたのです!でも…」
そう言うとシオネの顔は悲しそうにる。
「全然、アールグレイの色がプールにつきませんでした…」
「ティーパック一枚をプールでモミモミしてたわけ?」いろは会長は呆れた顔で言った。
「はい…」
「シオネはもしかするとプールに味が染み込んでいるんじゃないかって、思って、勢い良く水を飲み込みました、そしたら喉にゲホゲホって詰まって…」
「その理由で溺れたわけね…」
するとさっきまで、地べたで倒れていた広坂がさっと立ち上がり「ティーパックをプールに入れてるのも、ティーパック一枚で味が出ると思っているのは、致命的に頭がやられていますね!」シオネの顔を見て笑いながら言った。
いろは会長はため息を履いて「広坂も相当やられてると思うけどね」と言う。
目の前にいる広坂と目が合って恥ずかしそうにシオネが喋った。
「あー、広坂せんぱい!良かったらシオネのアールグレイを飲んでください!」
「あ、僕、アールグレイ嫌いだから、結構です」
広坂は不味そうに舌を出した。
「がぁああん!アールグレイ飲んでく下さいよ、美味しいですよー」
「味が誰かさんに良く似てめんどくさいんで、遠慮しておきます」
と、バイブ音と共に不思議な声が喫茶店内に響き渡った。
『いろは会長だよ!いろは会長だよ!いろは会長だよ!』
「え?何この音?」
「すいません、携帯に出て良いですか?」
そう言うと広坂は学ランのポケットから、いろは会長型のストラップがついた携帯を取り出して、耳に当てた。そしてその光景を見ていた、いろは会長は低い声で「は?広坂の携帯の着信音?何これ凄くキモいんだけど…」とつぶやいた。
電話が終わったらしく、広坂は真面目な顔をして、いろは会長に言った。
「すいません、副部長から連絡がありまして、県外から来られてる新聞記者が、今回受賞したあの絵の件でインタビューしたいと言ってます。生徒会室で待っていますとの事で喫茶店から至急、急いで戻って来る様に言われました」
「そうなの?それじゃ仕方ないわね、シオネちゃん!頑張ってインタビューを受けてきてね!」
「そんなぁー、まだここで遊びたいです…」シオネは駄々をこねる。
広坂はそんなシオネの手を取り言った。
「時間はないんですからね!さっさと行きますよ!汐音さん」
その広坂の言葉にシオネは絶句し黄色い声を上げた。
「きゃあああ!今日初めて、シオネって名前でよんでくれたよぉ!」
「うるさい、静かにして出て下さい!ほら早く!いろは会長、会計の方はまた次回払いますので!では!」
広坂はシオネを引っ張って勢い良くドアを開けた。
「シオネちゃんをよろしくねー」いろは会長は笑顔で見送った。
チャリーン、チャリーン…
入り口のドアに付いている鈴が、広坂とシオネの二人を見送って音を鳴らす。
ここは七色喫茶、学院と商店街の間にある、小さな喫茶店。落ち着いた雰囲気と古ぼけた家具と大きな古時計が置いてあるだけのお店、だけども紅茶の味には自信があります。また一度、ご来店の方を御待ちしております。
マーメイドの紅茶
少々長くなってしまいました。ではまた第四部の御来店もお待ちしております。