ENDLESS MYTH 第3話ー6
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地球大気圏外に停滞していた筒状の黒い浮遊物体は、その巨体を少しずつ地球から距離を置き、逆に月面へと近づきつつあった。
1宇宙キロの基本単位をつっくりと移動するそれは、異種族宇宙生命体の複合組織の建造物としては、申し分のない雰囲気を周囲に振りまき、漆黒の闇に溶けこんでいた。
外面の穴はまるで小さい虫が集積したかのように、光子が集まってきて修復してしまっていた。
また内部空間もすべての空間が修復を完了し、デーモンの強襲前となんら変化のない空間集合体となっていた。
複数の空間を内部に内包するイヴェトゥデーションの、すべての中心となる空間。ジェフ・アーガーとべアルド・ブルが黒いレザーマスクの女性に案内されて訪れた、司令空間とでも形容すべきそこに、複数の影が転送されて現出した。現代の若者たちであるファン・ロッペンたちである。
直径3メートルほどの銀河のような光の渦。そこがコンソールとなっているのであろう、ファンたちと同時に転送してきた他種族たちも一斉に、宇宙空間が広大に眼前に広がる空間の中空を歩き、各持ち場へ鎮座して、光の渦を自らの周囲に展開させた。
座ると言っても、そこも中空であって椅子らしきものは見当たらず、まるで空気椅子をしているかのようであった。
「座標を固定しました。移動を開始します」
タコ。形容するならばそう表現せざるおえない、不気味な複数の触手がねじられたような様相をしている種族が、周囲に展開する光のコンソールの粒を無数の触手で触れながら、周囲へ告げた。
「移動? 地球を離れるのか!」
驚くジェフがレザーマスクの女性を凝視する。
「この状況を、あの地球を放り出して逃げるっていうのか」
激高するジェフ。
これに答えたのはイヴェトゥデーションの最高責任者であり、肉体を有することのない生命体であった。
「常に移動を。それがイヴェトゥデーションの方針です。デヴィル、デーモン、デビルズチルドレン。敵は宇宙、空間、時間のあるゆるところに潜んでいます。生きをする、鼓動を打つだけで感知し、一瞬で距離を縮められ、捕食される。それが我々が相手にしている敵です。だから逃げるのです。1つのところに止まることを許されず、移動を永劫に続ける」
「だからって人間を見捨てるのか」
興奮が収まらない様子で叫ぶジェフ。
だがこれに乗ることのない、冷めたような声色でペタヌーは諭した。
「冷静におなりなさい。人類はまだ生き続けている。しかし人類を含む多くの生命体の命運を握っているのは、メシアなのです。彼の灯が消失した刹那に、終わりなのです。そのためにも一か所にとどまることは許されないのです」
と、ペタヌーが興奮する人間に冷静さを求めた時、目の前にある地球は瞬間的に消失してしまい、次に現れたのはまるで異なる緑色の惑星であった。
「固定座標を確認、各時空に異常確認できず。移動完了です」
さっきの軟体生物が淡々と報告したのだった。
眼前にあったはずの惑星の瞬間的に変化と、その周囲に展開される光景には、人類の救済を求めていたジェフの口すらも、紡いでしまう圧倒的な力があった。
複数の黒い筒状の、全長が500キロは量がするであろう巨大建造物が、黒曜石の如き輝きをまとい、惑星の周囲に広大に展開していた。まるでそれは目的地を目指す軍艦の群れのか、あるいはクジラの回遊に似ている光景であった。
現代の若者たちは、それとは気づいていなかったが、周囲に数多鎮座する建造物の外観は、彼らが足を置くイヴェトゥデーション本拠地と、寸分たがわぬ外観をしていた。
見ると周囲では小さい光の明滅が幾つも起こり、宇宙で起こる花火のような美しさが醸し出されていた。
「ここは人類文明圏が誕生した天の川銀河を含む宇宙の山脈グレートウォールから7つ、宇宙の漆黒領域ボイド領域を挟んグレートウォールに属する惑星です。あなた達の前に広がるのは、人類がまだ見ぬ外宇宙の彼方なのです。おそらく人類がこの場に到着するのは数億年先の未来。ただし目の前の惑星はその時にはすでにありませんがね」
ペタヌーが丁寧に説明した。
するとジェフの横に立つベアルドが惑星を凝視する瞳で、声だけを彼へ向ける。
「地球では大気が光の青い部分を反射しているから空は青くなる。大気成分が異なるあの惑星は、光の緑色の部分だけを反射するから、空が緑色なんだ」
そしてまた別の方向から声がする。巫女の格好をしたKESYAの一員、ポリオン・タリーである。
「貴方が見ているのは、人類が遠い彼方の未来で経験する戦争よ。こうして爆発が物理空間にまで及んでいるけれど、実際の戦闘は亜空間、超空間など違う次元、もっと高次元レベルにまで波及しているの。その爆発の漏れが見えているだけ」
と巫女が言った刹那、周囲の空間が瞬間的に、紙芝居のページを抜くように変化した。
そこは緑の空の下、戦時下の渦中にある惑星内部の光景だった。
大気を映したかのように真緑の大海がうかがえる平野に彼らの司令空間は風景を変えていた。この時、嵐が発生していたらしく、見たこともない草が風になびき、緑色の大海は大きな波を砕いていた。
遠くには山脈が見えるが、岩石の成分が異なるのだろう、赤い山脈が地平の無効に壁をなしていた。
空へ眼を転ずれば、黒い筒状の物体が緑色の雲の彼方にシルエットとして見え、その下の大空を光が無数の飛び回り、爆発があちらこちらで起こっていた。
「ここの戦場は原始的な戦をしておる。だからこうして可視可能なのだ」
警護を担当するノーブラン人の鋼鉄の唇が動く。
「原始的って、これのどこがだよ」
愕然とするのは現代人の若者であるニノラ・ベンダースだった。
【繭の盾】たる彼でさえ、地球外の理をしりはしない。
「機械。意識を持ったロボットが戦争を担っている。君らの世界でいうところのAIだな」
ロボット? そう頭を若者たちが傾げたその時、前方の山脈が震えた。地震である。おそらく現地に実体化していたならば、彼らは立っていられないほどの揺れを経験したであろう。それほどの揺れが見ただけで分かった。
山脈は揺れに耐えかねず大きくひび割れ、がけ崩れがあちこちで起こる。
そしてそれは山脈の向こう側から現出した。巨大な指先を山脈にひっかけ、甲冑を持ち上げ、その腕に光で構成された槍を所持する巨大なる兵士。
地球でタコの化け物と戦ったあの巨人と同じ類のものであった。
「あれは例外だがな」
と言ったノーブランの背後、大海の波しぶきをかき分け、これもまた数キロを超える蛇の胴体のような黒く長く、うねる物体が急浮上して、中空で一度うねると、平原へと突進してきた。
これを迎え撃つかのように、平原の彼方から、四足歩行の豹、あるいはチーターの如き金属の獅子が光で連結されているロボットが無数に現れ。全速力で迫ってきた。
そして傍観者たる彼らの眼前で2つの勢力は激突した。
散開する4足歩行ロボットに対し、海面から現出した黒い蛇のような物体は、あらゆる方角へ、砂をまき散らすように開いたのである。
蛇のような物体を形作っていたのは、微小の小型ロボットだったのだ。
小型ロボットと4足歩行型ロボットの激突は、平原に無数の爆風を生み出した。
「どっちが俺たちのだい?」
こうした光景に興奮を抑えきれない様子のイラート・ガハノフが誰に聞くでもなく叫ぶ。
「小型戦略兵器が我が方の攻撃部隊だ。陸上、海上、海底、上空、異空間、超次元、別時間軸とあらゆる方面へ派兵している」
規模が大きすぎるノーブランの話に、困惑気味の若者たち。
そこに1つの疑問をもたげたイ・ヴェンスがぼそりと尋ねた。
「敵はこれまでの連中じゃないな」
無表情のアジア人の言葉に、ノーブランの太い首が立てに動く。
が、答えたのはペタヌーであった。
「すべての者が悪しき力を拒むことはできない」
ペタヌーは冷静に語った。
「ある側面から見た際、我々は正義である。壊滅した惑星、文明、恒星系、星団、宙域、銀河から、または遥か時空の向こう側の別宇宙からの種族を引き入れ、戦い方と知恵を授け、デヴィルとその配下やデーモンと戦い続けていることは、確かにそうした人々の眼にとっては正義かもしれない。だがしかしだ。ある種の側面から見てしまえば、我々は逆に悪としてとらえられることもいなめない。わかるかね?」
ジェフは鼻を鳴らした。
「地球を、人間を虐殺した連中が正義だって。冗談じゃない。あれが正義なものか!」
口調は喋っているうちに激高し始めた。
「君に冷静さを求めたい。君が立つ場所が我々と同じ側であるからこそ、デヴィルを悪と捕らえることしかできない。だが対岸に立つ者の立場になってはどうかね?」
想像力を現代の若者に求めるペタヌーの言葉はしかし、若者の思考力を働かせることはできなかった。
ペタヌーの声が光の奥深くに呑み込まれ、少しの時間が経過した。
この間、僅か数十秒のことだったが周囲の風景にまたしても異変が生じた。マシン同時の攻防が繰り広げられている中、山脈をの向こう側、緑色の空に再び想像を絶する巨大物体が現出した。見た目は複数の機械的、幾何学的鋼鉄を合わせたようなピラミッド型の構造物である。が、それの頂点に太陽の如き光が帯びた刹那、地割れやがけ崩れを起こす、地球のヒマラヤ山脈ほどもあろう巨大山脈が、一瞬で蒸発、溶解してしまい、溶岩となったそれが津波の如く、緑の草原へと流れ始めたのであった。
これに対して巨人は光の槍を振るい、ピラミッド構造物への攻撃を開始したのである。
それは地球のエベレストをも凌駕するであろう巨大構造物同士の衝突であるから、光の槍が構想物が展開する光のシールドに拒まれた衝撃は、衝撃はとなって周囲数十キロへ突風を巻き起こしたのだった。
こうした壮絶な攻防を背景に、ペタヌーは声量を再び響かせた。
「君が理解しやすいように地球の現状で例えよう。地球上には様々な宗教が存在する。どれも信仰する神は異なる。そうした信仰心を持つ者にとって、神とは絶対であり正義だ。ところが他の宗教でそれが必ずしも正義であるとは限らない。紛争を引き起こし、民族間の争いに発展し、テロという惨事を起こす。テロリストにとり自らの行いは正義以外のなにものでもないのだよ」
「奴らを、地球を人間を喰らう連中を信仰する連中がいるってことなのか!」
むき出しの眼で興奮の声を荒げるジェフ。
その横でベアルドが肉体を持たないペタヌーの変わりに頷きを返した。
そしてペタヌーが告げる。
「《ムスカム》我等イヴェトゥデーションが君が考えられぬ古より対立し続けてきたデヴィルの信奉者たち」
と、周囲の風景が再び宇宙空間へ転じた時だった。恒星の光が陰りを見せ、緑の惑星は全面を闇で覆われた。
恒星の光を遮断する物体が恒星と惑星の間にゆっくりと入ったからであった。
「ムスカムの機動司令要塞です」
生命体と思えない、細い針金のような物体で立方体を形成し、その中央部に赤い水晶のような物体が浮遊する生命体が、司令空間へ報告した。
空間の風景が切り替わり、そこに現れたのは、形を1つに固定しない、流動を続ける黒いガスの塊のような物体であった。
しかしその大きさだけは誰にでも把握できた。恒星と惑星の間の距離いっぱいに広がるほどの、おそらく数千キロは凌駕するであろう大きさである。
司令空間に緊張の糸が張り詰めるのを、ジェフが感じ取った。周囲の地球外知的生命体たちは、一斉にあわただしく自らの周囲に展開する小型の銀河のような装置と接触を開始した。
周囲の状況と比例するかのように、ムスカムの機動司令要塞なるものは、流動的な外皮から触手を伸ばすかのように、大きさとは不釣り合いなほどの高速で、黒い霧を周囲に放射した。
その刹那、筒状のイヴェトゥデーションに所属する建造物が瞬間的に呑み込まれてしまい、瞬く間に数万を超える構造体が消えたのであった。
「あれの原理は?」
ニノラが未来人で最も身近な、事態を把握しているであろうベアルドに尋ねた。
「時空連続体の断絶を目的とした空間の集合体だ。簡単に言えば素粒子レベルで物体を消失させる空間の化け物だよ。あんなものまで投入してくるとは、超銀河団レベルで破壊するつもりだな」
未来人の若者の言っている規模の大きさに、黒人青年は納得できない顔をした。
「ここにとどまっていても無駄だ。移動の準備を始めろ」
ノーブランが厳格に周囲に告げた言葉は、同時にイヴェトゥデーションの全構造物へも伝達されていた。
それが証拠に、周囲から次々と構造物の群れは姿を消すのであった。
この間にも流動状のムスカム機動司令要塞から放射される黒いガスは、腕を惑星へと伸ばしていく。そして惑星の大気に触れた直後、黒いガスは本当に瞬間で惑星全土を覆ってしまい、緑色の惑星は黒く変色してしまったのだった。
「1つの惑星が、多くの命と文明と歴史が失われた瞬間です」
ペダヌーが感情の起伏のない声色で告げた。
「あの惑星で暮らしていた生命体に生き残りは?」
不安感を隠さない表情でエリザベスは光の超越生命体へ質問を投げた。
30センチほどの光の球体が彼女の前に現出した。フォースフィールドで覆われたその球体の内部には緑色の海水が満ちており、そこに直径1センチにも満たない、半透明な白いスライム上の物体が浸かっている。
「惑星最後の生存生命体です」
エリザベスは言葉を失った。
けれども眼前で起こった出来事が、永劫の果てのない同様の出来事の一周であることを知るペタヌーは、平然と言葉を脳内へ放射する。
「あの惑星上には1千万種類の動物と7億種の植物が生息していました。ですがデヴィルズチルドレン、そしてデヴィルの信奉者の行為によって、生き残ったのはこの二胚葉動物だけです。テラの動物で例えるのでしたら、寒天状の中こう組織の類似点からクラゲと類似しているでしょう。つまり、1千万種類の動物で救えたのはこれだけなのです」
そう光の彼方で超越生命体は言った。
「そう、これだけの科学力を有していたところで、デヴィルの前には無力に等しいの」
レザーマスクの中で籠った声が悲し気に言い放った。
と、その時である。30センチのフォースフィールドがふいに水風船が砕けるように弾けると、中の海水が無残に空間に飛び散り、クラゲのような生命体が見えない何かに押しつぶされるように、中空でぺちゃんこになってしまったのである。
「これであの惑星の動植物は絶滅というわけだ。こっちのほうがすっきりして、気持ちいいだろう」
片腕をかざし、自らの重力を操作する能力で最後の生命体を葬ったのは、面長のニタニタと笑うファン・ロッペンであった。
「もう能書きはいい。さぁ、始めるとしよう」
ENDLESS MYTH第3話ー7へ続く
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