アルバート・プホルズ

アルバート・プホルズ

 涙の海が、あちらこちらに散らばっている。岸辺近くに一軒家があった。みすぼらしい家だ。お世辞にも立派とはいえない。潮風が木々を痛めつけて、家はもう息も絶え絶えになっている。海に流れ入る水は、どこから来ているのか。家の主は知っている。ただし、家の主の口は重く、誰であれ声を聞いた者はいない。どこまでも遠くの村から砂が落ちてくるのを家主は、ぼんやりと見ている。家の中で?家の外で?家の境界で。家主の名前はテロンニ・シーズ。若い頃はあご使いのテロ兄と呼ばれていた。あご使いとは、なんぞや?多くの人の疑問は正しい。だが、人々が彼につけたあだ名は、まんざら適当でもなければ、悪口でもなかったのだ。テロンニは尊敬されていた。彼は人々にあごを使って、幸福をもたらせた。なのに?何故?その男が?岸辺の寂しい一軒家で余生を送っているのか?
 これは、この物語の大いなる謎であるが、同時にテロンニの知っている秘密と関係あるのだろう。巨大な白楽天の銅像が、家の中心に鎮座するのに、テロンニは、拝んだことなど1度もない。ただ、そこにあるだけで安心する金属なのだ。テロンニの嗜好性は、どこまでも風変わり。あらゆる風変わりさが、多くの人から離れて暮らす道をとらせた。その報いが、大きな病だ。テロンニは痛みに耐えかねていた。いつも背骨を針でチクチクやられるような痛みだ。ときには、びくっと大きな衝撃が来て、背筋が曲がった。そして、テロンニは一人こう思うのだった。(また奴らが悪さしてやがる。まったく体の外にいても危険なやつらだ)知っているだろうか?テロンニが、かつて家族と暮らしていたことを。だが、家族はもういないとテロンニは感じてる。家族はテロンニよりも、村を選んだ。安楽な生活を選んだ。誰が責められるだろうか?責めはしない。テロンニの偽らざる気持ち。ただ、責めないことは、もう忘れ去るを意味する。かわいそうにと皆は思うだろうか?テロンニは、家族を忘れてしまったのだ。それでもいつかテロンニに幸福があらんことを!!などと、祈るヤブ幸福論者は退場願おう。テロンニは、すでに十分満ち足りている。痛みがあっても?そうだ!!痛みがあってもだ!!テロンニの顔を見るがいい。巨大な唇が、左右に伸びているのだよ。寂しい熱帯魚たちもテロンニとともに笑っている。寂しいのは熱帯魚たちなのだ。テロンニの愛情を求めながら、どこにも行けない。あの熱帯魚は、海の掟に逆らい岸辺にうち捨てられた。だから、テロンニがいる。テロンニの手によって生かされた。だが、テロンニは何もしない。熱帯魚は案外死ななかった。弱い生き物なのは、どっちかな?熱帯魚たちは、笑う。彼らは家族を持っていたが、やはり忘れていた。テロンニは、死が迫っているのを感じる。105年の生涯が終わろうとしている。あの105の妖精たちもすでに四季を壊してきた。遠くからムスメがやってきて、あばら家でテロンニを見つけた。テロンニは、まだ生きていた。ムスメの姿を見て、全てを悟ったテロンニ。水が村を壊したのだ。その流れを今ひとつせき止めておかなかったことを後悔しながら、テロンニの口から嗚咽が漏れる。それは何か??村への愛着か?故郷への愛情か??テロンニにそんなものない。強く言いたいが、少し自信がなくなってきた。テロンニの心をのぞき見る。多くのサメがテロンニの心を食っている。いや、噛んでいる。引き裂いている。そのサメの正体を私は知ってる。家族だ。テロンニは、結局ことわりを知りながら新しい人になれなかったのだ。息絶えるとき、ムスメはテロンニの手に接吻して、言った。「あなたは、家族を思い出した。私があなたの家族になれなかったように。あなたも私の家族になれなかったのよ。だから、こうして、村は消滅して、私が最後の勤めに来たの。私の勤めって?それはあんたを看取ることさテロンニ。お前は、今まで多くのことをしてくれた。だから、力を貸したのに。おまえは力を他の人間のために使った。その代償が痛みであり、苦しみなのだよ。さあ、光が見えるか?おまえの家にもう屋根はない。風が運び去ってしまった」テロンニは目を閉じて、見えない世界を見ようとした。そこには、病魔があった。あらゆることを求め、要求する家族という魔だ。お前たちは、どうして家族を分離してしまったのだ。どうして内に閉じこもってしまったのだ。近くしか認識できないからだろうか。テロンニの目から涙が出て、その涙が、海へと流れる。この水は金色に輝き、大海のむこうにとっくに沈んでしまった柳星を照らすだろう。そこから、一つの生命があふれ出すかもしれない。だが、その生命は、今とは違う論理で生きて欲しい。その論理とは、大一小一だ。家族のみではないつながりを縦横無尽に張り巡らすのだ。それは、人間でなくとも良い。人間の中心性を脱却せよ。テロンニ叫べ!!お前の家族は皆死んだ。テロンニ泣け!!お前の命も消えた!!テロンニ喜べ!!新たな時代が始まった。

アルバート・プホルズ

アルバート・プホルズ

物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-23

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